その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は馬渕邦美さん、絢斗 優さん、藤本真衣さんの『 Web3新世紀 デジタル経済圏の新たなフロンティア 』です。

【プロローグ】

Web3に関わる動向と日本の現状

 Web3は世界で大きな潮流を生み出しています。それは暗号資産による総実現利益やNFTの取引総額を見れば分かります(図表0-1

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 まず、「暗号資産」(従来「仮想通貨」と呼んでいたもの。「クリプトアセット」や「クリプト」と呼ぶ)の2021年の総実現利益は、2020年の約5倍の1627億ドルに達しています。Web3の基盤技術といえるブロックチェーンに特化したスタートアップ企業の2021年の資金調達額は、前年から8倍以上の250億ドル以上になりました(図表0-2)。すべてがWeb3関連でないとはいえ、非常に大きい額です。

 デジタル資産の唯一性とその取引の真正性を証明できる「NFT」(Non-Fungible Token、非代替性トークン)は、日本でも急速に認知が進み、第1章に示すようにデジタルアート、コレクタブル、ゲーム、音楽などの領域で利用が進み、ドメインサービスや不動産、金融などでの利用も開始されています。NFT市場全体(取引総額)の規模は2021年に442億ドルと、前年比400倍と急速に拡大しています。

 NFTの取引が2021年に急増したことは、NFTのプラットフォームへの週間の送金総額と平均取引額推移を見れば明らかです(図表0-3)。特に注目されるのは、2021年8月以降、送金総額と平均取引量の両方が大幅に増加しており、これは、NFTが新規ユーザーを引き付け、資産としての価値を高めていることを示しています。また、NFTに関わるスタートアップ企業の資金調達額も2021年は2020年の約130倍と急増していることが報告されています(図表0-4)。

 2020年に開始された非中央集権的に自動的に稼働する金融システム「DeFi」(Decentralized Finance、分散型金融)においても、ユーザー数は2021年の30倍以上の455万人に増加し、スタートアップ企業の資金調達額も2021年には前年の10倍以上の約34億ドルになりました。

 Web3を担う組織や人材の動向を見ても、その急増ぶりは顕著です。「DAO」(Decentralized Autonomous Organization、分散型自律組織)は組織数と総資産額で2021年には前年の20倍になり、参加者数に至っては120倍以上になっています。

 Web3に関わる開発人材数、求人数も急増し、数値的な面のみでなく、米国では能力の高い人材が開発に多く携わるようになってきているといわれています。

 Web3関連で注目されている「メタバース」(Metaverse)は、インターネット上の仮想現実空間を利用し、ユーザー同士のコミュニケーションや現実さながらのライフスタイルを実現できる世界です。メタバースという言葉は、古代ギリシャ語の「meta(超越)」に、英語の「universe(世界)」という言葉を掛け合わせて生まれました。実は20年近くも前に登場した「セカンドライフ(Second Life)」で利用され、仮想空間での土地取引やゲーム内での通貨利用も行われていました。しかし、3DCGやVR、5Gなどの技術進化とともに、仮想空間のみの利用でなく、新たなコミュニケーション手段、距離を克服するリモート手段としても注目を集め、多くの企業が産業への応用を狙って参入しています。既に、アバターを使ったオンライン会議、工場での遠隔操作、ロボットでの遠隔手術などにも利用され、Web3でさらなる用途拡大が期待されています。ただ、メタバースという言葉の捉え方は多様で、詳細は後述する各論を読んでいただきたいと思います。

* 一般社団法人Metaverse Japan、「What’s メタバース」、 https://metaverse-japan.org/organization/whatsmetaverse/ (2022年3月31日閲覧)

Web3の定義

 ここまでWeb3に関連する動きを見てきましたが、そもそも「Web3」とは何でしょうか。実はその定義は現在必ずしも明確ではなく、推進派と懐疑派が激しく議論しています。懐疑派が挙げるポイントは、

  • Web3の具体的なユースケースがまだ少なく将来像が見通しにくい
  • (Web3の特徴である)自律分散が常に(Web2.0の特徴である)中央集権より良いとは限らないのではないか
  • Web3も結局は中央集権的になるのではないか

