その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は鈴木正義さんの『 家康様、明日は関ケ原でPRイベントです ストーリーで日本を変えた広報の天才たち 』です。
【はじめに】
私たち現代人は、来る日も来る日も情報の洪水にさらされています。手元のスマートフォンに次々と流れてくるネット広告やニュースにいちいち手を止めて見るものの、すぐに関心は違うことに移っていきます。情報発信者としては、たまたま消費者の関心を得られる幸運があったとしても、秒単位で新しいニュースが飛び込んでくる時代、消費者の心をがっちりとつかむことは至難の業になってきています。
このような時代にあっても、いつまでも心に残る、思わず共感して行動を促されてしまうような情報があります。
例えば、米アップルの創業者スティーブ・ジョブズが、2005年に米スタンフォード大学で行った伝説のスピーチがあります。スティーブの言葉に心を動かされた人々は、その精神が宿った製品を求めて店頭に行列を作り、手に取って心を躍らせました。
かの時から20年がたとうとしていますが、このスピーチは飽きることなく語られ続け、それに触発された起業家たちは、今も世界中で彼の精神を継承すべくイノベーションに挑戦し続けています。
このようにスティーブ・ジョブズが語った内容は、いつまでも影響力を持ち続けています。こうした情報発信を本書では「ストーリーテリング」、あるいは単に「ストーリー」と呼ぶことにします。ここで言うストーリーとは単なる「お話」ではなく、世の中を変える、他人の行動を変えるという意図を持って語られる物語で、かつ拡散力があり、自己増殖能力を持った物語です。
近年「ストーリーテリング」あるいは「ナラティブ」という言葉を広報、マーケティングの世界で耳にする機会が増えました。これはSNS時代になり、人々は瞬間的に消費される「ニュース」を追うことに疲れている一方で、よりエモーショナルに語りかけてくる「ストーリー」を求めるようになったことを反映しているのではないでしょうか。
こうした人から人に語り継がれる「ストーリーテリング」の仕組みを知ることは、広報やマーケティングに限らず、SNS時代において就職活動、営業、会議、広告など、様々な局面で、もう一段レベルアップしたコミュニケーションを可能にするのではないかと思います。これが本書の狙いです。
筆者は現役の広報職です。広報職にとって、ニュース発信からストーリーテリングへと広報活動の力点をシフトさせることは大きな課題です。日々そんなことに悩んでいますと、あるとき気が付いてしまったのです。
「ストーリーって……歴史じゃん」
こいつ何を言っているんだと思った方、もう少し辛抱してください。
歴史というのは実は広報と類似性があります。学校の授業で教わる「歴史」、これは広報が発表する「プレスリリース」に相当します。歴史でも広報発表でも、ファクトに基づいた資料で正しく情報を伝えることは基本中の基本です。しかし、少々退屈な情報ですね。
一方、世の中には教科書では簡単にしか触れられていないのに、後世、芝居やドラマで人気になった真田幸村や宮本武蔵のような、心躍る「歴史物語」があります。この幸村や武蔵に相当する現代の情報発信方法が、本書のテーマであるストーリーテリングです。
歴史物語というのは、誰かが語り継ごうという意思を持っていたわけでもないのに、数百年もの間、いわば勝手に語り継がれてきました。そしてその間に読み物、芝居、あるいは映画やテレビドラマなどに形を変えて自己増殖し、むしろ物語の魅力は増大すらしています。これはまさに、先に述べたストーリーと全く同じ挙動をするものです。歴史は最高のストーリーテリングの参考書なのです。
そこで本書では、わくわくする歴史の物語を題材としながら、現代のビジネスにおける「ストーリーテリング=物語を紡ぐ」の技法を探り、ストーリーテリングが持つ莫大なエネルギーをビジネスに生かす方法を示します。
一方で、広報には危機対応という大きな役目があります。近年では芸能事務所や大学のスポーツクラブ、自動車メーカーや中古車販売店などなど、社会的に広く知られているブランドの不祥事が相次ぎ、そのたびに広報対応の良しあしが取り沙汰されています。実はこうした危機状況の混乱は、ストーリーテリングのエネルギーがネガティブな方向に暴走することによって起きています。これについても歴史は多くの教訓を示してくれます。
こうした点を含め、本書では以下の項目で順を追って説明していきます。特に話の前後に強い関連性はありませんので、関心のある章やエピソードを選んで読み進めていただければと思います。
(1)歴史の分水嶺となったストーリーのパワー。本能寺の変、関ケ原の戦い、明治維新。時代の大きな節目には、必ず強いエネルギーを持ったストーリーが存在していました。そのストーリーは人々のエネルギーを解放し、時代を動かしてきました。まずはいくつか分かりやすい歴史事件を例に取り、ストーリーが持つ計り知れないパワーを具体的に紹介します。
(2)説明責任を果たすためのストーリーの骨子の見極め方。もしあの時こうしていれば……。そんな失敗の歴史を振り返ります。リスク時にメディアはどんなストーリーで事件を語りたがるのか、私たち広報がどんなストーリーを組み立て、危機対応に当たるべきなのか。広報以外のビジネスでも役立つ、危機対応時のストーリー作りに迫ります。
(3)レピュテーション(評価・評判)形成やブランディングに成功したストーリーテラーたち。各時代において、現代の我々よりもはるかに高度なストーリーを展開してきた「広報の天才」とも言える英傑がいます。その鮮やかな語り口を見ていきます。
(4)近年の多様化するコミュニケーションは、インフルエンサー、オウンドメディア、キャンペーンソング、イベントなど、様々なフォーマットを介して行われます。しかし、意外にもその原型となるものは、はるか昔に存在したのです。そのストーリー作りには、現在の私たちのコミュニケーションに対するヒントが詰まっています。
一つご留意いただきたいのは、多くの歴史上の事件は現代に語り継がれるまでの間に、後世に作られた芝居や物語によって解釈が加えられていることも少なくありません。本書では、これらの点もあえてあたかもリアルタイムに存在したかのように書いています。
例えば、長篠の戦いにおける「鉄砲三段撃ち」は後世の脚色で、現在の歴史研究では否定されています。しかし、本書が議論したいことは歴史の正しい認識よりも、「三段撃ち」というキャッチーな戦術が持つコミュニケーション力から現代の我々は何を学べるか、という点です。そのため、数百年かけて自己増殖してきたストーリーを、むしろ積極的に現代のレンズを通して読み取るようにしています。
この点ご留意いただきながら読み進めていただければ、必ずみなさんのビジネスのヒントとなると確信しております。
鈴木正義
【目次】










