その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は北原康行さんの『 日本酒テイスティング カップ酒の逆襲編 』です。
【プロローグ】
風味の違いをイメージする方法はないの?
酒屋の店頭に並んだ何十種類ものボトル。居酒屋の壁一面を埋め尽くした、全国の銘酒のメニュー……。平板な情報が同時に押し寄せてきて、「いったい何がどう違うんだろう?」と途方に暮れた経験はありませんか?
「ザックリとでいいから、風味の違いがイメージできる方法を知りたい!」
そんなニーズにお応えしたのが、前作『 日本酒テイスティング 』でした。ラベルの情報から風味を予想する方法を解説した本です。
日本酒の入門書は山のように出ていますが、風味の違いを解説することに特化した本は、類書がないといっていいほど珍しいので、読者からはご好評をいただきました。「酒屋で1本を選ぶときに役立った」と。
5年前の出版時、「日本酒テイスティング」という言葉を使っている人は、ほとんど見かけませんでした。いまやネットで検索すれば、かなりポピュラーな言葉になっているようです。これは嬉しい変化です。
一方、少し残念なのは、風味の違いを解説する本が増えるきっかけになればと思っていたのに、ちっとも出てこないこと。日本酒の入門書といったら、相変わらず製造法や歴史、ラベルの読み方や料理との相性などを満遍なく紹介し、最後に銘酒リストをつけるようなものが大半です。
コロナ禍で家飲みが増え、日本酒の4合瓶の出荷が増えています。消費者が「これって、どんな風味なのかな?」と悩むシーンは、5年前よりさらに増えている。にもかかわらず、そのときに役立つ情報は少ないままなのです。入門書ではよりマイナーな銘柄が紹介されるようになっているものの、隣の銘柄と風味がどう違うのかがイメージできなければ、1本を選ぶときの参考にならない。
前作でも書きましたが、日本酒の世界で、お酒の香りや味わいを言葉で表現するようになったのは、つい最近のこと。ワインと比べたら、厚みに圧倒的な差がある。風味の違いを語るのは、ソムリエ出身の人間でもなければ難しいのかもしれません。
そんなわけで私自身が第2弾を出すことになりました。酒屋で見かけて「どんな風味なのかな?」と気になっている銘柄があれば、テイスティングコメントを読むだけでも参考になると思います。
カップ酒だけでテイスティングが可能
このシリーズは、一緒に飲みながら風味の違いを実感できる作りになっています。本で紹介していないお酒の風味まで予想できるようになるためには、まずは「違いを知る」ことが欠かせないからです。どういう部分に注目して、その違いを言葉でどう表現すればいいか、ザックリとでも理解しておく必要がある。
ワインではそうした参考書がたくさんありますが、これまで日本酒にはそういう本がありませんでした。
とはいえ、前作では反省もあるのです。飲み比べをやるとき、4号瓶では量も多いし、費用もかかる点です。同時にテイスティングしないと風味の違いはなかなか実感しにくいのですが、4本もまとめて買う人は少ないでしょう。実際に試された方も、2本ずつの飲み比べを何回かに分けてやった感じではないでしょうか。
ただ、ここで読者のみなさんに朗報があります。実は、この5年でカップ酒の種類がものすごく増えたのです。
カップ酒は1合(180cc)くらいの量。たいていは300円台で買えます。4号瓶を2本買うお金で、なんと8本もの飲み比べができる。まるで日本酒テイスティングのために生まれてきたような商品です。
カップ酒と聞いて、「ああ、おじさんがローカル線のなかで飲んでいるやつでしょ」と思った方は、感覚が古い。日本酒に相当こだわりのある居酒屋でなければ見かけないような通好みの銘酒まで、いまやカップ酒で味わえるようになった。
私も今回、「ここまで本格的なテイスティングがカップ酒だけで可能なのか!」と腰を抜かしました。日本全国、さまざまなタイプのお酒がそろえられたのです。
そこで第1章で「基本の法則」を解説したあと、第2章・第3章ではカップ酒だけを使ったテイスティングをやってみたいと思います。前作では本を読むだけで、実際のテイスティングを断念した方も、これならできるはず。いわば「カップ酒の逆襲」編です。ぜひとも一緒に飲みながら、風味の違いを実感していただきたい。