といった点にあります。ただ、Web2.0でも急激な成長が始まる前の2000年代半ばに、その定義や将来像が明確だったわけではありません。

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 筆者らは、Web1.0、Web2.0、Web3.0/Web3を次のように捉えています(図表0-5)。

  • Web1.0:主にパソコンを利用し、Webサイトや電子メールを実現
  • Web2.0:モバイルやスマホを用いSNSなどを実現。大手プラットフォーマーがデータを囲い込み、中央集権化が進む。対象企業と市場は急成長
  • Web3.0:ブロックチェーン/スマートコントラクトの技術を基盤とする分散化されたネットワーク上で、特定プラットフォームに依存せず自律したユーザーが直接つながるムーブメント
  • Web3:Web3.0のマーケティング的な視点。仮想通貨、暗号資産、ブロックチェーンのリブランディングであるという見方もある

 以降、本書全体を通してWeb3.0とWeb3を区別せず「Web3」という表記で統一します。なお、本書ではWeb3分野の第一人者にインタビューし、その要点をまとめていますが、動きの激しい分野であるため、インタビュー対象者によって「Web3」の捉え方は異なっています。その点はご留意ください。

 Web3の特徴として、ブロックチェーンの活用、DAO/スマートコントラクトでの意思決定、トークン利用のエコシステムは確立しています。一方で、利用するインフラやデバイスは、Web2.0の延長上でモバイルやスマホを利用しつつ、VRやXR、ウエアラブル関連のデバイスなどを活用することが考えられますが、まだ確立しているわけではありません。これらの技術進化は早く、適宜最良のインフラやデバイスを採り入れることが考えられるためです。また、Web3の特徴ではありませんが、AIを活用することはデータ解析、用途拡大などで広く行われると考えられます。

 Web2.0はテックジャイアントが主導し、それらの企業の時価総額は、日本の全上場株式会社の時価総額以上になりました。Web2.0において、国内向けで成長した日本企業はありますが、グローバルでは特に米国に対して負けを認めざるを得ません。そして、Web2.0の成功が2007年ごろからわずか15年で達成されたことは注目すべきでしょう。

 改めて、Web3の動向を基盤技術となるブロックチェーンとの関係で示すと、図表0-6のようになります。

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 ブロックチェーンを用いたビットコインは2008年に発明、2009年に利用開始され、暗号資産としての地位を日本でも得ています。ただし、ブロックチェーン技術をWeb3の多様な用途に展開し、急速な拡大の契機となったのは、2013年に登場したイーサリアムです。イーサリアム上のアプリケーションとして、暗号資産を使う資金調達手法「ICO」(Initial CoinOffering)が登場し、2017年ごろには急速に利用されるようになりました。さらに前述したように、NFT、DeFi、DAOの急速な成長は、2020年以降のことです。その意味では、Web3は市場の萌芽期から急速な成長期に差し掛かっているといえるでしょう。

 イーサリアムの利用は今後も拡大すると考えられる一方、処理速度や取引量といった課題も明らかになってきています。取引量が増加すると手数料に相当する「ガス代」も高くなることもあり、イーサリアムの外側でデータ処理を行うレイヤー2の開発、利用も進められてきました。そこで、イーサリアムの代替、さらに用途拡大を狙う新たなブロックチェーンも登場してきました。その代表はソラナ(Solana)で、2020年4月にローンチされ、アクティブアドレス数はイーサリアムを超える水準まで増加してきました。その他、新たなブロックチェーンとして、本書でインタビューを実施した日本発のAstar Networkにも注目が集まっています。

* ブロックチェーン上(レイヤー1)に記載されないオフチェーンのこと。例えば、ビットコインなどは取引量が多くなると送金が滞るスケーラビリティー(拡張性)、手数料の高さが課題であり、レイヤー2はその点を改善する

