その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は岡本裕一朗さんの『 「こころ」がわかる哲学 』です。

【はじめに】
◎「こころ」のマジカル・ミステリー・ツアーへようこそ!

 「こころ」といえば、誰もがよく知っていますし、古くから多くのことが語られてきました。では、「こころ」について、すっかり分かっているかといえば、そうでもなさそうです。

 身近なところでは、家庭や学校、職場や近所づきあいなどで、トラブルに巻き込まれたことはないでしょうか。相手の言動に悩まされ、「この人の『こころ』って、どうなっているのだろう?」と思ったことは、少なくないでしょう。

 あるいは、最近のAI(人工知能)の進化を見ると、その能力に驚かされます。2022年11月に発表されたチャットGPTに質問すると、わずか数秒で滑らかな文章で答えてくれます。あたかもコンピュータの向こう側に人間がいて、キーボードを打ち込んでいるような感じで、「AIにも『こころ』はあるのだろうか?」と思いたくなります。

 それと同時に、「そもそも人間に『こころ』があるとは、どんなことだろうか?」という疑問がわいてくる人も多いでしょう。

●「こころ」の理解が大きく揺らいでいる

 たしかに「こころ」については、長年にわたって議論されてきたのですが、今日その常識が大きく揺らぎ始めているのです。

 その理由は、現代が歴史的な転換期を迎えていることにあります。16世紀から形成されてきた近代社会が、根本から変わり始めているのです。

 歴史をふり返ってみると、時代が大きく転換するとき、社会をとりまく科学技術の状況が根本的に変化しています。たとえば、中世から近代へと移行したとき、近代科学が形成されるとともに、羅針盤や火薬、活版印刷といった技術が発明されています。それによって、グローバルな経済活動が引き起こされたり、宗教改革が進展したり、近代国家が組織されたりしました。

 そして、こうした時代の変化に呼応するように、哲学が活発に展開され、大陸合理論やイギリス経験論といった近代哲学が躍動しています。このとき、「こころ」についての理解が、大きく変わっています。

 このような時代転換に匹敵することが、まさに今、進行しています。たとえば、20世紀後半に起こったIT(情報技術)革命やBT(生命技術)革命、また最近のニューロ・サイエンス(脳神経科学)の発展は、これまでの社会関係や人間のあり方を根本的に変えていきそうです。そのとき、「こころ」の理解にまで波及するのは、言うまでもありません。

 詳しくは本論で説明しますが、たとえば脳科学の進展によって、人間の「こころ」が解明され、行動についても影響を与えることができるようになったとき、「はたして『こころ』は自由なのか」と、疑われることになるでしょう。

 あるいは、現代の人工知能の研究者たちの予言によれば、人間の知性を超えるような「シンギュラリティ」が訪れたとき、人工知能の「こころ」があらためて提起されることになるでしょう。

 こうした時代の大転換を迎えている今日、これまで前提されてきた概念や考えは、ことごとく問いに付され、新たな理解が必要となります。そのなかでも、いちばん中心にあるのが「こころ」に他なりません。しかし、どうして「こころ」なのでしょうか。

●具体的で現実的な「人類最大のテーマ」

 2000年以上も前、「こころ」について論じた古代ギリシアの哲学者アリストテレスの『魂について(心とは何か)』では、「心はある意味で存在するもののすべてである」と語られています。というのも、「こころ」はどんなものにもかかわり、「こころ」を通してすべてのものが理解されるからです。

 したがって、すべてのものを検討するには、何よりもまず「こころ」を取り上げる必要があります。

 21世紀に入って、『マインド』を発表した現代アメリカの哲学者ジョン・R・サールは、なぜ「こころ」が現代の中心問題かについて、次のように述べています。

***

 二〇世紀の大部分においては言語哲学が「第一哲学」であった。(……)しかし、注目の的はいまや言語から心に移った。なぜか?

(サール『マインド』)

***

 サールは二つの理由を挙げています。一つは、「『心』にかんする問題」が生物としてより根本的な次元にあるからというもの。もう一つは、「より現実的で、理論的で、建設的」な哲学に向かうからというもの。つまり、「こころ」の哲学は、生物の根本的な能力にかかわり、具体的で現実的なのです。

 今まで、哲学といえば、抽象的な理論が多く、専門外の人々には近づき難い印象がありました。また、それを学んだからといって、必ずしも現実的な有効性や応用の仕方は見えてきませんでした。

 それに対して、「こころ」をテーマとする哲学は、具体的な事例や科学的な理論とかかわり、日常生活にもいろいろ適用できそうです。ぜひとも、自分の場合に置きかえて、我が事として考えることをおススメします。思わぬ発見があるに違いありません。

●過去への眼差しが未来を指し示す

 また、どんな問題でも、時代的な背景や歴史的な変化を知ることは必要です。

 「こころ」については、哲学のなかで2500年間たえず議論されてきました。そのため、現代のみの視点だけでは、視野も狭くなりますので、歴史的な考察が欠かせません。現代と過去とを行き来すれば、未来への展望も開かれるのではないでしょうか。

 バイオ・テクノロジーやニューロ・サイエンス、人工知能やロボットなどが、今後いっそう発展したとしても、過去の知恵は無効にはなりません。むしろ、過去への眼差しこそが、新たな未来の方向を指し示すように思えます。

 ということで、この本を書いた意図について、少しばかりお話しさせていただきましたが、内容もそれに応じて過去から現代にまで及んでいます。

 また、話題についても、日常的な場面から科学技術の話もしておりますので、目まぐるしくお感じになるかもしれませんが、むしろ楽しみながらいろいろな道を散歩するつもりで読んでください。

 「哲学」だからといって堅苦しくお考えにならずに、「こころ」のマジカル・ミステリー・ツアーにぜひご参加ください!

2023年9月  岡本裕一朗


【目次】

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