その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は西條辰義さんの『 フューチャー・デザイン 』です。

【はじめに】

 ここでは、各章でどのような話が展開しているのかを示し、章の連関も示す。さらには、本書をどのように読めばよいのかも提案したい。

各章のねらい

 「はしがき」に記したように、将来世代が私たちに「ありがとう」と感謝したくなる社会をデザインしたい。これが、フューチャー・デザイン(Future Design, FD)を始めた私の動機である。一方で、産業革命以降、とりわけ20世紀の半ば頃から将来世代に重荷を背負わせる将来失敗が加速している。ヨハン・ロックストロームさんたちの地球の限界(Planetary Boundaries)の研究は、地球環境が9つの領域のうちすでに6つの領域で元に戻れない許容限度(tipping points)を超えていると指摘している。遺伝的多様性を含む生物圏の健全性、窒素やリンの循環、炭素循環と関わり合いの深い気候変動などである。

 いったい私たちは何をしてきたのだろうか。ウィル・ステフェンさんたちによると、化学肥料の使用量、二酸化炭素の濃度、人口、GDPなどが、20世紀の半ば頃から劇的に増加している。これは「超加速」と呼ばれている。まずは、超加速がなぜ起こったのかを見たい。これが「第1章 「私たち」は何をしてきたのか」である。

 超加速のどこを見ればよいのだろうか。バーツラフ・シュミルさんによると、20世紀最大の発明・発見はハーバー・ボッシュ法であるという。そこで、よく知られた炭素循環ではなく、窒素循環から話を始めることにする。

 1913年、フリッツ・ハーバーとカール・ボッシュは、安価なアンモニアの大量生産に成功した。アンモニアからは窒素肥料ができるし、爆薬もできる。20世紀中盤からの緑の革命を支えたのが、ハーバー・ボッシュ法による窒素肥料である。穀物の大量生産は、人口の劇的な増加につながるし、穀物をえさとする畜産による肉や乳製品の急増をもたらす。私たちはおいしいものを食べたいだけではなく、便利なものが欲しいし、冷暖房が完備した家に住みたいし、行きたいところに行く交通手段も確保したい。そのため、化石燃料を加速度的に燃やしてきている。

 一方で、世界の指導者たちは、戦争や侵略を厭わず、大量の爆薬を、第一次、第二次世界大戦、ロシア・ウクライナ戦争、ハマス・イスラエル戦争などで使っている。ハーバー・ボッシュ法の影の部分である。光(肥料ないしは平和)の部分でさえ、将来失敗の原因になっているし、影(戦争)の部分も将来失敗を起こしている。つまり、科学・テクノロジーは私たちの生活を豊かにするものの、将来失敗を生む原因にもなっている。第1章は、一般的な歴史ではなく、私というレンズを通して見たここ一世紀あまりの歴史である。

 それでは、なぜ私たちは将来失敗を起こすのだろうか。ロバート・サポルスキーさんによると、私たちは、急に暗くなったりするとすぐ反応するし(相対性)、目の前においしいものがあればすぐ食べるし(衝動性)、他者と連携もできる(社会性)。ただ、ターリ・シャーロットさんによると、将来については楽観的であるという。だとすると、自分の生存可能性を高めることには頑張るものの、将来世代のことなど考える余裕などないのかもしれない。科学・テクノロジーの発展もこれらのヒトの性質に大きく依存してきたに違いない。

 実は、楽観性も含め、これら4つの性質を体現したのが、市場と民主制である。今の市場で将来世代はお金を持っていないので、将来世代は自分たちのために残してほしいものを買うことはできない。将来失敗を避けるために化石燃料を用いる乗り物や化学肥料を禁止するという政策を掲げて市長選に出ても、当選しないだろう。市場、民主制に加えて、科学・テクノロジーも将来失敗に荷担しているのではないか。

 一方で、これらの4つの性質以外にも、私たちは、「目先の利益を差し置いてでも、将来世代のしあわせをめざすことでしあわせを感じる」という性質を持っているのではなかろうか。これを「将来可能性」と呼ぼう。FDは、将来失敗を回避するために、私たちが将来可能性を発揮できる社会のデザインをめざす。その宣言が「第2章 フューチャー・デザインは何をめざすのか」である。

 それでは、目先のことは考えなくてよいのか。将来のことではなく、今、互いに協力すれば良い結果を得ることができるのに、自分の利益だけを考えて行動すると、相手も自分も悪い結果になる、というのが社会的ジレンマである。これを解決する仕組みの解説が「第3章 社会的ジレンマ」であり、案外簡単にうまくいく仕組みの設計に成功する。2012年3月、この結果をマサチューセッツ大学のセミナーで報告した。