 多くのブロックチェーンが登場すると、異なるブロックチェーン同士を接続して情報をやりとりできるインターオペラビリティー(相互運用性)が求められるようになってきました。メインチェーンと連動するレイヤー2(セカンドレイヤー)やサイドチェーンが必要になり、それらは増加しています。

 ブロックチェーンにはこれだけの変化がありますが、Web3に関連する動きは主に2017年以降で、急激な変化があったのは2020年以降になります。このような状況での、日本の位置付けを確認しておきましょう。

 日本の暗号資産の利益実現額は、米国(United States)、英国(UnitedKingdom)、ドイツ(Germany)に次いで4位です。米国が全体の3割近いシェアを有し、2位以下を大きく離しています。GDP比で見た場合、トルコ、ベトナム、ウクライナが上位に来ます。これらの国では暗号資産の利用が進んでいると言えます

* Chainalysis, 2022, “2021 Cryptocurrency Gains by Country.” https://hedge.guide/news/chainalysis-report-bc202204.html. (2022年4月25日閲覧)

 Chainalysis社によれば、日本の暗号資産の採用率は世界で82位と低迷しています。暗号資産の採用があまり進んでいないとされる東アジアの中でも見劣りします。DeFiに限定すれば72位とややランクが上がりますが、それでも下位にとどまります(図表0-7)。

 暗号資産の利用に関する日本の特徴は、ビットコイン(BTC)の利用率が高くイーサリアム(ETH)関連の比率が低いことです(図表0-8)。これは、イーサリアム上に構築されるDeFiなどの普及が遅れていることを示しており、その背景には、税制や規制があるとされています。言い方を変えれば、日本のWeb3に関わる状況は初期段階であり、暗号資産の保有は進む一方、DeFiなどを用いた暗号資産の自律的管理、取引、運用などの展開は全般的に遅れていると考えられます。

 Web3関連の有識者や起業家は我々のインタビューに対し、急拡大するデジタル経済圏への期待と、日本の現状への危機感を、異口同音に次のように指摘しています。

「Web3時代の到来は日本にとって大きなチャンス。しかし今のままでは必ず乗り遅れる」

 暗号資産に対する現行の規制や税制が足かせとなり、日本のWeb3関連ビジネスは世界から取り残され始めているのです。インタビューを重ねる中で、トークン発行規制を含む金融規制や会計制度、重い税負担が、投資や企業経営の機動性、イノベーションにマイナスの影響を与え、有望な起業家やエンジニアの海外移住を招いているとの指摘を多く耳にしました。Web3が萌芽期から成長期にある今、手を打たないと世界の潮流に乗り遅れてしまうでしょう。

 諸外国はWeb3の覇権を握るべく、急ピッチで投資環境や事業環境の整備を始めています。Web2.0で覇権を握った米国は、2022年3月9日に大統領令を発令し、Web3時代においてもデジタル経済圏のイノベーションをリードし続ける決意と覚悟を示し、国家戦略の取りまとめを命じています。Web3の競争相手は、米国のみでなく、シンガポールやスイス、UAE、さらにベトナム、フィリピンなどの東南アジアを含め多様です。

* THE WHITE HOUSE,2022,” FACT SHEET: President Biden to Sign Executive Order on Ensuring Responsible Development of Digital Assets. https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2022/03/09/fact-sheet-president-biden-to-sign-executive-order-onensuring-responsible-innovation-in-digital-assets/ (2022年5月29日閲覧)

 日本に勝ち目や勝ち筋がないわけではありません。日本には、アニメやゲームといった国際的競争力を有する豊富かつ上質なIP(IntellectualProperty、知的財産)があり、NFTビジネス、ひいてはWeb3において世界をリードする大きなポテンシャルを秘めています。本書ではWeb3で企業価値10億ドル以上あるAnimoca Brands社のキーパーソンにインタビューを実施したところ、日本の文化やゲーム、IPを高く評価していました。

 一方で、有望な日本企業の海外移転や、有望人材の海外流出がすごいスピードで起こっています。その多くの理由は、法規制や税率の高さだといわれています。日本はせっかくWeb3で勝ち筋があるにもかかわらず、それを生かせず波に乗り遅れ、米国はおろかアジア諸国にも敗北する可能性がある状況なのです。これらの動向や課題は、本書で詳しく述べています。

