その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は大橋牧人さんの『 それでも昭和なニッポン 100年の呪縛が衰退を加速する 』です。
【はじめに】
「昭和的システム」という呪縛
2024年1月、1本のテレビドラマがスタートし、次第に「面白い」と評判を取っていった。3月末に終了する頃には、ブームと言ってもいいほどの人気番組になった。『ふてほど』こと『不適切にもほどがある!』(TBS系)である。
このドラマでは、ゴリゴリの昭和気質の中年男が昭和61年(1986年)から令和6年(2024年)にタイムスリップし、その発言や行動がとんでもなく不適切だ、と視聴者を笑わせた。しかし、物語が進むうちに、パワハラや個人情報保護への過度な対応など、今の日本社会を覆うギスギスした空気について主人公が「気持ち悪い」などと疑問の声を上げると、見ている側が逆にハッとさせられる、という仕掛けだった。
まさに、今の日本人の多くが感じている閉塞(へいそく)感を、38年前の古い社会状況と対比して浮かび上がらせた、優れた作品だった。
ただ、このドラマを見ていて、もう一つ感じたのは、今の社会は、38年も経(た)っても、あまり変わっていないのではないかということだった。ドラマが進むにつれて、今日、私たちが抱える問題の多くは、昭和時代からそのまま残されてきたような気がしてきた。
もっと言えば、横並び至上主義、必要以上に場の空気を読む、一度失敗するとなかなか復活できない、出る杭はすぐに打たれる……といった問題は、より深刻になっているように思える。これらを改善しないままに、ここまで来てしまったことが、今の日本の停滞の原因ではないか。
昭和時代にはなかったスマートフォンや人工知能(AI)がいくら普及しても、それでもまだまだ「昭和なニッポン」。本書はその悪弊と正面から向き合い、対応策を打っていくことを提案するものだ。
100万円を1年間預けても利息はわずか200円
日本経済は2024年春先までに大きな節目を迎えた。日経平均株価が2月22日、1989年末以来の史上最高値を更新し、3月に入ると、4万円台に突入した。市場関係者やメディアの一部は、「バブル後」という時代は終わったと囃(はや)し立てたが、果たして、そんなに喜んでいいのだろうか。
2024年3月19日には、日銀がマイナス金利政策の解除を決めた。それを受けて、大手都銀が預金金利の引き上げに動いた。まず、三菱UFJ銀行と三井住友銀行が、同日中に普通預金の金利をそれまでの0.001%から0.02%に引き上げると発表。マスコミは「預金金利が20倍に!」と書き立てた。20倍には違いないが、100万円を1年預けて10円の利息が200円になったに過ぎない。
あるメガバンクのサイトを覗くと、若い女性が明るい空を見上げているイラストに「金利のある世界がついにきた」「定期預金、はじめてみようかな」と題したページが現れる。これまで、定期預金など考えたことのない若者層を呼び込もうと意欲満々だ。
ここまで宣伝するなら、どれほどの優遇金利があるのかと、サイトの奥のほうにある金利一覧を見ると、100万円を1年間預けた場合、0.025%である。利息は250円。普通預金にしろ、定期預金にしろ、利息はATMを時間外で1回使えばなくなる程度の金額だ。欧米などではありえないような低金利には変わりがない。
この程度の金利引き上げで、喜んで預金してくれると思われているとしたら、預金者もずいぶん見くびられたものだ。
バブル経済の崩壊以降、預金金利は急速に低下し、ついには、預金通帳についたシミ程度、と揶揄(やゆ)されるほどになった。それでも、物価がほとんど上がらなかったため、預金者からそれほど文句は出なかった。最近のように、物価が上がり出している状態でも、預金者は低い金利に慣れきっているから大丈夫、と高を括(くく)っているのではないか。
GDPはドイツに抜かれ、間もなくインドにも抜かれる
この30数年の間に、昭和は終わり、平成も終わり、令和も6年目に入った。日本経済は、ピカピカの先進国ナンバー2から転落し続け、今や、ドル建ての名目国内総生産(GDP)は中国に続き人口が日本の3分の2のドイツにも抜かれて世界第4位(2023年)だ。日本は、1968年に国民総生産(GNP)で当時の西ドイツを抜いて、米国に次ぐ世界第2位になったが、半世紀余り経って抜き返された。
それだけではない。国際通貨基金(IMF)によると、2025年には、インドにも抜かれ、名目GDPで世界第5位に後退する見込みだ。
この間、高い成長を遂げたのは中国やインド、韓国だけではない。米国のGDPも、1990年から2021年の間に約3.86倍まで伸びた。大胆な減税政策が金融市場の混乱を招き、24年7月の政権交代の遠因となった英国でも約2.67倍。それに比べて日本は? わずか1.5倍余りでしかない。平成の30年余りの間に、日本は主要国から完全に置いていかれてしまったのだ。
