その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はジョエル・サートレイ(写真・著)、大津祥子(訳)、丸山宗利(日本語版監修)の『 PHOTO ARK 虫の箱舟 絶滅から動物を守る撮影プロジェクト 』です。

【はじめに】

虫たちを愛するようになった経緯

 白状すべきことがある。

 私はネブラスカ東部に農場を持っているが、数年前に一念発起して、44エーカー(約17万平方メートル)の土地を休耕にした。ずいぶん思いきった話である。かつてはトウモロコシと豆を育てていた土地に、地元の草や花を咲かせる野生植物を植えた。

 この新たな植えつけは、急斜面で耕作には向かないささやかな区画の土壌を安定させる役割を果たしたが、多少の非難を受けた。付近の農家がけしからぬことだと考えたのだ。

「そんなふうに金を生まない土地にしておくとはいいもんだね、もったいない」と1人の農民が言った。

 私の計画を彼が知っていればよかったのだが。私はチョウを呼び寄せたかったのだ。

 何しろ私は数年前に、メキシコ中部のある山頂で神々しい体験をした。夜明け前に、借りたラバに乗って出発した。その先には薄霧のなかに何本ものモミの古木がひっそりと立ち、そこにオオカバマダラがあまりにたくさん止まっていたので、大枝は文字どおり重みでしなっていた。いったい何匹のチョウがいれば木の枝がたわむのか、想像もつかないだろう。

 ついに日が昇ると、木々から無数の鮮やかなオレンジ色の斑紋が勢いよく飛び出して、私のまわりで上へ下へと渦を巻いて乱舞し、さながらオレンジ色の猛吹雪のようだった。そして少しの間、自分が5歳児のような気がしていた。

 しかし現在、世界的にこうした自然の驚異が終局を迎えているかもしれないと言われる。

 なぜだろう。

 答えを見つけるのはそれほど難しくはない。私たちはたいてい、オオカバマダラの数が減ってきている原因を、昆虫がかつて生息していた場所が大幅に減少しているせいにする。

 私が訪れたメキシコで、渡りをするオオカバマダラの群れが過ごすのは冬のみだ。その後、米大陸の中央をまっすぐに北へ向かって、大陸中央に広がるグレートプレーンズを目指す。旅の途中では、花蜜を出す植物に止まって栄養補給を行い、世代交代を3~4回繰り返して生活環を維持する。最終的にはトウワタが生えている野原に到着して、この植物に卵を産む。以前はあり余るほどトウワタがあったが、次第に見つけるのが難しくなっている。一方、私たちは当地の米国で「スプレー文化」のなかで暮らし、除草剤や殺虫剤をやたらに使いたがる。私たち人間が犯人なのだ。

 とはいえ、私たち全員にできることは何かしらある。幸運にも米国に住んでいるならば、その土地に固有の植物を植えることができる。耕作地を自然状態の草地に戻したときに私がしたことだ。これが近隣からの批判に対する長い回答だが、この問題について考えてみてほしい。愛するオオカバマダラを救う方法を私たちが見つけられないのならば、まさに、この上なく大きな損失となるだろう。

 数年前に休耕を決めたとき、私が考えていたのは、一種類の昆虫、つまりみんなが知っていて大好きな美しいあのチョウを救うことくらいだった。それ以来、多種類の動物を撮影していたこの数年間で学ぶうちに、いくつかの疑問が湧き出して大きくなっていった。私たちは、オオカバマダラのような華々しく代表的な種を、団結して守れるのか? そして、昆虫界のほかのものたちを救うためにやれることは何か?

 まだすべての答えは出せていないが、わかっていることがある。昆虫たちが私を救ったのだ。

 2020年の春、新型コロナウイルス感染症が世界中に容赦なく拡大してロックダウンが始まると、私は困惑した。ニュースを目にしては不安に駆られ、打ちのめされた。しかも、どこにも外出できなかった。これまで何年も、1年の半分以上を世界中の動物園や野生生物保護センターへの旅に費やしてきたが、留まらざるを得なかった。フォト・アークは初めて、立ち往生するかに見えた。

 家に閉じこめられる日々が延々と続き、眠れなかった。朝刊を取りに午前5時頃に外に出るようになった。まだとても暗い時間だ。ある朝、見上げると啓示を受けた。よりによって我が家の玄関ポーチで。

 あらゆる大きさのガが軌道を描くように飛び回り、まるで原子核の周囲を電子が猛スピードで回っているかのようだった。壁や柱、窓、ドアには、驚くべき生物多様性のある光景が広がっていた。カミキリムシ、ヨコバイ、キリギリス、テントウムシ、クモ、ハエが生息し、その周辺では、カマキリがこれらの昆虫をすべて捕食していた。

コモンアメリカスジコガネ(Pelidnota punctata)
コモンアメリカスジコガネ(Pelidnota punctata
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ケアンズトリバネアゲハ(Ornithoptera euphorion)
ケアンズトリバネアゲハ(Ornithoptera euphorion
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 この状況からアイデアを得た。ロックダウンのせいで世界各地には出かけられないけれども、こちらに寄ってくる生き物を撮影できるのではないか?

