その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は中島恵さんの『 日本のなかの中国 』。「プロローグ」(一部略)をお届けします。
【プロローグ】 日本にいるのに、日本語が下手になる私
最近、話すのは中国語ばかり
「すみません、僕の話していること、ちゃんと伝わっていますか。最近あまり日本語を話す機会がなくて……」
二〇二四年二月。東京都内で小さな不動産会社を営む三〇代の中国人男性と再会した。二年ほど前に取材した際、彼の日本語は非常に流暢だった。
彼は中国の高校を卒業後に来日。日本語学校や専門学校を経て、知人の不動産会社に入社、数年前に独立した。日本滞在歴は二〇年近くになる。
ところが二年ぶりに会うと、いきなり中国語で話し始めた。途中で、私が「日本人」であることを思い出したのか、「あっ、すみません」といって日本語に切り替えた。
彼は苦笑しながら、こう説明した。
「最近は、ほぼ中国語しか話していないので、日本語を忘れそうなんですよね……」
確かに、彼の日本語は「中国語的」な表現が増えて、ぎこちなく感じる。
「これまでは日本人のお客さんもいたし、銀行員や日本人の家主と相談することがあったので、日常生活で使う言葉は日本語だったんです。
でも、この一〜二年、日本に住む中国人が不動産を買う機会が増え、さらに二二年の終わり頃から、中国に住む人からの問い合わせも急に増えました。日本に物件を持つ家主も中国人が多くなっています。
仕事が忙しくなって、銀行の手続きが間に合わないので、中国人の社員を採用しました。その結果、仕事のほぼすべてが中国語で事足りるようになったのです。日本に物件を持つ家主も中国人が多くなっています。
(日本での)友人は以前から中国人が多かったのですが、中華料理を食べに行っても、どこに行っても中国人が多く、気がついたら中国語だけで不自由なく暮らせるようになってきたんですよ。自分が変わったわけではなくて、自分を取り巻く日本の環境が変わってきたというか……。こう感じているのは私だけかなぁ……」
日本における彼の周囲は、ほぼ中国語の世界に変わり始めていた。
来日して一年半、ほとんど日本人と接しない
同じ頃、東京・高田馬場にある中国人向け大学受験予備校と日本語学校に通う二〇歳の女性と出会った。
JR高田馬場駅に降り立つとわかるが、ホーム、構内、駅前のビルの壁面は中国人向け大学受験予備校の看板であふれている。中国人留学生がよく知る「名校志向塾」「行知学園」「青藤教育」などのほか、最近は美術や理工系に特化した予備校の看板も……。
この女性はそのうちの一つに通っている。日本のアニメやゲーム、アイドルが好きで、美術大学への進学を目指して来日。もうすぐ一年半になる。
紹介してくれた中国人教師によると、彼女は高校時代から日本語を学んでいたという。だが、日本語を話すのは不自由なようで、そのせいか少し緊張していた。
ところが、彼女に誘われた中華料理店に入ると、様子は一変。「ここは私の居場所だよ」といわんばかりの慣れた感じで店員を呼び止めると、中国語で白湯(さゆ)を注文した。中国人の中には、身体を冷やすといって、日本の飲食店で提供される冷たい水を好まない人がいるが、彼女もそうだった。その店は日本語学校の仲間とときどき訪れているそうで、店員は顔見知りだ。
彼女のSNSを見ると、中国の友人に向けて、友だちと訪れた店の料理や、漢服(現代風にアレンジした中国の伝統衣装)を着て散歩している写真をよく投稿している。たまに写り込む日本語の文字や看板などを除けば、中国国内で撮影した、といわれてもわからない。
高田馬場界隈も含め、彼女が行く飲食店のほぼすべての経営者も、店員も、中国人。友人もすべて中国人。日本語学校のクラスメートも半数が中国人だ。
