その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は日経ナショナル ジオグラフィック(編)の『 博士が愛した論文 研究者19人が語る“偏愛論文”アンソロジー 』です。
【はじめに】
あなたの「偏愛」論文を教えてください。
19人の、様々な分野で活躍されている研究者の皆さんが、この問いかけに答えてくださいました。
研究において、論文は切っても切り離せないものです。研究者は日々たくさんの論文を読み、そして書いています。研究成果を世に伝える手段であり、その質を保証する役割を担っています。論文が発表されるまでには長い道のりがあり、そこには多くの人が関わります。研究者が論文を書き学術雑誌に投稿し、分野の専門家である「査読者」が内容を読み込み、研究の質、新規性、信頼性などを判断します。査読をパスし、場合によっては何度かの修正を経て、晴れて掲載となるのです。そうして生み出された一編の論文が、それまでの世間の常識をひっくり返したということも一度や二度ではありません。アインシュタインの相対性理論や、ワトソンとクリックによるDNAの二重らせん構造の発見、クローン羊・ドリーを誕生させたウィルマットなど、皆さんの記憶の中にも、印象に残っている科学の研究がいくつかあるのではないでしょうか。
これまでお話を伺った複数の研究者の方から、論文は研究者にとって「作品」であり、もっとその面白さを広く知ってもらえたら良いのに、という声を聞くことがありました。その書き方には作法があるものの、どう展開させてゆくか、どのような言葉遣いを用いるか、時に人生を賭けて書き上げられた論文には、その研究者のオリジナリティが詰まっているのだとお話ししてくださった方もいました。
さらに、あらゆる研究には先行研究があります。先人たちが過去に発表した論文を参照しながら、自らの立ち位置を定め、テーマを探究していく。論文は研究成果の総括であると同時に、過去の研究者と、そして未来の研究者とつながる道具でもあるのです。連綿と続く科学という営みを支えてきた屋台骨のような存在──あるいは山々の稜線のように感じられます。尾根伝いに歩いて行って、別の山の頂上へたどり着く。自分とは異なる、誰かの視座から物事を眺めてみる。そこから見える景色の中に、思いもよらない発見が潜んでいるかもしれません。
今回、研究者の方々には特に思い入れの深い論文を一編だけ挙げていただきました。論文を通じて、科学の本質を知る手がかりとなるような本を作ることができないかと考えたのです。学生時代に出会い、研究者としての道を決定づけたもの。「科学する」ことの醍醐味を改めて教えてくれたもの。論文がもたらす功罪を思い知ることになったもの。行間から滲み出る著者の人柄に心打たれたもの──それぞれの皆さんが、数多の論文の中から選び抜いた「偏愛論文」について語ってくださったのが本書です。
論文があれば、距離も時間を越えて、世界中の研究者と科学という共通言語で対話ができます。多くの人にとって、科学論文は日常からは遠く離れたものかもしれません。しかし、たとえあなたが論文を書いたことがなくても、読んだことがなくても、本書に収めた19本のエッセイを通じて、論文が持つ力をきっと感じていただけるはずです。そして、さらに関心を持たれた方のために、各原稿の末尾には紹介した論文の情報を掲載しました。オープンアクセスとなっていて、誰でもインターネット上で全文を読むことができるものもいくつかあります。
論文に込められた研究者たちの思いを、そこにある科学のきらめきを、感じ取っていただけたら幸いです。そして、もしあなたも「偏愛論文」をお持ちであれば、ぜひ教えてください。
2025年9月 編者
【目次】


