その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はピエール・レナ、クリスティアン・グラタルー(著)、小川浩一(訳)、大向一行(日本語版監修)の『 天空史マップ 神話・観測・開発の全記録 』です。「まえがき」をお届けします。
【まえがき】
人類の天空
クリスティアン・グラタルー
今となっては想像できないが、私たちの遠い祖先は、満天の星を見上げながら何を思っていたのだろうか。今日の私たちが抱くような、さまざまな感情と疑問が入り混じったあの感覚は、どのようにして人類の意識に芽生えたのだろうか。星々の輝き、月の満ち欠け、太陽の運行──人間を見下ろす圧倒的な存在でありながら、同時に私たちの世界の一部でもあるこの天空に、あらゆる社会は数千年にわたって問いを投げかけてきた。多くの社会は、星を頼りに地上での位置を定め、移動を行ってきた。また、人間の住む地上と神秘に満ちた天空との間に、どのようなつながりがあるのかを探究し続けた。その問いへの答えを、人々は神話に託し、伝説として語り、物語として描いてきた。天空の起源を想像し、そこに神々の住まう世界を思い描き、人間には到達しえない完全な領域として表現してきたのである。
広大な天空を注意深く観察していると、多くの規則性とわずかな不規則性があることに気づく。こうした認識が、科学の誕生へとつながった。天空はおそらく、人類にとって最も重要な思索の源であり、そこから、数量化、説明モデルの構築、幾何学的な定式化といった知的活動が生まれた。私たちの日常生活には、こうした起源の痕跡が数多く残されている。数千年前にまで誕生をさかのぼれる科学があるとすれば、それはまさに天文学である。天文学なしには、精緻な地図の作成や地図帳の編纂(へんさん)はありえず、正確な暦も存在しえなかった。天文学の起源は1つではない。その源流は、バビロニアや中国、マヤ、ポリネシアなど、世界各地に散らばっている。各地で蓄積された天文知識は、古代ギリシャにおいて初めて統合され、その後、ユーラシア全域に広がりながら、長い時間をかけて成熟していった。5世紀ほど前のヨーロッパにおいて、この流れは一気に加速する。宗教的制約や占星術的実践から次第に切り離され、体系化された科学が確立されたのである。18世紀以降、この科学としての天文学は国境を越え、世界的な広がりをもつに至った。
そして、数千年にわたり天空を見上げてきた人類は、ついに地球というゆりかごを離れるところまで来た。人類は宇宙に小さな一歩を踏み出し、近傍の月へとたどり着いた。そして今では、惑星への植民さえ夢見ている。無人探査機は太陽系を巡り、人類が放つ電波は銀河系を横断し、ついには宇宙全体に向けてメッセージを送っている。
この長く美しい歴史と向き合い、その物語を何度も読み返すことで、私たちは、人類の偉大さと、その脆さに根ざした謙虚な忍耐とを同時に学ぶのである。
すべての人に、驚きの物語を
ここで私たちは、1つの逆説に向き合わなければならない。現代人、とりわけ子どもたちは、天空に対する感受性を次第に失い、視野を閉ざしつつある。特に豊かな国に暮らす人ほど、星空から切り離されている。都市の夜間照明は、思索や瞑想、夢の源であったあの光景を私たちから遠ざけてしまった。しかも、都市化は世界規模で急速に進んでいる。単に星を見るにも、わざわざ街明かりから離れなければならず、しかも、それすら容易ではなくなっている。多くの人にとって、月でさえ身近な存在でなくなってしまった。メディアは宇宙開発の物語を伝えているが、宇宙はもっぱら画面を通して眺められる存在にすぎない。だからこそ本書では、人類の歴史と、人類がその広大さだけでなく時間的な深みをも発見してきた宇宙の歴史とを結び合わせて語ることを試みた。「雲のない夜に、私たちの祖先がかつて闇に浮かぶ星々の中から読み取っていたものを、自らの目で見てみたい」──本書がそうした気持ちを呼び起こす契機となることを願っている。
天空の歴史には計り知れない魅力があるが、その物語は多くの場合、目立たぬ形で語られてきた。本書では、その歴史を紡いできた人たちに光を当てたいと考えた。アレクサンドロス大王やチンギス・ハン、スンジャタ・ケイタが世界を変えたのと同じように、ユークリッドやプトレマイオス、ケプラー、そして歴史に埋もれた多くの無名の人々もまた、それぞれの方法で宇宙の捉え方を変えてきたのである。人間の五感は世界を知覚し、想像力を育む大切な手段だが、その働きには限界があり、しばしば誤解や錯覚を生み出す。それでも人間は、知性の力によって、こうしたいかにも自明に見える誤りを乗り越えようとしてきた。その背後には、名もなき人々による膨大な努力が積み重ねられている。この知的努力と成果こそが、本書が語る歴史の中心的な教訓である。
