その本の「はじめに」には「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は三島和夫(監修)、伊藤和弘(著)の『 一流の研究者たちが教える 快眠の科学 』です。
【はじめに】
秋田大学大学院医学系研究科 精神科学講座 教授
三島和夫
世界的に見ても日本人の睡眠時間が短いことは、多くの方がご存じでしょう。経済協力開発機構(OECD)が2021年に行った調査によると、加盟33カ国の中で最も睡眠時間が短いのが日本で、平均より約1時間も短くなっていました。米ランド研究所が2016年に出した試算では、日本の睡眠不足による経済損失は年間約15兆円に達し、国内総生産(GDP)比では2.9%で世界のワーストワンでした(*1)。米・英・仏など欧米の先進諸国は、いずれもOECD加盟国の平均以上に寝ていますし、「忙しいから」という言い訳はできません。
NHKが5年ごとに行う「国民生活時間調査」の2020年調査の結果によると、1960年には8時間13分寝ていたのが、2020年には7時間12分と1時間短くなっています。昭和から平成にかけて、日本人の睡眠時間はどんどん短くなっていきますが、それも限界に達したようで、2010年からはあまり変わっていません。
厚生労働省が発表した2023年の「国民健康・栄養調査」では、睡眠時間が平均6時間未満の人が男性で38.4%、女性で43.6%、5時間未満の人が男性で8.5%、女性で10.3%いるのですが、6時間未満だと8割以上、5時間未満では割以上が倦怠(けんたい)感や睡眠に対する不満を訴えています。生理学的には、もうこれ以上睡眠を削れないところまで来ているのです。特に働く世代の睡眠時間については、がんや生活習慣病の対策と同等かそれ以上に深刻な問題になっていると思います。
寝る時間がもったいない?
NHKの「国民生活時間調査」で日本人の睡眠時間が短くなったのは、1970年以降です。就寝時刻は最初の調査からどんどん遅くなっているのですが、当初は起床時刻も一緒に遅くなっていたので、トータルの睡眠時間は変わりませんでした。しかし、会社や学校に行かなければならない時刻は決まっていますから、1970年から起床時刻は同じまま。それからは就寝時刻だけが遅くなっていったため、睡眠時間が減っていったわけです。
では、なぜ就寝時刻がどんどん遅くなっていったのでしょう。「テレビが深夜までやっているからでは」と言われたこともありましたが、2011年3月に起きた東日本大震災の後など、深夜の放送を控えた時期も就寝時刻は特に早くなりませんでした。
今から7~8年前のことです。私が東京都の健康推進事業の評価委員をやっていたとき、都民に「睡眠時間が短くなる理由」についてアンケートを取ったことがあります。意外なことに「仕事が忙しくて」と答えた人はほとんどいませんでした。「自分磨き」「なんとなく」「スマホを見ている」などと答えた人たちが多かったのです。必ずしも仕事に追われているわけではなくて、スマホなどを見ながら、だらだらと起きているのでした。
かつて米国で暮らしたとき、印象に残ったのは多くの人がベッドタイムを決めていることでした。基本的に「何時になったらベッドに入る」と、就寝時刻を決めて生活しているのです。日本では、あまり見られない考え方ではないでしょうか。日本だと、「なんとなく眠くなったら」「やりたいことをすべてやり終えたら」といった感じで寝る人が多いように思います。
昨今の働き方改革の中で、1日の勤務終了後、翌日の出社までの間に一定時間以上の休息時間(インターバルタイム)を設けるようにと言われています。これは「勤務間インターバル制度」と呼ばれていて、推奨は11時間とされています。
ところが、たとえインターバルタイムが今より3時間延びたところで、実際のところ社員は、その3時間すべてを睡眠には充てないのです。
日本人の睡眠不足は限界まで来ています。実際に週末の「寝だめ」時間も多いし、電車の中で寝ている人も多い。それにもかかわらず、勤務間インターバル制度で休息時間が増えても、なかなか寝ようとしないのです。睡眠が足りていない自覚はあっても、時間があれば睡眠以外のこと(持ち帰り残業や勉強・趣味など)に時間を使ってしまう。これは「寝る時間がもったいない」と思っている人が多いのかもしれませんが、そう考えるのは大間違いです。
「なんとかやれている」という感覚が危険
そもそも、厚生労働省が残業時間の制限やインターバルタイムを設定したのは、睡眠時間が極端に短くなると、肥満、高血圧、糖尿病、心疾患、脳血管疾患、認知症、うつ病などの発症リスクが高まることが、近年の研究で明らかになってきているからです。ところが、働き方を変えて余暇の時間を増やしても、肝心の睡眠時間が増えない。それは、多くの人の心の中に、「なんとかやれている」という感覚があるせいだと思います。実は、この感覚が最も危ない。自分では「なんとかやれている」と思っていても、大丈夫だと思っていても、大丈夫じゃないのです。
睡眠不足のとき、本人が困るのは「眠気」だと思いますが、電車の中でちょっと居眠りしたり、週末に寝だめをしたりすると、眠気は一時的に解消します。それで「なんとかやれている」と勘違いしてしまう。累積した睡眠不足を睡眠負債といいますが、昼寝や寝だめで眠気は取れても、睡眠負債の健康リスクは消えないのに、です。
血圧や血糖値は客観的に測ることができるので、高くなった場合は、塩分制限や運動を増やそうなどと考えます。ところが睡眠不足には客観的なバロメーターがありませんから、「なんとかやれている」と思ったまま気づかないことが多いのです。そして、その生活を5年、10年と続けて、どんどん不健康になっていくわけです。
これは特定の業界に限った話ではありませんが、中でもマスコミ業界にはそういう人が多いように思います。某テレビ局でディレクターの平均寿命は60代だと聞いたことがあります。そのときは本当に驚きました。
「ショートスリーパー」の人は本当にいる?