 ただ、セミナーの後の夕食会で、私の仕組みには将来の人々が入っていないという指摘があり、とっさに、仮想将来世代を作り、現世代と交渉する仕組みを提案した。その話を聞いていたのが、ローラ・ストランランドさんで、彼女から、そのような人々がアメリカにいたことを教わった。イロコイである。イロコイの人々は重要なことを決める際には、7世代先に飛び、そこから今の案件を考えるという話を伺った。FDの始まりである。

 社会的ジレンマには「世代」という考えが入っていない。将来世代に良いことをしても将来世代からは見返りがないこと、将来世代を良くするために今の世代が何らかの犠牲を払わねばならないこと、この2つの条件を満たすできるだけ単純なゲームが、「第4章 世代間持続可能性ジレンマ」で上條良夫さんたちが開発した世代間持続可能性ジレンマゲームである。

 3人の参加者が一つの世代として討議をし、持続可能かそうでない選択肢のどちらかを選ぶのである。これだと3割弱の世代が持続可能な選択をする。そこで、3人のうち1人を仮想将来人として、将来世代を代表して残りの2人と交渉することをお願いすると、持続可能な選択が倍増し、6割になったのである。

 この実験が契機となり、バングラデシュやネパールでのフィールド実験が始まる。「第5章 仮想将来人はほんとうに機能するのか」である。バングラデシュのダッカで、地域の人口を代表する一般の人々を選んでいる。仮想将来人を1人導入しようがしまいが、持続可能な選択は約3割で、仮想将来人の効果がなかった。

 そこで、シャイブリー・シャーリエさんや小谷浩示さんたちは、新たな仕組みを用いる。3人全員が仮想将来人になり、今の世代にとってほしい選択肢を選ぶ。次に、現世代に戻って再び選択をする。両者が同じなら、それを最終選択とし、そうでないなら3人の多数決で選ぶ。これがイロコイ・メカニズムである。この仕組みのもとで、ダッカでは、8割強の世代が持続可能な選択をしたのである。

 仮想将来人以外に将来可能性を発揮する仕組みとして考えたのが、ラジャ・ティミルシナさんや小谷さんたちのアカウンタビリティ・メカニズムで、今の世代の意思決定の理由を次世代に残す仕組みである。仕組みがないなら、持続可能な選択は6割4分、3人のうち1人が仮想将来人になると、それは7割、アカウンタビリティ・メカニズムだと8割5分となり、この仕組みの効果を確認している。

 仮想将来世代の効果を確信した私は、2014年10月、たまたまテレビで「押し寄せる老朽化:水道クライシス」という番組を見た。岩手県矢巾町役場の吉岡律司さんが、毎月市民のワークショップを開催し、何とかおいしい水を市民の皆さんに提供しようと悪戦苦闘なさっておられる。私は、仮想将来世代を導入すると必ず良い結果を得るに違いないと思った。吉岡さんと原圭史郎さんたちとの協働が始まる。これが、「第6章 岩手県矢巾町──初めてのフューチャー・デザイン実践」である。

 2015年当時、日本の自治体は、「まち・ひと・しごと創生総合戦略」の一環として2060年に向けてのビジョンを策定することになっていた。矢巾町ではFDを用いて2060年ビジョンの策定を始めた。「今」から「将来」を考える市民のグループと「将来」から「今」を考える仮想将来世代のグループに分かれ、約半年かけて討議をした。

 「今」のグループは、今の問題を将来の問題に置き換えてしまう。たとえば、2060年になっても、「老人介護施設が少ないのは困る」などである。一方、町のお祭りの法被を着ることで、年齢を変えることなく2060年にタイムトラベルした仮想将来世代の提案は独創的である。町のシンボルである南昌山の頂上には、銀河鉄道の出発の駅があったのだそうだ。宮沢賢治がこの山に登って、あの美しい『銀河鉄道の夜』を創ったことを町の皆さんはよく知っている。そこで、南昌山を賢治の自然公園に、という提案をするのである。

 この討議の後、吉岡さんは、同じメンバーで、水道のFDをしたところ、市民の皆さんから水道料金の値上げの提案があり、これが実現した。この一連の流れを見ていた高橋昌造町長は、なんと、2018年の議会で、矢巾町は「フューチャー・デザイン・タウン」であることを宣言し、未来戦略課の前身である未来戦略室を設置したのである。

