その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は唐鎌大輔さんの『 弱い円の正体 仮面の黒字国・日本 』です。

【はじめに】

「腐りにくい議論」の反響

 2022年9月、日本経済新聞出版から発刊させて頂いた前著『「強い円」はどこへ行ったのか』は大変多くの方々の手に取って頂き、私のキャリアの中でも経験したのことない反響を頂戴した(以下特に断らない限り、単に前著と呼ぶ)。企業勤めの方々や資産運用に関心がある一般の方々に限らず、官僚や政治家といった為政者の方々からも多くの感想を頂戴した。普段、あまりお近づきになれない経営者や現役閣僚の方々など、本の内容に関して講演を依頼されることも増えた。為替というのはそれだけ広い読者層を持つ分野なのだと改めて感じさせられた次第である。なお、経済・金融関連の議論は反響が大きければ大きいほど賛否入り混じるものだが、前著に関しては多くの賛意に支えられた実感もあった。例えばアマゾンの評価で100件以上のレビューを頂きながら、批判的な意見は殆ど無かった。ありがたい話である。前著の「はじめに」では中長期的な議論、ラフに言えば「腐りにくい議論」に努めると宣言した上で筆を進めた。この点を評価して頂いたという感覚が非常に強い。今の時代、動画やSNSなどを通じて、お手軽に経済統計やニュースをまとめた上で「さくっと分かります」のような謳い文句と共に情報発信する風潮が流行しやすいが、まだまだ構造的な議論や分析に関心がある人は相応にいるのだということに勇気づけられた。本書も、前著同様、「腐りにくい議論」を徹底したつもりゆえ、その点はご安心頂きたい。

異端ではなくなった構造的円安論

 筆者が2022年3月時点で「構造的円安」という表現を使った際、少なくないベテランの同業者や学者の方々から「言い過ぎではないか」という反駁が出たことも記憶している。前著に対しても「悲観的過ぎる」という声は少なからずあった。しかし、ディーリングルームに席を置き、日々、事業法人や投資家の方々と意見を交わす機会に恵まれてきた筆者の経験に照らせば、2012年頃を境として東京外国為替市場は確実に「円を買いたい人が多い市場」から「円を売りたい人が多い市場」へ変わっていることは確信していた。それは赤字転化した貿易収支とも平仄の合う話であった。しかし、日本経済の歴史が「円高の歴史」であり、現に経常収支が大幅黒字で、対外純資産残高も世界最大であることから、「どうせまた円高に戻る」という史実を忘れられない経験豊富な分析者が多かったのではないかと察する。その気持ちは分からなくもない。しかし、分岐点の可能性くらいは疑うべきだと筆者は思う。

 前著は日本円ひいては日本経済が直面している構造変化について、国際収支統計を主軸に分析した。そこでは端的に「日本は今までよりも外貨が獲得しにくくなっている」という事実を指摘したつもりである。そのような趣旨が多くの人々に刺さったということは「やはり多くの人々が、円の将来を憂いている」という現状があるのだと感じた。そして、前著を出してから約1年半後となる2024年3月26日、財務省は神田眞人財務官の下、「国際収支に関する懇談会」の立ち上げを発表した。筆者においては同会合の委員を拝命し、僭越ながら初回会合のリードスピーカーという貴重な役回りも務めさせて頂いた。このような行政の流れに、前著以降の筆者の議論が何らかの一助となったのであれば非常に本望と感じる。

 いずれにせよ、2022年とは違い、長引く円安相場に関し、その構造的性格を疑う論調はもはや異端ではなくなっている。前著に引き続き、「日本は今までよりも外貨が獲得しにくくなっている」というメッセージは今回も議論の要である。

「新時代の赤字」

 というわけで、本書も「明確な方向感をすぐ知りたい」と切望する読者よりも「日本経済や円の何が変わっているのか(あるいは変わろうとしているのか)」を長い目で知りたい読者の期待に応えるように努めた。前著発刊以降も、筆者は円相場の動向について需給面から調査・分析を進めてきた。そこから得られた知見を今回、ご紹介させて頂きたいと思っている。その意味で本書は前著の続編的な位置づけとご理解頂いても差し支えない。もちろん、前著の知識がなくとも理解に支障が無いように配慮したつもりなのでご安心頂きたい。

