その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は木村駿さん編著の『 建設DX2 データドリブンな建設産業に生まれ変わる 』です。

【はじめに】

 北緯50度、東経30度。戦火にさらされているウクライナの首都キーウを拠点とする建築設計事務所、balbek bureau(バルベックビューロー、以下バルベック)から、2023年3月下旬、筆者に1本のメッセージが届きました。

 ウクライナの復興に向けて、農村の伝統的な住宅を再建するのに役立つオンラインツール「RE:Ukraine Villages online constructor」を開発したから、取材しないかというのです。

 ウクライナの建築家、スラバ・バルベック氏が率いるバルベックは、国内外で建築やインテリアデザインの賞を獲得してきた有力設計事務所です。22年2月24日にロシアの侵攻が始まってから約1カ月後には、居室やキッチンなどのモジュールを柔軟に組み合わせて仮設住宅を造る構想を発表し、話題を呼びました。筆者は当時、バルベックに連絡を取り、同社の活動について記事にしたことがありました。

 そんな彼らが知らせてきたオンラインツールは、ブラウザー上で3Dモデルを見ながら仕様を選んでいくだけで、誰でも簡単に住宅の図面を作成できる無料サービスです。

 「同盟国はウクライナの復興を支援してくれているが、農村部ではほとんどの世帯が、自ら再建を担わざるを得ない」(バルベック)。住人が自宅を再建したり、ウクライナの村落の伝統的なイメージを維持しつつ新たな住宅を建てたりする際に役立ててほしいと考え、22年6月からキーウ州で住宅のデザイン要素を調査。わずか半年ほどで開発したそうです。

 バルベックで広報を担当するタイシア・クデンコ氏によると、ウクライナの農村における伝統的な住宅はほとんどが平屋建てで、地元で入手可能なレンガやタイル、スレートなどを組み合わせて建てられており、地域によって装飾に違いがあります。「西部のポジーリャに見られるのは手描きの花で飾り立てられた家屋。一方、北部のチェルニヒウ州はレースのような木製の装飾で知られている」(クデンコ氏)。バルベックの所員は各地での調査を踏まえ、地元の住宅の特徴をツールに落とし込みました。

失われた資産をデジタルで取り戻す

 筆者も早速、自分でプランを作成してみました。このプロジェクトのURL(https://villages.reukraine.org/)にアクセスし、「BUILD A HOUSE」というボタンをクリック。すると、ウクライナの衛星画像が表示されるので、対象エリアを選びます。

 エリアを選んだら、床面積とプランを決める。キーウ州の場合、床面積は55平方メートル、67平方メートル、83平方メートルの3種類、プランは水回りやベランダの位置が異なる4種類から選べるようになっています。続いて、屋根の形状を選択肢から選び、ベランダのサイズや開口部の位置、材質(木材かレンガ)を決定。ベランダの仕様が決まれば、今度は窓の数やデザイン、装飾、配色などを選んでいきます。

 ディスプレイには住宅の3Dモデルが表示されるので、拡大したり、回転させて様々な角度から確認したりできる。誰にでも簡単に扱えるようにUI(ユーザーインターフェース)が工夫されています。作成を終えると、図面一式がまとまったPDFファイルのダウンロードが可能に。これを基に、建設会社に工事を依頼したり、あるいはセルフビルドで住宅を再建したりするわけです。プランの作成にかかった時間は、わずか5分程度でした。

 このオンラインツールの実装には、主に建築設計者の間で活用が広がっている3DモデリングソフトのRhinoceros(ライノセラス)と、そのプラグインでモデル生成アルゴリズムを視覚的に作成できるGrasshopper(グラスホッパー)、これらを用いて作成したパラメトリックモデル(パラメーターを入力するだけで形状を変更できる3Dモデル)を基にアプリを構築できるクラウドプラットフォームのShapeDiver(シェイプダイバー)を利用したそうです。

 キーウ経済大学によると、ロシアのウクライナ侵攻によってウクライナのインフラに生じた損害は24年1月時点で計1550億ドルに上ります。このうち住宅の被害は589億ドルで最も多く、約22.2万棟の民家が被害を受けたと推定しています。

 復興は効率やスピードを優先し、画一的な対応に陥りがち。いかにその土地の歴史や伝統を引き継ぎながら、住民が以前の暮らしを取り戻すのをサポートするか。バルベックの取り組みは、これまで多くの時間や費用をかけ、専門家に依存しながら進めなくてはならなかった街の再建を、デジタル技術の力を借りて市民の手に取り戻す試みです。

 人や組織の能力を強化・拡張し、言語や文化、空間、ときには時間をも超えてサービスを届けたり、思いを伝えたりする――。バルベックへの取材を通じて、デジタルの威力と、その力を使いこなすことの重要性を改めて実感しました。

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 本書がテーマに据える「建設DX」は、人手不足や長時間労働などの課題をデジタルで解決し、ビジネスモデルのコモディティー化(汎用化)に悩んできた建設産業を生まれ変わらせる取り組みと言えます。では、建設産業は上述のようなデジタルの力を、十分に使いこなせているでしょうか。前作『建設DX』の発行からもうすぐ4年がたちますが、デジタルをベースに建設生産プロセスを再構築したり、建設業のビジネスモデルをつくり直したりする段階にまでは、なかなか到達できていないようです。

 本書を執筆しようと思い立った出発点には、取り組みが進んできたからこそ見えてきた建設DXの課題を描き出し、次のステージに進むためのヒントにしてもらいたいという思いがあります。第1章ではまず、24年4月1日に建設業への適用が始まった残業規制を巡る混乱をリポートしながら、いよいよ「超人手不足時代」に突入した建設産業について考察し、なぜDXが必要なのか、改めてその意義を考えます。

 続く第2章では、前作『建設DX』でも扱った「建設ロボット」「重機の自動化・遠隔化」「建設テック」「BIM/CIM」「デジタルツイン」「デジタルファブリケーション」の6領域をピックアップし、建設DXの現在地をリポートしました。この数年で何がどのように進んだのか。建築・土木の両分野の動向や今後の展開について解説しています。

 第3章では、建設DXに立ちはだかる様々な課題を取り上げました。人材不足や既存の規制への対応など、DXを推進する上で企業がどのような壁にぶつかり、乗り越えようとしているのか。実例を基に描きます。さらに第4章では、データに基づいて業務を進めたり、経営上の意思決定を下したりする「データドリブン」をテーマとしました。先進的な建設会社からは、データドリブンな業務プロセスを取り入れて単純作業の時間を削減し、成果物の品質を高めたり、新たな付加価値の創造に時間を割いたりする取り組みが出てきています。アナログ業務をデジタル化するだけでなく、その先を見据えた取り組みは今後の潮流になるでしょう。

 第5章は、社会を席巻している生成AI(人工知能)がテーマです。急速に進化を続ける生成AIは、ホワイトカラーの仕事に大きな影響を与え始めています。建設産業では活用が始まったばかりですが、生成AIをどのように使いこなしていくかが、今後数年間の主要テーマになることは間違いありません。人手不足などの諸課題に対応しつつ、望ましい成長曲線を描いていくために、いかに外部の資産を活用するか。第6章では、成長著しい建設系スタートアップ企業などを、建設産業の新たなエコシステムに組み込むことの重要性を説きました。

 人口減少に伴う国内建設市場の縮小、人手不足の深刻化による労働供給制約は、これから建設産業を窮地に追い込む恐れがあります。そんな厳しい現実と向き合いつつも、建設産業の明るい将来像を描くために、本書をご活用いただければ幸いです。

2024年7月 日経アーキテクチュア編集長 木村 駿


【目次】

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