 実は、仮想将来人になるのは簡単ではない。法被を着た方々にインタビューすると、苦労して仮想将来人になっている。そこで、この苦労話を紙芝居にすると共に、もっと良いやり方はないのかと考えたのが中川善典さんだ。「今」から「過去」にアドバイスをする手法が「第7章 パスト・デザイン」である。過去(パスト)の出来事に、もっとこうすればよかったのに、と言ったところで、過去は変えようがない。しかし、「今」を「将来」に、「過去」を「今」に平行移動すると、「将来」から「今」を考えることになる。つまり、パスト・デザインは過去の振り返りと共にFDの準備になる。

 矢巾町では、最初のFDに続いて、インフラの問題、次の総合計画の準備でFDを使うことになった。仮想将来人は、現代人と将来人の双方の視点を持ち、自然と社会的な視点で考えていることを見いだす。西村直子さんが主導した長野県松本市の庁舎建て替えのFDでは、現世代は「要求」ベースであるのに対し、仮想将来世代は「希望」が着眼点であった。宇治市では、FDワークショップに参加した人々が「フューチャー・デザイン宇治」という市民団体を作った。これらが、「第8章 さまざまな実践」である。

 私たちが将来可能性を持つことを確信するものの、この検証をしっかりとはしていなかった。今度は3人の話し合いではなく、一人で決める。井上裕香子さんたちは、「今」の私と「将来」のあなたの間で利得を分けると、私の利得が減っても2人の利得の合計額が最大になるものを選ぶ傾向が強いことを発見する。モスタファ・シャヘンさんたちも、一人イロコイ・メカニズムで持続可能な選択が増えることを確認する。アーヘン工科大学のジュリア・ボガッキさんたちも、2人の執行役員が仮想将来人になると、環境投資が増えることを見いだしている。中川さんが開発した「紙芝居」も仮想将来人の「ものがたり」を伝えるのに有効であることがわかった。シャーリエさんたちは、イロコイ・メカニズムを使うと「今」の不平等が正されることを発見している。「第9章 さまざまな実験」である。

 2017年、矢巾町でFD実践の準備をしているとき、ある職員の方から「あなた方はうちの町でデータをとり、それで論文にするのが目的でしょ」とささやかれた。私にとっては衝撃だった。論文もインセンティブの一つかもしれないが、本来の目的はFDを導入することで、町民の皆さんのお役に立ちたい、ということだった。実践の主役はFDを実践する人々や町民であり、私たちは「黒子」に徹すべきではないのか。研究者が主導するのはおかしい。そこで、FDの実践をする際の原則はどうあるべきかを真剣に考え始めた。これが、「第10章 フューチャー・デザイン:実践の原則」で、6つの原則を提案している。

 これらの原則を実際のFDで使う最初の実践は、2019年の矢巾町の総合計画だった。ここから従来の実践は様変わりする。指揮者は研究者ではなく、町役場の高橋雅明さんになる。従来は、ワークショップの前日に研究者が主導して中身を決めていたが、かなり以前から何度も打ち合わせをし、中身の意思決定をするのは役場の皆さんになった。当事者と研究者との間での「情報公開」原則も徹底した。一方、6回にわたるワークショップを指揮した高橋さんは、町の最上位計画を立てる責任に伴う懸念や恐怖すらあったとのこと。実は、このことを私たちが知ったのは、数年後、総合計画のFDを振り返ったときだった。

 FD原則の一つに研究者が現場から撤退する「消去」原則がある。2023年度、町が新たな総合計画の策定にFDを使うのだが、役場の皆さんは、研究者の助けを借りずとも自分たちでできることに気づき、私たちは自然と撤退した。さらに、高橋さんたちは、従来の与えられた業務をこなすというやり方ではなく、町民の皆さんのため、自ら独創性を発揮し業務に当たるという新たな「生き方」を見いだしていた。驚くと共に、FDの新たな効果を発見し、うれしく思った。これが、「第11章 フューチャー・デザイン実践:新たな出発」である。

 数多くのFD実践で、討議からどのようにビジョンを作成するのかが、大きな課題となっていた。話の中身を箇条書きにするのでは「ものがたり」にはならない。そこで、中川さんが開発したのが「ダイアログ・マップ」である。発言同士の関係をネットワークで示し、そこから「ものがたり」を抽出する手法である。この手法を用いてFD討議を分析した「ポスト・コロナのフューチャー・デザイン」と「ポスト・ウクライナのフューチャー・デザイン」を紹介したのが、「第12章 政策提言とダイアログ・マップ」である。