もっとも、最近はいくらか睡眠の重要性が認知されるようになってきました。みなさん、睡眠に関する悩みは多いのでしょう。ITやAI技術を活用した睡眠改善を図る製品・サービス、いわゆる「スリープテック」も大流行しています。
ただ、スリープテックに何を求めているのかというと、「睡眠時間を増やそう」というものではなく、「睡眠時間は今のままで、時間は短くても、睡眠の質を上げてぐっすり眠れるようになりたい」というものでしょう。そうすれば疲れが取れるのではないかと考えている人が多いように思います。
現代人はやりたいことがたくさんある。短時間の睡眠で生活できるショートスリーパーになりたいという人もいますし、そういう人の気持ちもよく分かります。しかし、睡眠時間を短くしても平気なようにする訓練などはありません。無理に睡眠時間を短くすると、健康リスクが高まるだけです。
先に触れたように、「国民健康・栄養調査」では、5時間未満しか寝ていない人が約9%いました。そのうち9割以上は体調が悪いと感じています。つまり、睡眠時間が5時間未満の人のほとんどは、本物のショートスリーパーではないということになります。5時間未満で問題なく生活している人はわずか0.7%しかいないのです。その人たちも自己申告の5時間未満ですから、昼寝や居眠りをしているかもしれないし、不調を感じていないだけで病気を抱えている可能性はあります。私はかれこれ30年以上睡眠研究をやってきましたが、本物のショートスリーパーと呼べる人には、3人しか会ったことがありません。
必要な睡眠時間は非常に個人差が大きいのですが、それでも5時間未満で大丈夫な人はほとんどいないでしょう。そこで厚生労働省「健康づくりのための睡眠ガイド2023」では、働く世代は「1日の睡眠時間を少なくとも6時間以上確保すること」というボトムラインを決めました。これは「6時間寝ればいい」という意味ではありませんから誤解しないでください。あくまで最低限のボトムラインで、6時間で足りない人はたくさんいます。
睡眠医学は大きく進歩している
今世紀に入ってから、睡眠医学は非常に進歩しています。特に神経のメカニズムはかなりよく分かってきました。ベースには睡眠系と覚醒系の神経があって、それが昼夜で交代して、お互いを抑え込む関係にある。起きている時間が長くなると、どんどん眠気がたまっていく。その眠気の正体はまだ完全には解明されていませんが、プロスタグランジンD2のような、眠気をもたらす睡眠物質はいくつか見つかっています。
カフェインに覚醒作用があることは昔から知られていましたが、そのメカニズムも睡眠の研究から分かりました。プロスタグランジンD2の眠気をもたらす作用を、アデノシンが促進するのですが、カフェインはこのアデノシンをブロックします。それでプロスタグランジンD2が作られにくくなって、眠気が抑えられるわけです。
ほかにも睡眠に関係する研究はどんどん進んでいます。私たちのような臨床医にとっては、いろいろなことを患者さんに説明しやすくなりました。
睡眠は認知症とも関連している
個人的には、「認知症と睡眠の関係」はたいへん興味深いと思っています。2012年に米国ロチェスター大学のマイケン・ネーデルガード教授によって、睡眠中のグリンパティックシステムが発見され、睡眠時間が短いとアルツハイマー病のリスクが高くなる理由が分かりました(*2)。
アルツハイマー病は脳にアミロイドβ(ベータ)というたんぱく質がたまって発症します。睡眠中、脳のグリア細胞は脳脊髄液を利用して、このアミロイドβなどの老廃物を除去しています。さらにネダーガード教授が2025年に発表した最新の研究(*3)によると、睡眠中に脳幹からノルエピネフリンという神経伝達物質が放出され、これが脳の動脈の収縮と拡張を制御している。そのポンプ作用によって、脳脊髄液が脳の奥深くまで染み渡っていくことが確認されました。
きちんとリスクを知ったうえで行動してほしい
健康を考えたとき、睡眠というのは非常に重要な要素です。睡眠時間を削って「なんとかやれている」という感覚を持っている人も、積もり積もった睡眠負債の影響がいずれ表れ、生活習慣病や認知症のリスクを高め、健康寿命を縮めます。
一方で、人生の価値観は人それぞれです。糖尿病を抱えている人でも、食事制限をするという人もいれば、薬を多めに飲んで食生活を楽しむという人もいます。睡眠不足がいけないということは分かっていても、睡眠を削ってがんばらなければいけない時期も人生にはあります。
どういった判断をするにせよ、そこにどんなリスクがあるのかは、きちんと認識すべきでしょう。そのうえで、ときどき自分の睡眠を見直し、問題があればできるだけ早く対処する。そのために、ぜひ本書を役立てていただきたいと思います。
*1 Why sleep matters - the economic costs of insufficient sleep(https://www.rand.org/pubs/research_reports/RR1791.html)
*2 Sci Transl Med. 2012 Aug 15;4(147):147ra111.
*3 Cell. 2025 Feb 6;188(3):606-622.e17.
【目次】