 我が家の草木ぼうぼうの裏庭と表庭なら確実に多くの宝があるだろうと考えながら、その晩に裏のポーチにシーツをつるし、電気スタンドのシェードを外してスイッチを入れた。小さなユスリカ、クサカゲロウ、蚊などが無数にすぐに集まり、シーツは灰色になった。翌晩にはシーツを追加し、片方は明るいハロゲン電球、他方は紫外線ライトのほうに向けた。

 やがて何十もの知らない種(これほど多くの小さなガが存在するとは予想もしなかった)を目にした。小さな庭の手入れに化学物質を使わなかったおかげだ。虫たちはずっとここにいて、私に見つけられるのを待っていたのだ。

 正直なところ、それまで派手な昆虫以外には関心がなかった。もちろん世界各地の動物園で飼育されている色彩豊かなチョウや甲虫は撮影してきたが、我が家のポーチでの毎晩の光景には別の素晴らしさがある。世界の生態系を回していく生き物を手当たり次第に取りそろえた詰め合わせだ。これらの虫たちの大半は小さくて茶色いが、食物連鎖の基盤となり、地球上のほぼすべての生態系の原動力である。

 よく見ようとカメラを持って近づくと、全く知らない種類だとわかった。そしてあまりに種が多様で、名前を知る手がかりがないものばかりだった。これは問題だった。私たちはフォト・アークの全動物について通称名と生物分類上の属と種を示すことに加えて、それぞれの自然史を伝えることを誇りにしている。

 早急に虫の専門家が必要だった。

 地元の昆虫学者にメールを送ると、すぐに返事が来た。「ローレン・パデルフォードとバブズ・パデルフォードほど昆虫を知っている人はいない。特に小さなガに詳しい」とある。完璧だ。

 自己紹介の電話を入れてから、車で2人の自宅に向かった。1時間ほどの距離で、ミズーリ川を見下ろす断崖の上にあった。フォト・アークの本をポーチに置いて戸口のベルを鳴らして後ろに下がると、モサパルーザ(Mothapalooza)のロゴ入が入った揃いのTシャツを着た70歳の夫婦が出てきた。2人は、私がモサパルーザを知らないことに驚いた。「年1回開催される、北米で唯一にして最大のガの会議さ」とローレンが上機嫌に声を上げた。

 実にふさわしい人を見つけたようだ。

 常に新型コロナウイルスに留意して2人から距離を取りつつ、私たちは春の冷気のなかで談笑した。私は、自分が捕まえて撮影したすべての昆虫の種を同定してくれる人を、今から晩秋まで雇う必要があることを伝えた。しかも私の申し出には警告もついていた。「溺れている者を助けようとして泳いでいくと、何が起こるかご存じですか?」と私は尋ねた。「溺れている者に道連れにされます」。

 2人はびっくりしなかったばかりか、溺れる者の小話を面白がった。彼らは加わってくれた。

 グレートプレーンズの昆虫たちの種類がわかるという自信をつけた私は、自分のA型的性格によって新型コロナウイルス感染の心配がないとみなした、あらゆる場所に出かけ始めた。最初は森林と草地が接する町外れの所有地に行った。息子のスペンサーにはフルーツ味のキャンディー「スキットルズ」のお駄賃で同行させた。日が沈んでくると、4枚のシーツをつるし、ポータブル発電機を使って電灯をつけた。深夜までには、さらに多くの目新しい種が集まって混ざり合い、夜行性のハチ、小さなヨコバイ、巨大なトンボ、騒々しいセミもいた。

 翌週の私は、近くの溜め池の周囲にいた。4枚のシーツを3時間つるしたところ、トビケラ、カゲロウ、イトトンボ、ヘビトンボといった何十種もの水生昆虫がやってきた。100年前に農業によって様変わりし、あらゆる種類の農薬が見渡す限り一面に思いきり散布され続けている環境にしては、昆虫の多様性は限りなく広がっているように思われた。