本書が掲げるこの試みは、容易に達成できるものではない。なぜなら本書は、ふだん交わることの少ない2つの読者層──天文学の愛好家と歴史地図帳の読者──の双方に向けて、関心を喚起しようとしているからである。さらに本書は、初歩的な問いを口にすることをためらい、現代の科学用語に戸惑いを覚える人々にも向けられている。今日では自明とされている多くの知識も、かつては極めて複雑で、理解するのが困難なものだった。本書は、その変化の過程を示しながら、「私たちはこれらのことを、どのようにして知るに至ったのか」という問いに答えていく。
天文学に関する図鑑や、美しい写真を備えた解説書は、すでに数多く存在している。しかし、本書独自の試みは、天空に関する知の歴史への関心と、人間社会の地理的・歴史的展開への関心とを結びつける点にある。今日のグローバル化した科学に親しんでいる読者にこそ、その起源がいかに多様であったか、成熟するのにいかに長い時間を要したか、そして人々を魅了してきた飛躍の瞬間がいかなるものであったかを、知ってほしいと考えている。
天空の歴史──3つの時代区分を中心に
ヨーロッパでは16世紀から17世紀にかけて、極めて重要な転換期が訪れた。数千年にわたって蓄積されてきた「知」が、わずか数十年の間に芽吹き、急速に発展したのである。コペルニクス、ケプラー、ガリレオ、そしてニュートンの登場は、まさに「それ以前」と「それ以後」とを分ける歴史的な分岐点だった。さらに20世紀初頭には、相対論と量子物理学の登場によって状況は再び一変する。初期の天文知においては、宇宙は地球を中心とするものと考えられていた。また、宇宙の広がりは限られたもので、年齢もせいぜい数千年と見積もられていた。ガリレオからアインシュタインに至る過程で、人類は自らを銀河系の中に位置づけ、はるか遠方から届く情報が、はるか昔に放たれたものであることを理解するに至った。こうして、天空は時間的存在として歴史をもつようになった。ここ100年の間に、無数の銀河からなる宇宙と、数十億年に及ぶその歴史が、私たちの前に姿を現した。そこでは、物質とエネルギーに満ちた空間と時間が不可分に結びつき、時空を形づくっている。歴史地図帳としての本書が目指すのは、空間と時間が一体となった宇宙の姿を示すことにほかならない。
したがって本書は、16世紀以前、17世紀から20世紀にかけて、そして1900年以降という3つの年代区分を中心に構成されている(第2~4部)。それに先立って、第1部では、肉眼のみで見ることのできる天空の概観、社会がそうした知識をどのように利用してきたか、さらに天空の光景を理解し、秩序づけようと試みてきた多様なコスモゴニー(宇宙創成神話)を俯瞰する。人類の天空観は、当初は緩やかに、やがて加速しながら形づくられてきたが、ここ半世紀にわたる宇宙探査によって、大きな変貌を遂げ、現在の宇宙観が築き上げられた(第5部)。天空の理解は、人間を極めて謙虚にし、同時に大胆な野心へと駆り立てるのである。
歴史を可視化する
かつて、地球儀と天球儀は対をなす存在だった。地上世界を表す地球儀には、天空の世界を示す天球儀が対応して置かれていたのである。パリのフランス国立図書館に展示されているコロネリの地球儀と天球儀は、この対の関係を見事に体現している。本書『天空史マップ』もまた、その系譜に連なる試みである。本書に星空を描いた図版が数多く収められているのは、そのためにほかならない。これらの図版は、地上から見上げた天空の姿であると同時に、その天空を見つめていた特定の社会の視点をも示している。本書は、同じ空を見上げながらも、それぞれ固有の視点から天空を解釈してきた、世界各地の社会による多様な応答を提示している。今日では、宇宙に関する知識は極めて広範なものとなり、国際協力によって生み出されてきたその膨大な成果を網羅することは難しい。本書が扱っているのは、そのごく一端にすぎない。
その間には、長い歴史が横たわっている。天空知の構築には、多くの創意工夫、技術的な熟練、そして高度な数学的知見が不可欠だった。それを可視化するために、本書では、古代の知的思索や今では忘れ去られた観測機器を再現するだけでなく、近年の技術的・科学的手段──人工衛星に搭載された望遠鏡、惑星間探査機、月や火星やその先の天体表面を探査する各種探査装置──を取り上げている。本書では、こうした知の歴史を地理的な視点とともに図示している。天空図と地上図はもちろん、実にさまざまな形式の図版を豊富に掲載しており、これほど多様なビジュアル資料を一冊に収めた書物はほぼ皆無であろう。
本書が完成に至ったのは、レザレーヌ出版社の見事なチームワークと、巻頭および巻末で謝意を表した多くの方々の支援があってこそである。ここで、とりわけレナ・エスペルの名を記しておきたい。若き科学ジャーナリストである彼女は、1年以上にわたり、本書の調査、取材、執筆に密接に携わってきた。彼女なくして本書は成立しえなかった。その献身に心から感謝する。
【目次】