 前著同様、今回も国際収支を分析の中心に据えている。例えば第1章ではサービス収支の構造に大きな変化が生じている事実を議論している。実は本書の執筆依頼も、筆者が2023年春以降、議論を重ねてきたサービス収支の構造変化に関するコラムを受けて日本経済新聞出版から「面白いので掘り下げて欲しい」とお声がけ頂いた経緯がある。GAFAM(Google、Amazon、Facebook(現Meta)、Apple、Microsoft)に象徴される米国の巨大IT企業が提供するプラットフォームサービスや日本で事業展開する外資系コンサルティング企業、海外に拠点を構える国内外企業の研究開発拠点など、これまで為替の世界ではあまり注目されてこなかった費目について外貨の支払いが増えている現状がある。これらは統計上、サービス収支赤字(厳密にはその他サービス収支赤字)として計上されるものだ。筆者はこれを「新時代の赤字」と呼び、執拗な円安相場の一因として注目してきた。詳しくは本文で紹介しているが、今や多用されるようになった「デジタル赤字」というフレーズは、2023年春以降、「新時代の赤字」を議論する過程から派生し、耳目を引くようになった感が強い。

 歴史的に、円相場と関連して取り上げられる需給関連の統計と言えば、なんといっても貿易収支が筆頭だった。当然、それは現在も重要である。2022年に記録した約▲20兆円という史上最大の貿易収支赤字が対ドルで▲30%以上という円相場の暴落を主導した疑いは強い。だが、資源価格や為替動向に左右されやすい貿易収支と違って「新時代の赤字」は増える未来しか思い浮かばない怖さがある。前著ではカバーできなかった論点だ。

「仮面の黒字国」の素顔に迫る努力

 一方、「日本は経常収支黒字国である。円安はいずれ収束する」といった論調もまだ相応に根強さを感じる。2022年3月に大幅な円安相場が始まって以降、筆者は日本固有の構造的な要因にも目を向けた方が良いとしつこく論じてきた。しかし、「経常収支黒字国ゆえにそれは杞憂」といった反対論陣も常にあった。確かに、日本の経常収支は大きく悪化したと言われた2022年でも+11兆4486億円の黒字を記録し、2023年には+21兆3810億円と極めて大きな黒字を実現した。しかし、円の対ドル相場は2022年に最大で約▲35%(約113円→約152円)、2023年に最大で約▲20%(約127円→約152円)、それぞれ下落している。つまり、現実に起きたことは「経常収支黒字にもかかわらず円急落」であった。こうした事実を額面通り受け止めた場合、「統計上の(経常収支の)黒字」が実際に円買い・外貨売りという為替取引、一言で言えばキャッシュフロー(CF)を伴っていない可能性に目を向けるのが真摯な分析姿勢ではないか。この点、第2章ではCFベースで見た経常収支の実情を詳しく議論している。あくまで試算だが、CFべースで見た場合、2022年および2023年の経常収支は赤字だった可能性を筆者は疑っている。日本の経常収支黒字は今や過去の投資の「あがり」である第一次所得収支黒字に支えられている。その中身は本当に日本に回帰しているのか(円買いに繫がっているのか)。また、回帰していないとすれば、それを回帰させる方法はあるのか。本書の焦点はあくまで円相場だが、日本経済の現状と展望を考える上で非常に重要なテーマも孕んでいる。この点も前著ではカバーできなかった論点だ。

 経常収支黒字国や対外純資産国というステータスは一見して円の強さを担保する「仮面」のようなものであり、「素顔」としてはCFが流出していたり、黒字にもかかわらず外貨のまま戻ってこなくなったりしている可能性がある。この意味で日本は「仮面の黒字国」ないし「仮面の債権国」とも言える状況にあり、統計上の数字を見るだけでは見えてこない「素顔」に迫る努力が必要というのが筆者の問題意識である。

異なる視点が求められる時代

 2022年末ないし2023年初頭時点で、殆どの有識者は「2023年は2022年の揺り戻しで円高の年になる」と予想していた。2022年9月に円安相場の構造的性格を議論した書籍を著わしたばかりの筆者からすれば「そう簡単に円安は終わらない」と考えていたゆえ、「2023年も円安の年」との論陣を張った。当時、これは非常に珍しい意見であった。これは2022年末から2023年初頭の様々なメディアに掲載された各金融機関の見通しを見ればよく分かる。