 毎晩の精力的な採集活動中、私たちは何十個ものピーナッツバターとジャムの空き瓶にそれぞれ1匹ずつ昆虫を入れ、家に向かってスタジオで写真に収めた。昆虫たちはすべて、布製の撮影用テントの中で撮影した。このテントは、虫たちを閉じ込め、照明を和らげるという両方の役割を果たした。私はテントの中に頭から腰まで突っ込み、ギリギリまで近づいて撮影したが、ハチの場合に大変だったことは証言できる。

 1時間につき10種前後しか撮影できないため、撮り終わるまで夜通しかかることも多々あった。床の上でうたた寝をしたこともある。できることなら日が昇る前に全種の撮影を終えて自然に返したかったのだ。

「私たち人間には無脊椎動物が必要だが、
無脊椎動物は人間を必要としていない。
これが真実である。
もし人間が明日に姿を消しても、
世界はほとんど変わりなく回っていくだろう……
しかし、もし無脊椎動物がいなくなれば、
人類が数カ月以上生き残れるか疑わしいと思う」

―エドワード・O・ウィルソン(1987年)
『世界を動かす小さなものたち』
“THE LITTLE THINGS THAT RUN THE WORLD”


 1カ月ほどすると、以前撮影した種にまた遭遇することがあまりに多くなったので、パデルフォード夫妻は、自分たちの気に入っている場所に一緒にガを見に行こうと提案してくれた。待ち合わせ場所は、ネブラスカ州から州境を越えたアイオワ州西部ラス・ヒルズの川に面した断崖の上だった。2人は真のプロフェッショナルで、最初にパリッとした白いシーツを取り出し、次に美しい木箱を開けると、高出力の白熱電球が1つ、姿を見せた。自信が現れていた。

 2人は2本の木の間にロープを結んでシーツを1枚だけ掛け、地面に置いた台に裸電球をのせると、魔法が始まった。ゆっくりと時間をかけ、やって来る虫すべてに魅了されていた。そして先ほどの台には、昆虫の参考図書もきちんと積み上げられていた。ローレンとバブズは言ってみれば虫の大学の教授のような存在である。彼らはずっと虫まみれだった。

 日没から3時間後、2人は電球を箱に戻し、軍葬の旗のようにきっちりとシーツを畳むと、家路についた。たった1枚のシーツをはためかせ、私と同じくらい多くの昆虫を採集し、しかも私よりずっと効率がよかった。私は彼らの最高の技を学んだ。

 その次に私たちはカンザス州メアリーズビル近くの自然保護区、ネブラスカ州南東にあるインディアン・ケーブ州立公園の順に訪れた。どちらも車で数時間以内の距離だった。ときには原野のその場で写真を撮ることもあったが、初めて目にする種があまりに多くてわからなくなることも多々あった。

 月日がたつにつれ、より遠くまで遠出をするようになった。最初はネブラスカ州サンドヒルズだ。そこは牛が草を食べる、農薬が使われていない自然のままの草地だ。そのため、幹線道路を走るドライバーたちは今も、フロントガラスにぶつかってつぶれた昆虫をふき取らなければならない。かつては自分も厄介に感じていたが、サンドヒルズで虫を採集して以来、そうは思わなくなった。

 次はミネソタ州北部にある我が家の山小屋で、寒冷地に生息する大きなガを何匹か集めた。多くがふっくらしていて、まるで毛皮のコートを着ているかのようだ。私の手とほぼ同じ大きさで、樹皮に擬態したものもいた。ついでながら私は、ガが理想的な被写体であることを学びつつあった。ガはいったん安全だと感じると、じっとして動かないのだ。

 私が最後に奮闘したのは2020年の晩秋で、コロラド州の南東部を車で走り抜けるところから始まった。日中は捕虫網を使い、乾燥地でよく見かけるユッカの木が点在する道路沿いで何匹か昆虫を採集した。それから西へ走り、ニューメキシコ州サンタフェにある、友人が所有する空き家のゲストハウスを目指した。

 乾燥した高地と谷を流れる小川には、グレートプレーンズとは全く異なった昆虫が生息していた。ある晩、友人が川床沿いで採集を手伝ってくれたときには、用意した明かりに近寄ってくるガたちを、低空飛行のコウモリの大群がごちそうにしていた。最初に見たときは知らなかったが、のちに1匹の昆虫が非常に特別なものであることが判明した。

 ニューメキシコ州での最初の夜間撮影で、中くらいの大きさのガを撮影した。茶色のまだらで、頭を低くして身を隠そうとしていたが、白黒の撮影用背景の上では残念ながら隠れることはできない。あとでわかったが、このガが生きている状態で撮影されたのは、このときが初めてだった(190ページ参照)。

