その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は榎本博明さんの『 伸びる子どもは○○がすごい 』です。
【プロローグ】
子ども時代の過ごし方で将来の学歴や年収が決まる?
人間の心や頭の発達にとって子ども時代が非常に重要な意味をもつことは周知のことである。私が学生の頃から、心理学や教育学の領域で、子ども時代の過ごし方が将来に大きな影響を及ぼすことは強調されていた。
だが、このところ改めて子ども時代の過ごし方に注目が集まっている。
それには、AIなど技術の著しい発達が子どもの生育環境を大きく変えているため、親としてどうするのがよいのかわからなくなっている、といった事情も関係しているだろう。受験年齢の低年齢化といったことも影響しているかもしれない。「できる子に育てたいなら幼いうちが勝負」というような、学習塾など子どもビジネス業者によるメッセージが、親を戸惑わせるという面もあるだろう。
しかし、それだけではない。2000年にノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ヘックマンが見出した知見に沿った研究が、その後も盛んに行われ、幼児期の教育の重要性がますますクローズアップされつつある。むしろ、こちらの要因の方が大きいのではないだろうか。
ヘックマンは、小学校に入る前の教育がその後の人生を大きく左右することを実証してみせた。しかも、就学前教育でとくに重要なのは、IQのような認知能力、いわゆる知的な能力を高めることよりも、忍耐力や感情コントロール力、共感性、やる気などの非認知能力を高めることだということを見出した。
幼い子どもの頃から教育的刺激を与えるのが好ましいということは、世の親たちの共通認識であるはずだ。
ただし、多くの親たちは、幼い頃から教育的刺激を与えることが大切だと言われると、計算ができるようにしたり、読み書きができるようにするなど、知的能力を鍛えることを連想しがちである。
だが、ヘックマンの研究によって明らかになったのは、社会に出て成功するためには、そのようにいずれ学校でやる勉強を先取りするよりも、非認知能力(本文で後述)を幼い頃から鍛えておく必要があるということなのである。
知能は遺伝規定性が高いが、学力や仕事力には他の要因が強く関係する
知能が高いからといって社会に出て成功するわけではない。知能が高いのに、社会に出て仕事がうまくできない人物はいくらでもいる。
仕事以前に、知能が高いのに、学力がそれほど高くない子どももいる。それをアンダーアチーバーという。逆に、知能はそれほど高くないのに、学力が高い子どももいる。それをオーバーアチーバーという。勉強ができるかどうかにも、知能以外の要因が大きく影響するのである。
それは、ある意味で救いとも言える。なぜなら知能は遺伝規定性が高いことが多くの研究によって明らかにされているからだ。知能は遺伝によって決まる部分が大きい。でも、学力や仕事力は知能で決まってしまうわけではなく、知能以外の要因が大きく影響する。しかも、その要因は、生後の経験によって高めることのできる能力なのである。
では、学力や仕事力に大きく影響する知能以外の能力とは、いったいどのような能力なのか。そして、その能力は、どうしたら高めることができるのか。
それを考えるのが本書の目的である。
今どきの新人に対して抱く違和感がヒントに
子ども時代に身につけておくべき能力。子ども時代に身につけておかないと、あとで取り返しのつかないことになりかねない能力。それを考えるにあたって、日頃新人に対して抱く違和感がヒントになる。
このところどんな職場でも話題になるのが、注意するとひどく落ち込む新人だ。仕事の段取りが悪かったり、提出した書類にミスが多かったりして注意すると、一瞬にして表情が凍り、仕事が手につかなくなり、心ここにあらずといった感じになる。翌日からしばらく休んでしまうパターンもある。そのため、上司も先輩も、新人の扱いには非常に気をつかうようになった。これでは鍛えて戦力に育て上げるのが難しいといった嘆きの声を耳にすることが多くなった。
注意に反発する新人もよく話題になる。仕事のやり方が雑だったり、ものの言い方や態度に丁重さが欠け取引先から文句が来たりして注意すると、ムッとした表情になる。今どききつく叱責することはないものの、ちょっと注意するとすぐに反発する。以前ならまったく問題にならなかった軽い叱責にも、傷つけられたと周囲に言い触らし、
「あれはパワハラじゃないですか」
などと不穏なことを口走る。そうなるとうっかり注意もできないため、組織として困るだけでなく、本人の成長にとっても大いにマイナスとなる。注意や叱責を糧にして成長していくタイプとは大きな差がついてしまう。
仕事上の注意やアドバイスをいくらしても改善がなく困っているという管理職の人たちと話すと、こちらの言うことが全然染み込まないというような意味のことを口々に言う。上司や先輩の言葉が染み込まない。それには人の思いに想像力が働かないということが絡んでいる。なぜそういうことを言うのかが理解できないのだ。言われて不快だという自分の感情にしか目が行かない。
いずれにしても何かにつけてすぐに感情的になる人物には手を焼くものだ。
思うように力を発揮できないと、
「どうもこの仕事は自分には合わないみたいです」
などとすぐに音を上げ、そのうち慣れてくればうまくできるようになると励ましても、
「無理です」
と投げやりな言い方をする。このように何でもすぐに諦めようとする傾向が気になるという声もしばしば耳にする。どんな仕事にしろ、最初からうまくできる人の方が珍しいのだが、どうも粘りが足りない。
自分が思うような評価が得られないとやる気をなくすばかりでなく、
「もう我慢できません」
などとキレる新人も目立つ。思い通りにならない状況をもちこたえる力が弱い。理不尽な要求や叱責をする取引先や客にキレてしまい、せっかくの関係を台無しにするケースもある。欲求不満に耐える力が弱いのだ。
入社早々、研修が厳しすぎると、母親からクレームが入るといったことも起こっている。仕事を休むのに母親が電話してくるといったケースもある。忍耐力が乏しいというだけでなく、コミュニケーション力の乏しさを感じさせることもしばしばだ。
有給休暇を取る際には周囲の状況や他の人の都合を配慮するのがこれまでの常識だったが、そんなことにはお構いなしに、忙しい時期に突然有給休暇を申請する新人について嘆く声も聞かれるようになった。だれもが殺気立っている忙しさを感じないのか、自分が休むことで他の人にしわ寄せが行くといった想像力が働かないのか、自分の権利の行使が何よりも優先なのか、いずれにしても理解を絶すると呆れ顔で言う。
指示待ちの傾向も、想像力が働かないことに連動している。すべきことをしていないのを注意されたときに、
「そんなことは言われてません」
などと平気で言ってしまうのも、ひとつの指示から仕事の流れを想像して準備するといったことができないからだ。
ここにあげてきたような心理傾向は、知的能力そのものを意味するものではない。だが、勉強でも仕事でも、目の前のすべき課題をこなす力をつけるのに大いに関係することは、だれもが納得するはずだ。
さらに言えば、これは個人、あるいは個々の家庭だけの問題ではなく、企業など組織にとっても非常に深刻な問題でもある。傷つきやすい新人、忍耐力や欲求不満耐性の乏しい新人に手を焼いている組織にとっても、心が鍛えられた新人が入ってくるようになれば、大いに助かるはずだ。
では、勉強や仕事ができるようになるには、子ども時代にどのような心理傾向を身につけておくのがよいのか。厳しい社会の荒波を乗り越えていけるようにするには、子ども時代にどのような育て方を心がけたらよいのだろうか。それについて考える前に、まずは今の子ども時代に何が欠けているのかを考えてみたい。
【目次】