政府も企業も労組もぬるま湯に浸ってきた
今から振り返れば、バブル経済は、昭和が終わった1989年の年末にピークをつけ、同時に、戦後日本経済の高度成長も終わった。しかし、その後、政府も多くの企業もメディアも、毎年、毎年、ただカレンダーを捲(めく)り続け、大した改革もせず、似たような日々を繰り返してきた。あたかも、まだ、昭和の延長であるかのように。その結果、いつの間にか、平均賃金も先進7カ国中最低レベルに落ち込んだ。大企業を中心とした大幅賃上げは、ようやく2023年、24年になってからだ。
日本は、昭和が終わった後の30数年間、豊かさというぬるま湯に浸っているうちに、目に見えて下り坂の国になってきた。明るい話題は、外国人訪問客で賑わう観光関係くらいだ。客観的にみて、日本は先進国から後退し、せいぜい中進国に向かって転げ落ちようとしている。
「昭和100年で戦後80年」という二重の転換点
太平洋戦争の戦時体制で導入され、強化された様々な社会経済の仕組みの多くが戦後も生き残った。野口悠紀雄・一橋大名誉教授は、これを「1940年体制」と名付け、官僚が主導する中央集権的財政体制や年功序列などの企業経営の手法などが、日本的なシステムとして、戦後何十年経っても残っていると指摘した。
それに加えて、戦後の日本を高度成長させた政治・行政、経済・産業、社会・文化の仕掛けの多くも生き残った。例えば、政府は主要な産業に、関税や非関税障壁といわれる各種の規制を設けて外国製品の輸入増を防ぎ、護送船団方式で“みんな一緒に成長”させてきた。こういうやり方は、高度成長が終わっても、業界団体を通じた行政指導などとして残存している。
こうした古い日本的システムの大半が賞味期限切れとなっているにも拘(かかわ)らず、既得権が優先されるなど、そのまま残され、本質的には、あまり変わっていない。それが原因で、日本は、先進諸国から取り残され、国のあちこちにガタが来ている。
2025年は、「昭和100年」に当たる。同時に、明治維新から昭和20年の敗戦までの期間とほぼ同じ「戦後80年」の年でもある。日本という国は今、昭和のシステムという「呪縛」から抜け切れず、戦後の成功体験を支えた体制にも「金属疲労」が来ている。私たちの社会は、二重の意味で大きな転換点を迎えているのではないか。
折しも、2023年あたりから、自民党の派閥裏金事件、大手自動車メーカーなどで相次ぐ重大な品質認証不正問題、旧ジャニーズ事務所創業者による児童性加害問題、宝塚歌劇団の俳優の自死と劇団のパワハラ体質、日大アメリカンフットボール部の薬物事件……といった社会を揺るがす大きな出来事が続発。政治、経済、社会、芸能、スポーツといった多くの分野で、それまで長い間、蓋(ふた)をされてきた諸問題が、まるで地中に眠っていた古い地雷のように、相次いで破裂している。
最新の破裂の例は、2024年8月、旧盆の最中に起きた岸田文雄首相の事実上の退陣表明だろう。自民党の派閥裏金事件に端を発した「政治とカネ」の問題への国民の怒りが収まらず、9月の党総裁選への出馬を断念せざるを得なかった。
破裂する“闇”の多くは、昭和時代から続いてきた問題だ。この動きを終わりの始まりと諦(あきら)めるのか、新生ニッポンのスタート地点とするのか──。
筆者は昭和の後半、高度成長期に新聞記者になった。日本経済新聞の東京、大阪の社会部で、警視庁や大阪府警などを担当。日経がスクープしたKDD事件では、取材班の一員として夜討ち朝駆けに明け暮れた。宮内庁担当の時は、現天皇陛下の英国留学を特報。日経ビジネス記者を経て、日経新聞のシンガポール支局長としてアジア各地を取材した。
その後、長野支局長、大阪地方部長として地方の経済社会の報道に当たった。編集委員としては、社会部や若者向け紙面のNIKKEI X編集部、生活情報部で取材した。テレビ愛知では、テレビ業界と地方メディアの置かれた状況を目の当たりにした。
記者としての原点は社会部だと自覚している。中でも、世相の移り変わりを見つめる「トレンド・ウオッチ」に関心を持ち続けてきた。
今回、経済や政治、文化の専門家でもないのに、幅広く奥深いテーマを選んだことは、筆者にとって大きな挑戦だ。それにも拘らず、執筆に踏み切ったのは、駆け出しの頃、先輩から言われた「社会部の取材対象は森羅万象だから、何を取材してもいいんだ」という言葉がずっと頭にあったからだ。いつも、何であれ、面白いと思ったことには、好奇心の赴くままに首を突っ込んできた。本書でも、その思いが原動力になった。
日本は今、歴史的に厳しい局面に向かいつつある。それでも、まだ、再生のチャンスはあるはずだ。「昭和100年」「戦後80年」という2つのプリズムを通して、この国が抱える課題の本質と打開策に迫る。
2024年8月
大橋 牧人
【目次】