内容はいたってシンプルです。「エリア(どこで造られたお酒か)」と「タイプ(どんな種類のお酒か)」だけを見よ――。たったふたつの情報に注目することで、日本酒の世界をザックリと理解できるようになります。
酒米や水、酵母などは風味に大きな影響を与えますが、日本酒選びの役には立ちません。入門書では必ず詳しく解説されている日本酒度や酸度も、参考にならない(前作で詳しく説明しましたので、理由の知りたい方はそちらをお読みください)。
いずれにせよ、このシリーズで注目するのはエリアとタイプだけです。そこへ「エレガントかパワフルか」という視点をもちこむことで、驚くほど日本酒の世界がクリアに見えてくるようになります。
不当におとしめられているお酒の復権を
最初の3章で基本を理解してもらったうえで、第4章以降は一歩だけ先へ進みたい。テーマ別に踏み込んだ解説をしていきます(細かいテーマ別となると、さすがにカップ酒でそろえるのは無理なので、4合瓶でのテイスティングとなります)。
取り上げたいテーマは四つありますが、最初のふたつは、いまの日本酒業界のトレンドに関係したものです。
第4章では、日本酒業界がいま特に力を入れているスパークリング日本酒を取り上げます。泡が立っているときも、泡が消えても楽しめるスパークリング日本酒には、シャンパーニュとはまた違った魅力があります。いわば「一粒で二度おいしい」お酒なのです。日本酒の新たな世界をひらくものとして、私も注目しています。
第5章では、生酛(きもと)・山廃(やまはい)を取り上げます。「YK35(山田錦、きょうかい9号酵母、精米歩合35%)」なんて言葉があったように、お米をとことん磨いて、フルーツのような吟醸香を全面展開させるお酒がもてはやされた時代がありました。もちろん魅力的なお酒なのですが、日本中の酒蔵が同じような酒質を目指した点には問題があった。
その反動として、いま原点回帰の動きが生まれています。特に若い杜氏たちのあいだで伝統的な製法が見直されているのです。ほとんどお米を磨かずに造るとか、買ってきた酵母ではなく、蔵にすみついている酵母で造るチャレンジもある。生酛・山廃が見直されているのも、こうした流れのひとつなのです。華やかな吟醸香はないものの、なんともいえない味わい深さをお伝えしたいと思います。
残りの2テーマは、私がぜひとも見直してほしいと願っているジャンルです。いまは必ずしも順風が吹いている状況ではないものの、そのおいしさを知れば、誰もがファンになると確信しています。ぜひともファンになってほしい。
第6章で取り上げるのは、醸造アルコールを添加したお酒、いわゆる「アル添酒」です。日本酒ファンには純米信仰の強い方が多く、「アル添酒なんて日本酒じゃない」という声を聞くことも多いのですが、アル添酒にはアル添酒のおいしさがある。特に食中酒としてのオールマイティさでは、これに並ぶものがありません。
不当におとしめられているアル添酒の復権を願って、その魅力を解説します。アル添酒を全力で応援しているソムリエは、おそらく日本に私ぐらいでしょうから、本書でしか読めないコンテンツだと思います。
第7章では熟成酒を取り上げます。ディープな日本酒ファンでも、このジャンルに強い人はそうそういないと思います。酒屋でもそんなに見かけるものではない。でも、その楽しみ方をまだ知らないだけで、非常に可能性のあるジャンルなのです。
アル添酒が究極の「主張しないお酒」だとしたら、熟成酒は究極の「主張しまくるお酒」。性格が正反対なので、続けてテイスティングすることで「日本酒の世界ってこんなに豊かだったんだあ」と実感できるはずです。
なお、この本の目的は、実際に飲んで、風味の違いを実感すること。そういう意味で前作同様、比較的、入手しやすい銘柄ばかり選んでいます。値段も4合瓶で2000円未満のものに限定しました。いわゆる「幻の銘柄」を掘り起こす本ではありませんので、その点は誤解のないようにお願いします。
この本でテイスティングするのは29本。前作と合わせたら55本になります。そこまで検証数を増やせば、何がしかの傾向は見えてくるはず。本当に「エリアとタイプを見るだけでいい」のか? 本当に「エレガントかパワフルか」だけで分類できるのか? ぜひ一緒に飲みながら実感していただければと思います。
2021年8月 北原康行
【目次】