 しかし、現実は2023年も円安が続き、同年10月には2022年と同様、一時150円を突破した。ここで「自分の予想が当たった」ということを喧伝したいわけではない。為替予想は当たることもあれば、外れることもある。注目すべきは予想の正否ではなく、多くの有識者と呼ばれる人たちの予想がなぜ一方向に集約されたのかという点だ。それはひとえに「同じものを見ている」からではないか。2023年に限って言えば、殆どの有識者が「年初は円安だが、3〜5月を境に円高へ転じる」とその軌道まで類似していた。これは米連邦準備理事会(以下FRB)の金融政策運営、言い換えれば「米国金利の軌道に応じて円相場の軌道も決まる」という経験則に基づいた結果だと見受けられる。実際、FRBの利上げ路線は2023年3〜5月頃から停止観測が強まったので、そのような読み自体は概ね適切だったと言える。歴史的に日米金利差とドル/円相場の関係が安定してきたのも事実であり、「FRBが利上げを停止する(2023年の)春先以降に円高・ドル安になる」という予想は王道だったと言って良い。

 しかし、「米国の金利が低下すれば(ドル安になり)大きく円高へ傾く」というのは貿易収支が黒字だった時代の発想でもある。米金利の軌道は今後も円相場にとって重要には違いないが、米金利が低下したからと言って、本書で注目する「新時代の赤字」やCFベース経常収支の赤字が消えてなくなるわけではない。端的に言えば、需給構造の変化を背景として金利差が円相場に持つ説明力が過去よりも衰えている可能性を視野に入れるべきというのが筆者の立場だ。そういった意味で金利差に依存しない、これまでの歴史とは異なる視点が強く求められる時代に入ったと言える。

通貨高は先進国の悩み、通貨安は途上国の悩み

 なお、強く断っておくが、筆者は「金利差は無意味」と言いたいわけではない。「新時代の赤字」やCFベース経常収支の赤字といった議論で注目を集めてしまったため、そのように解釈されがちだが、あくまで「金利差が円相場に持つ説明力が過去よりも衰えている可能性」を知って欲しいという立場だ。金利差も依然、重要なドライバーに違いない。また、筆者は「もう円高にならない」と述べたこともない。前著の影響もあり、「円安しかあり得ない」と考えているかのような誤解を受けることもあり困惑することがある。特に、メディアを通じた情報発信では語気の強いヘッドラインが切り出されるため、「また円安を煽っている」と思われたりすることもある。だが、変動為替相場制である以上、通貨の軌道が一直線であるはずがないし、顧客向けの説明でも潮目の変化はしっかりと議論している。この点は筆者の情報発信管理の拙さを自省する部分もある。

 しかし、今後円高という「方向感」が出ることはあっても、「どこまで戻るのか」という「水準感」は別問題として考える必要がある。少なくとも、日本がかつてのように「円高に怯える経済」ではなくなったという事実はもう認めても良いのではないか。円高が日本経済の宿痾のように言われていた2012年頃までの状況と比べると、それから10年余りで社会・経済構造は大きく変化した。背景には何があるのだろうか。それは少なくとも「米国の雇用統計が市場予想を上回った(もしくは下回った)」とか「FRBの利上げ回数があと〇回だ」といったような日々消費されるだけのヘッドラインに執心しては見えてこないものだと筆者は考えている。先に述べたように、本書では居住者と非居住者の対外経済取引を包含する国際収支統計を主軸として円相場の実相に迫った。それにより近年の日本が経験する需給構造の変容を少しでも炙り出せたのではないかと思っている。それは「さくっと分かります」のような解説が難しい世界だが、極力分かりやすい解説に努めたつもりだ。

 「はじめに」の結びとして前著と同じことを述べたい。資源の純輸入国である日本にとって「通貨の価値」は国民生活の生殺与奪に関わるテーマだ。これは2022年を通じて日本全体が痛感したはずであり、2023年以降はその結果として値上げが頻発している。円安が万能薬として喧伝された時代は終焉を迎え、為替に対する社会規範も2022年を境として明確に変わったと筆者は感じている。そうでなければ「悪い円安」という言葉が流行語大賞の候補に入ったりはしない(2022年にはそうした話もあった)。歴史に通底する事実として「通貨高は先進国の悩み、通貨安は途上国の悩み」だ。2022年以降、日本は明らかに「通貨価値が高いこと(円高)」よりも「通貨価値が低いこと(円安)」に悩む時間が増えた。それをもって「途上国になった」と言うつもりはない。だが、足場が崩れ始めているような感覚を覚えるのは筆者だけではないのではないか。前著に続き本書が、読者の方々にとって日本円ひいては日本経済の現状と展望を考える契機になれば幸いである。


【目次】

画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示