「接する日本人は日本語の先生だけです。授業が終わったあと、先生と話すことはほとんどありません。日本人の友だちも一人もいません。だから、今日のように日本人(筆者)と飲食店に入ったのも初めてなんです」
たどたどしい日本語でこう語る彼女は、「日本人と二人での食事」を前に、前夜から緊張したという。日本に住みながら、日本人とほとんど接触しないことには、とくに疑問を感じてはいないようだ。
彼女は最近の中国人留学生の多くがそうであるように、日本でアルバイトはしていない。中国に住む両親が毎月、家賃(約九万五〇〇〇円)に加え、二〇万円ほど仕送りしてくれている。住むのは、日本語学校の知り合いから紹介された中国人経営のマンションで、同じフロアの住人も全員中国人だという。
週に三回、夕方から通う予備校は、教師、スタッフともに中国人で、授業も事務手続きもすべて中国語で行われる。クラスメートは全員中国人だ。予備校で使う文具やテキストも中国製で、運営も中国の学習塾のやり方を踏襲している。「だから、何の心配もありませんね」と、彼女は屈託のない笑顔で語った。
漢服を着て大学の卒業式に
東京・JR上野駅の近くに漢服レンタル店『漢亭序』がある。オープンしたのは二〇年一月。
「日本の女子大生は卒業式に着物(袴=はかま)を着ますが、中国ではそうではありません。もっとさまざまな人に漢服を着て、楽しんでほしいと思ってオープンしました」と社長の紀恒氏は語る。
唐、宋、明代など、各時代によって少しずつデザインや素材が異なる漢服を五〇〇着ほど揃えた。顧客は主に一〇〜二〇代の在日中国人で、その八割が留学生だという。一晩のレンタル料金は三九八〇円から一万九九八〇円までで、ヘアメイクなども行う。
「二二年頃から顧客が増え始めました。日本の大学の入学式や卒業式だけでなく、お花見、成人式、ライブ、夏祭りなどのときにレンタルする人が増えています。夏の暑い日は唐や宋代の麻や紗など風通しのよい漢服を、冬の寒い日は明代の厚手の漢服を着るなど、状況により、バリエーションも変化しています」と紀氏はいう。
中国国内で漢服ブームが起きたのもここ数年だ。最初は一部の若者がコスプレ感覚で着てSNSに投稿していたが、自国ブランドの消費を好む「国潮(グオチャオ)」により、リアルなイベントに着ていく人が増えた。中国の漢服の市場規模は二一年に一〇〇億元(約二二〇〇億円)を超えたが、そのトレンドが日本にも伝播し、在日中国人の若者の間に広まった。
同店は主に小紅書(シャオホンシュー=RED、中国版インスタグラム)やウィーチャット(徴信=ウェイシン)などのSNSを使って宣伝している。中国から来日した観光客もたまに同店を訪れるが、基本的には在日中国人が顧客だ。
「母国語で診療してくれる病院はありがたい」
東京・大久保に「三好(みよし)医院」という、都内在住の中国人の間で有名なクリニックがある。以前、同じ場所で台湾人が病院を経営していたが、一六年から中国人の青川純子氏が院長をつとめている。
その病院の前を通りかかり、飛び込みで取材を申し込むと、副院長の青川昊(こう)太郎氏が快諾してくれた。
青川昊太郎氏の中国語名は愛新覚羅啓宇。曾祖父が清朝最後の皇帝、「ラストエンペラー」と呼ばれた溥儀に連なる血筋だという。
青川氏は中国東北部、瀋陽にある中国医科大学時代に日本語を学び、八六年に国費留学で来日した。
九〇年代に二度目の来日をして就職。妻の純子氏を呼び寄せた。純子氏は東海大学で医学を学び、日本の医師免許を取得。現在は大久保の医院のほか、娘夫婦も池袋で「三好医院」を経営している。
医院の待合い室には中国人、東南アジア系と思われる数人がいた。青川氏によると、患者の八割は近隣に住む在日中国人で、比較的若い人が多いという。
