その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はキャサリン・ペトラス、ロス・ペトラス(著)、向井和美(訳)の『 人体ヒストリア その「体」が歴史を変えた 』です。

【はじめに】

 本書のアイデアは、ある有名な鼻から思いついた。それはクレオパトラの鼻で、より詳しく言えば、ヒントになったのは数学者ブレーズ・パスカルの有名なこの言葉だった。


 もしクレオパトラの鼻がもっと低かったら、世界の様相はすっかり変わっていただろう。


 パスカルが鼻に焦点を当てたやりかたは哲学的である。つまり彼から見れば、クレオパトラの鼻など、ある意味ではささいなことだが、いっぽうで世界の歴史にとってはとてつもなく大きな意味がある、ということだ。彼女の鼻はローマのユリウス・カエサルやマルクス・アントニウスを魅了し、そのふたりを通して、西洋でもっとも偉大な強国に多大な影響を与えた。パスカルの言葉はバタフライ効果に結びつき、鼻の高さという一見小さなことがのちの世界の歴史にとっていかに重要か、そうした議論を数かぎりなく生み出してきた。

 ただ、わたしたちの関心はそれよりずっと実際的なところにあった。のちに世界の歴史を変える偶然性などはどうでもいい。その鼻自体はどうだったのか。第一、クレオパトラの有名な鼻は実際にそれほど高くて魅力的だったのか。第二に、もしそうだったとしても、パスカルはどうやってそれを知ったのか。第三に、その鼻はなぜカエサルやアントニウスを魅了したのか。とくに、どこででも美容整形手術ができる現代人からすれば、これはなんというか、文化の違いのように思える。いったいローマの人たちは鼻についてどう考えていたのだろう。そして鼻がなぜそれほど重要だったのか。そもそも、ほんとうに重要だったのだろうか。

 少し調べていくうち、わたしたちは体の部位に魅了され、それらが全般的に歴史のなかで果たしてきた役割や、その存在が社会をどう反映しているかに強い関心を抱きはじめた。要するに、言い伝えではカエサルやアントニウスが目を留めたように、体のどれかひとつの部分に注目すれば、そこから多くのことを学べるとわかったのである。こうして、わたしたちは歴史の断片ひとつひとつ(体の部分ひとつひとつ)を追うことにした。すると、クレオパトラの鼻を皮切りに、次から次へと心惹(ひ)かれる部位と出合うことになった。たとえば、有名な頭蓋骨から悪名高い足まで、あるいは、人目を引く胸から古い人物の腸まで。そして、とても重要なことに気づいた。歴史について読んだり考えたりするとき、多くの人が見逃しているものがある。それは人間の体だ。言うまでもなく、体はだれもが持っているし、歴史上の人物もみな持っていた。それなのに、わたしたちはなぜ体を無視してしまうことが多いのだろう。

 本書では、さまざまな体の部位を取り上げていく。歴史上の人物の有名な、あるいは悪名高い特定の部位、またはある時代の文化や思想にまつわる一般的な部位。それらを「旧石器時代の手」から「宇宙時代の膀胱(ぼうこう)」まで、時系列で見ていく。また、こんな疑問も取り上げる。昔の人たちは自分の体をどう感じていたのか。自分の体をどう扱っていたのか。彼らは歴史上どんな役割を果たしたのか。特定の体の部位に目を向ければ、彼らの生活や文化をもっと理解できるのではないか。

 ひとつの部位に焦点を当てることで、それがイデオロギーや思想についての新たな、そして驚くべき洞察につながることがわかった。たとえば、レーニンのカビの生えた皮膚や遺体防腐処理のやりかたに目を向ければ、ソビエト共産主義というものが、ひとつの「近代的」政治経済システムとしてよりも、むしろ中世の宗教に近いものとして(とくに死後のレーニンは教科書の聖人のように)見えてくる。また、古代エジプトの支配者ハトシェプスト女王の顎ひげや、ベトナムの国民的ヒロイン、趙氏貞(ちょうしてい)の胸を通して、わたしたちは家父長制の力や、優秀な女性ですら経験せざるを得なかった苦闘を目の当たりにする。つまり、体の小さなパーツが人間の全体像を見せてくれるのだ。

 好むと好まざるとにかかわらず、わたしたちはみな、すばらしくも問題のある肉体を持った存在だ。よく働くと思いきや、部分的にしか働かなかったりまったく働かなかったりする部位をだれもが持ち、それらがわたしたちの生活や思考になんらかの役割を果たしている。場合によっては、実際に思考の方向性を決めているかもしれない。ただし、因果関係を証明するのは難しいが。もし中世イスラムの征服者、ティムールの脚が両方ともきちんと機能していたら、あんなにも恐ろしい人物になっていただろうか。それは推測するしかない。もしマルティン・ルターの腸が問題なく動いていたら、宗教改革は起きただろうか。それはわからない。けれども、ルターは何度となく慢性便秘をほのめかしているし、有名な「95カ条の論題」を思いついた場所は、ラテン語で下水溝を意味する「cloaca(クロアーカ)」のなかだったと認めており、これは遠回しにトイレを指すと考えられている。

 実際のところ、わたしたちの体には、知ってのとおり不快な面や、めったに話題にされない部分がある。だからこそ体の歴史は実に興味深いし、なんとも人間くさい。いぼ、腸、鼻、なにもかもだ。過去の人たちの体からは学ぶものが多いというのに、これまでずいぶん見過ごされてきた。体の部位に光を当てることにより、わたしたち著者はだれも思いつかなかったやりかたで、歴史を真に人間らしいものにし、過去の人物たちを生き返らせたいと考えた。たとえばマルティン・ルターと腸についていろいろと調べていくうちに、絵画や銅版画のルターがたいてい苦虫を嚙かみつぶしたような表情をしているのも、確たる証拠はないものの、なるほどそういう事情だったかと思えてきたのだ。

 そう、わたしたちには確信がある。これから語るひとつひとつの体の部位は、それぞれの時代をより広く見るための出発点なのである。


【目次】

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