 「私たちはあなたが撮影したガの画像を130年以上も待ち続けていました」とオンラインの昆虫照会サイト「バグ・ガイド」のメンバーたちは言った。この種はとても珍しいため通称名がなく、写真を公表するために、専門家に名前をつけてもらわなければならなかった。提案された名は「ロング・トゥースト・ダートモス(和名はナガトゲヤガ)」だった。昆虫学者にとっては一大事件だった。しかし、名前が公表されるよりかなり前に、このガはいなくなっていた。夜明け前に放たれて、ほかのガたちと同様に星空へと飛んでいったのだ。

イオメダマヤママユの幼虫(Automeris io)
イオメダマヤママユの幼虫(Automeris io
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 数の上では、私の昆虫年は予想をはるかに上回るものだった。私は905の異なる種を撮影した。結果として新型コロナウイルスは、フォト・アークにとって最も成功した年をもたらした。そして翌年にも数は増え、合計1000種を優に超える昆虫がフォト・アークに加わった。

 数以外のことを振り返ってみると、最近の私の異常なまでの熱意を耐え忍んでくれた家族に深く感謝し、家で過ごせた時間をありがたく思う。それに加えて、すべての昆虫にこれまでにない深い感謝の念を抱く。それが刺してくる虫であってさえも。

メキシコアカアシタランチュラ(Brachypelma boehmei)
メキシコアカアシタランチュラ(Brachypelma boehmei
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 ほとんどの人は知らないが、無脊椎動物がいなければ、私たち人間はこの世界で生きることができない。その地に生息するミツバチは野菜や果物に花粉を授け、アリは自然界の掃除屋である。昆虫は生息数を自ら抑制している──その方法が残酷な場合もあるが。ヤドリバチの仲間は他種の元気な幼虫の体に降り立って、その体内に卵を産みこむ。卵はすぐに孵化し、宿主を内側から食べて体外に出ていく。悪気はないのだ。

 そして忘れないでほしい。昆虫は食物連鎖の基盤を成し、その上位にあるすべての生き物を支えている。昆虫がいなければ、鳥のひなのほとんどは巣立つことができないだろう。イエローストーン国立公園のハイイログマでさえ、秋に毎日何万匹ものヤガをたらふく食べて脂肪を蓄えることができなければ、飢えて死ぬだろう。

 ポータブル発電機が静かになり、採集用の瓶をすべてしまい終えると、いつも同じことを考える。私たち人間同士で協力して、最も小さいものたちに対して、もうほんの少し親切になれるだろうか? 公園や芝生、作物などに猛毒の農薬を浴びせるのを止められるか? 昆虫が多く生息している湿地帯、草地、高山帯の草地、海岸線といった世界の片隅を、手つかずのままにしておくことはできるのか? 空気や土、水をできる限りきれいに保つのは当然だと学ぶことができるだろうか?

 人類の未来がかかっているのだ。

 チョウが好む植物を連邦、州、市の公園に、そして学校や企業の敷地に植えることができる。自宅でガーデニングをする際は在来の植物を植え、都市部に住んでいるなら鉢植えに取り入れることができる。その地域の植物を売っている園芸店を見つけよう。そして華やかな交配種からは距離を置く。これらは往々にして、花粉や花蜜を多くは生み出さない。4月から10月までずっと順番に花が咲き続けるように、さまざまな種類を購入する。こうした活動は、チョウだけでなく、ミツバチから甲虫に至るすべての昆虫の役に立ち、ひいては人間の農作物の受粉を助け、野鳥の食べ物となり、生命の輪を回し続けるだろう。

 そこでお願いしたいことがある。好奇心を強く持とう。今度ハエやアリを見かけたら、ピシャリと叩いたり踏みつけたりしないで、近づいてよく見てみよう。そして何億年もかけて見事に進化し、地球全体のバランスを保とうと懸命に奮闘している、驚くべき小さな生き物に気づいてほしい。

 創造的で、敬意を持ったヒーローになろう。花粉媒介者が増える植物の園をつくろう。庭から化学物質をなくし、有機栽培のものを買う。全種類の昆虫を大切に思っていることを人に伝え、昆虫を救うために熱心に働いていることを説明しよう。何よりまず、隣人を説得して多少の我慢をしてもらう。

 まだ納得していない? 夏の夜に外に出てみよう。そしてガの群れが、人工の太陽であるポーチの明かりのまわりで、軌道を描くように回っているのを感動しながら見上げてみる。ガたちは彼らの世界からの使者で、彼らが私たち人間にとってどれほど重要であるかを思い出させてくれるのだ。

【目次】

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オオカバマダラ (<i>Danaus plexippus</i>)
オオカバマダラ (Danaus plexippus)
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