Web3を特徴づける分散型自律組織DAO

 Web3の大きな特徴にDAOが挙げられます。同一のミッションに賛同する多様なステークホルダーが参加可能な新しい組織形態で、「スマートコントラクト」を利用しています。スマートコントラクトはブロックチェーンで規定されるコンピュータープロトコルで、自動的・自律的な運営が可能になり、理想的には中央集権型組織や株式会社という形態、管理者さえ不要になると考えられています。DAOの意思決定にはトークン(「ガバナンストークン」とも言う)が利用され、DAOが成長すればそのトークンの価値が上がります。トークンは暗号資産でもあるので、暗号資産を用いた独自のエコシステムが形成されることになり、その代表がビットコインやイーサリアムとされています。詳しくは第1章で説明しますが、既存の株式会社などとは異なる新たな仕組みといえます(図表0-9)。

 DAOによって組織の意思決定やプロセスが透明化され、組織のガバナンスが変わる可能性があります。これまでの中央集権的な株主中心の資本主義とは異なり、著作者や個人のつながり、コミュニティーに焦点を当てた新しい成長と分配の在り方を具体化する基盤となり、日本の社会課題解決や地方活性化にもつながる可能性があります。

 ただし、DAOには課題もあります。例えば、既存企業との取引、経済面以外を含むインセンティブ確保、トークンの配分などです。本書のインタビューではこうした課題に対する方向性を伺ったところ、(DAOと連携する)財団や株式会社とDAOの役割分担、財団や株式会社から徐々にDAOに移行するなど、いくつかの注目すべき示唆が得られました。

課題はあるが、Web3の世界に一歩踏み出すべき

 Web3はある意味ツールであり、プラットフォームですので、使い方によってはさらなる課題を生み出します。実際、一部領域では特定の組織がガリバー化しつつあり、また、国や大企業がWeb3的な手法で独自通貨の発行や中央集権的な事業を行う動向もあります。さらに、暗号資産は急速に成長しているものの、実体経済につながっていない面があるという指摘もあります。その他、有識者が指摘するのは、GameとFinanceを組み合わせた「GameFi」(ゲームファイ)での児童労働の懸念、NFTの賭博性、メタバースのメンタルへの影響への懸念などです。

 本書に登場するWeb3の第一人者によるインタビューから言えることは、課題を明確にすることによって知恵を出し、対応策を検討し、一つひとつ解決していくマインドがあるということです。

 現時点でWeb3に課題があるのは確かですが、Web3は極めて有望であり、国家、社会インフラ、産業、生活に大きなインパクトを与えていくと考えられます。Web3のポテンシャルを有する日本は、その波をうまく捉え、社会や生活、産業に役立てていくことが必要だと思います。

 Web3は巨大なデジタル経済圏を生み出すでしょう。そのフロンティアで日本が存在感を示し、さらに世界を牽引するには、新しい資本主義の成長戦略の柱としてWeb3を据える必要があると考えられます。その上で、IPの保有者やその利用者、消費者の権利保護、社会的、国際的な状況にも配慮しつつ、イノベーションを推進していく必要があります。そのためには、人材育成や人材活用とともに、社会基盤や法規制を中心としたルールの整備、日本発の標準化や規格化も望まれます。もちろん、Web3には独自のエコシステムがあり、その特性を踏まえた地域のコミュニティー形成、国際間連携は必要です。

 本書は、Web3のトップランナーたちのインタビューで構成しています。読者の皆さんの力をWeb3の拡大に生かしていただきたく、特に日本向けの示唆を引き出していますので、ぜひご活用ください。インタビューにおいて、Web3やDAOなどの定義や見解が異なることはありますが、それはWeb3の多様性や可能性を示すものとして、基本的にインタビューの言葉をそのまま掲載した上で、筆者の見解を付加しました。

 本書が、皆さんのWeb3への理解の助けとなり、Web3の世界に一歩踏み出すきっかけとなれば幸いです。

【目次】

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