 この2つのFDの「ものがたり」そのものが興味深い。2020年3月、小林慶一郎さんと佐藤主光さんは新型コロナ対策への緊急提言をなさった。翌月、お二人で、2050年の将来からこの提言を振り返った。ダイアログ・マップを用いて出てきた2050年ビジョンを一文で要約すると、「安心していつからでもやり直すチャンスが保障された職業人たちの支えるしなやかな社会」である。誰もがこのような社会を熱望するのではないか。

 もう一つはG7への提言である。G7の事前会合にThink 7(T7)がある。2022年、ドイツのG7に向けてのT7では、「フューチャー・デザイン:人類の存続のために」という提案をした。ロシアを罰することのみではなく、世界の指導者が、たとえば、2050年の仮想将来指導者となり、平和を含むビジョンを形成し、今なにをすべきかを討議する時間を持ってほしいという提案である。T7で採択されたものの、G7では用いられなかった。

 そこで、2023年の広島のG7に向けて、小林さん、神保謙さん、山下一仁さん、吉岡明子さんという経済、政治、ロシアの研究者がFDをし、今のG7の首脳たちに、「世界の安定を維持してゆくために、世界各国が共通して必要とする地球公共財を作り、それを守るための国際的ガバナンス体制の構築に着手してほしい」という提案をした。平和を含む「地球公共財」の提供・維持こそが地球市民から選ばれた世界の首脳たちの仕事であり、どうか本来の仕事をしてほしい、という提案である。残念ながら、これはT7ですら採択されなかった。諦めずに、粘り強く継続するしかない。

 将来可能性を活性化する仕組みとして、イロコイ・メカニズムとアカウンタビリティ・メカニズムが有効である。私としてはもっと機能する仕組みを見つけたい。そこで注目したのが投票である。青木玲子さんから、子供・赤ちゃんにも投票権を与え、親が代理投票をするというポール・ドゥメインさんの考えた投票手法を教わった。ところが、上條さんや肥前洋一さんたちの実験では、この投票方法を導入すると、親が子供のために投票するなら、これまで孫のために投票していたおじいちゃんやおばあちゃんが、自分たちのために投票するようになる。ドゥメインさんが狙ったような結果が得られない。

 そこで、ジョン・ロールズの自分が何者であるのかを隠す「無知のベール」をかぶって将来のための意思決定ができるのかというと、そうでもないことをクラウディオ・クラザさんたちが示している。残念ながら、まだ投票や無知のベールによる光明は見えていない。これが「第13章 投票と無知のベールの有効性」である。うまくいかない仕組みのリストを作成するのも、重要なFD研究である。

 一方、将来世代のしあわせを考える法体系を作るという斬新なアプローチをとっているのが、イギリスのウェールズである。1990年代の後半、イギリスでは地方に権限の委譲があり、ウェールズでも、国会のような議会、首相や大臣を揃えることになった。この頃、持続可能な開発を国の基本とするウェールズの法体系がさまざまな形で模索され、それが結実したのが「将来世代のしあわせ法」である。これは、「持続可能な開発」のさまざまな目標を定め、それを達成する義務を公的機関に課すトップ・ダウンの手法であり、コミッショナーを設けている。コミッショナーに権限はないものの、政策提案に対し、持続可能性の視点から改革案や提言をするのである。

 他方、ボトム・アップ的なアプローチが「市民会議」である。市民をランダムに選ぶという「代表制」を満たし、彼らが「熟議」をし、その結果を社会が「採択」するという仕組みである。選ばれた議員が政策を作るという代表性を超えるオープンな民主制というのがエレーヌ・ランデモアさんたちの主張で、市民会議の気候版である「気候会議」など世界の多くの地域で市民会議が実践されている。これが、「第14章 将来世代のしあわせ法と市⺠会議」である。

 それでは、「しあわせ法」と「市民会議」という仕組みで将来失敗を避けることができるのだろうか。まず、「しあわせ法」を考えよう。ただ、政策担当者は、「今」から「将来」を考察するため、原理的に将来失敗を避けることができないのではなかろうか。一方、「市民会議」も「民主制」がキーワードのようで、しあわせ法と同様、「今」から「将来」を見ているため、この路線でいくら頑張っても将来失敗は避けられないのではないのか。この意味で、こちらでもFDとの協働が必要であると私は考えている。現在、提案されている仕組みとFDをどのように組み合わせればよいのかはこれからの課題であることを「第15章 新たな社会のデザインをめざして」で示し、FDを軸とした「市⺠が主権を取り戻す静かな革命」を提案している。

【目次】

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