「院長が中国語でも診察するので、日本語で病状を詳しく話せない患者が大勢やってきます。中華料理店の調理師や従業員、肉体労働者、留学生などいろいろです。日本に長く住んでいても、日本語をきちんと学んだことがない人はとても多いのです。母国語で診療してもらえる病院はありがたいと喜んでもらっています」
クリニックには中国系の調剤薬局が隣接し、薬局の外には中国で有名な漢方薬、「板藍根(ばんらんげん)あります」という張り紙があった。
青川氏によると、中国人経営による病院はほかにも複数あり、近年、その数が増えているという。
なぜ、日本のグルメサイトで予約できないのか
都内ではガチ中華がブームになっている。ガチ中華とは、日本人向けにアレンジしていない本気(ガチンコ)の中華料理店という意味で、数年前から、高田馬場、新宿、池袋、上野、小岩などに増えている。
中国の有名チェーンが東京に支店をオープンするケースもあれば、在日中国人が異業種から参入するケース、日本の「経営・管理ビザ」を取得して移住してきた富裕層が、ビザを維持するために、比較的始めやすい事業として開店するケースもある。
いまや「四川風火鍋」や「羊肉の串焼き」「ザリガニ」などのメニューは珍しいものではなくなった。いずれも主なターゲットは、在日中国人だ。
二三年に私が訪ねた高田馬場の湖南料理店は、客の九割が中国人で、にぎやかな店内には中国語が飛び交っていた。顧客は二〇代、店員は三〇代が多い。内装といい、店の雰囲気といい、メニューといい、まるで中国の飲食店そのものだった。
その店を訪ねる前に、グルメサイトで検索したところ、確かに日本語の情報はあるのにネット予約はできず、電話でしか対応していないことを不思議に思った。やむを得ず電話をすると、店員は当たり前のように中国語で受け答えをした。なぜネット予約ができないのか。
店に着いてすぐその理由がわかった。中国人客は店のウィーチャットとつながっており、そこに直接予約を入れるのだ。つまり日本のグルメサイトに掲載されてはいるものの、店側もウィーチャットを使いこなせる中国人の顧客しか、ほぼ想定していないのである。電話で予約する人などほとんどいない上に、注文もすべて中国語なのだ。
<中略>
私たちの知らない「夜の顔」「プライベートの姿」
このように、日本にいながら、ほぼ中国人だけで構成されるコミュニティは、私たち日本人が知らないうちに、ネットとリアルの双方に猛烈な勢いで広がってきている。
彼らの多くが日本企業に勤務し、私たちともある程度の接点を持っているにもかかわらず、ここ一〜二年、彼らの間に起きている“地殻変動”に私たちはほとんど気がついていない。
仕事などで出会う彼らの「昼の顔」は知っているが、「夜の顔」や「プライベートな時間」について、中国人と結婚していない限り、ほとんど知らないのだ。
私は一八年に『日本の「中国人」社会』(日経プレミアシリーズ)という本を執筆し、日本の中に「小さな中国社会」ができていると紹介した。住民の半数以上が中国人の芝園団地(埼玉県川口市)、横浜山手中華学校(横浜市)など、比較的わかりやすい事例を取り上げた。
中国で一四〜一五年頃から爆発的に普及したSNSのウィーチャットが在日中国人社会にも浸透し、日本でもそれを駆使することにより、業界や地縁、血縁を超えたSNSグループが存在することも紹介した。
だが、今回、本書の執筆にあたり、さらに幅広く取材したところ、それは単なる情報交換の場、仲間の気軽な集いといった領域を超え、さらに劇的な進化を遂げ、彼らだけの経済圏まで作り上げていることがわかった。
また、同著を出版して六年になるが、その間、日本における中国人の「存在感」はますます大きくなっており、様変わりしたとも感じている。おそらく読者の皆さんも、日々の生活の中で薄々と、あるいはひしひしと、感じているのではないだろうか。
会社幹部や経営者が増えている
不動産不況など中国国内の景気は悪化し続けているが、その一方で、あるいはそれを理由として、中国から日本への投資は増えている。中国名を公にしていないが、中国人が所有するビル、施設は非常に多い。
さらに中国人が日本で暮らすうちに、確固たる地位を築くなど経済的に豊かになり、日本社会で重要な役割を担うまでになっている点も見逃せない。留学や仕事などの目的で来日した彼らは、一〇年、二〇年と暮らし、日本企業の幹部になる人もいれば、起業して株式上場するケースもある。
日本国籍を取得した経営者もいるため正式な統計はとれないが、在日中国人が経営する上場企業は少なくとも三〇〜四〇社に上る。未上場の企業、中小企業、ベンチャーなどを含めると、いまの日本には無数の中国系企業がある。
また、中国のアリババやファーウェイ、テンセントといった大手企業の日本支社も続々と設立され、そこには多くの駐在員がおり、日本人の雇用も増やしている。
さらに、コロナ禍前の圧倒的な勢いはなくなったものの、二四年七月現在、中国からの訪日観光客数は韓国、台湾に次いで第三位となっていることも、私たちが彼らの「存在」を大きく感じる要因の一つといっていいだろう。
人口規模は山梨県や佐賀県と同じ
出入国在留管理庁の統計によると、二三年一二月末時点で、在日中国人は約八二万二〇〇〇人。山梨県や佐賀県の人口に相当し、全在日外国人の約三分の一を占める。『日本の「中国人」社会』では、一七年末の統計で約七三万人と紹介したが、この六年間で約九万二〇〇〇人増加した。
中国人の人口で最多は東京都で全体の約三分の一を占める二五万人に上る。続いて埼玉県、神奈川県、大阪府、千葉県の順。人口の半数以上が東京近郊に集中している。
一九九〇年の在日中国人は約一五万人。二〇〇〇年には約三三万五〇〇〇人と倍増し、二〇一〇年にはさらにその二倍以上の六八万七〇〇〇人に膨れ上がった。
二〇〇〇年以降、ほぼ右肩上がりで増えているが、当時、留学生として二〇代前半で来日した人は、すでに日本滞在が二〇年を超え、四〇代前後になっており、中堅社員の年齢に達している。
前述の統計では、在留資格別では「永住」が最も多く、次に多いのは一般企業の会社員が取得することが多い「技術・人文知識・国際業務」だった。「留学」は約一三万六〇〇〇人で、在日中国人の二割弱を占める。
近年増えているのは「高度専門職」(高度な知識・スキルにより日本の経済発展に貢献する外国人のための在留資格)や、「経営・管理ビザ」の取得者だ。年齢別では、二〇〜三九歳が全体の半数を占め、男女比では女性が男性よりやや多い。
こうしたデータから見えてくるのは、現在の在日中国人は、一〇年以上前に私たちがイメージしていた在日中国人とは、大きくかけ離れているという点だ。
在日中国人の実態を知り、情報をアップデートすることは、私たちが暮らす日本社会を客観的に見つめることにもつながる。日本の中国人社会は、人口増加、経済力、SNSの発達、新たに流入してきた人々の影響などにより、変貌を遂げつつある。
彼らが意識する、しないにかかわらず、日本人との接点を持たず、「中国人だけで完結する世界」で生きている人が増えている。
それは一体、何を意味するのか。人口減少が進む日本で、好むと好まざるとにかかわらず、これから外国人との共生を図っていくことになる私たち日本人は、それをどのように受け止めたらよいのだろうか。本書で可能な限り、解きほぐしていきたい。
●名前は一部を仮名にした。
●写真は明記したものを除き、筆者撮影。
●為替相場は一元=二二円(二〇二四年七月時点)に統一した。
【目次】






