その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」をご紹介します。今日はロバート・チェスナットさん(著)、並木将仁さん(監訳)の『 組織は倫理をないがしろにする 』です。「監訳者はじめに」をお届けします。

【監訳者はじめに】

倫理は、すべてのビジネスパーソンの「自分ごと」

 これまで、企業は「だれが最も強いか(Who is the best?)」だけを考えればよかった。
 しかし、もうその競争優位の視点だけを追求する姿勢では、会社は立ち行かなくなっている。
 東芝、日産、三菱電機、ビッグモーター、ジャニーズ、宝塚歌劇団、フジテレビ、さらには大学や官公庁まで、組織ぐるみの判断のゆがみが、会社や業界を大きくゆるがす大問題になる時代になった。

 これらは法的な問題だけではない。
 そもそも、そんな非倫理的な判断が許されるのか、ショックを持って受け止められる出来事である。社会の信頼を根底から揺るがす事象が、企業によって連鎖的に起こっているのだ。
 しかもそれは、会社の経営者だけの話ではない。
 従業員にとっては、自分たちは、はたして安心して働けるのか、会社の中で小さな存在である個人が、尊厳を無視されるのではないかなどという恐怖感もつきまとうだろう。

 この本は、仕事上での判断に困った時に、いかに「善い」判断ができるかのための本である。そのためにあなたが手に入れるべきなのが、この本のテーマである「インテグリティ」、つまり、誠実性だ。
 近年注目されているものに、パーパス経営がある。
 しかし、パーパスを掲げていれば、それだけでいいのかというと、そう単純ではない。
 例えば、ロシアがウクライナへ軍事侵攻を開始して間もない時期に「ロシアの人々も同様に生活する権利を持っている」という、ロシアでの取引をそのまま続けたファーストリテイリングの柳井会長兼社長の発言がある。
 それは、同社のミッションにある「世界中のあらゆる人々に、良い服を着る喜び、幸せ、満足を提供します」に従ったものだったかもしれない。しかし、その“意図”は炎上を引き起こし、それから間もなくユニクロはロシアでの店舗の事業を一時停止した(2022年3月10日 日経電子版より)。

 その反対に、ナイキはブラック・ライブズ・マターの時に「アメリカに問題がないふりをしないでください。人種差別に背を向けないでください」という声明を発表した。また、不買運動や激しい批判逆風があってもその姿勢を貫き通した。
 これは、芯を曲げない姿勢が背景にある力強い倫理的スタンスと言える。
 これらの出来事は、企業が「ESGなどの視点として今よりもより良い(better)」を追求するだけでなく、「善い(good and right)」存在であるべきだという新しい視点を提供している。
 このような姿勢は、これまでの資本主義追求の世界では考えられなかったことだ。しかし、どうして考えられなかったのだろうか。「ふつうの」人間の感覚からすれば当たり前のことである。そこに乖離が起こり、大問題につながるのだ。
 企業が「善い」ことをするのは、とても難しいことなのである。

どうすれば「善い判断」ができるのか

 では、どうすれば「善い企業」になれるのか。
 その鍵こそが、この本の最も伝えたいことである、インテグリティ=誠実さと高潔さである。
 その羅針盤が“意図”だ。

 この本の著者が基盤を築いたイーベイやエアビーアンドビーはもちろんのこと、他の企業でも「倫理的」であるための努力が進んでいる。例えば、アップルは顧客がデジタルサービスを利用する際の「プライバシー問題」を重視し、その保護を顧客体験に組みこむことで安心感を提供している。
 これによって、顧客には「アップルの製品やサービスは安全で、個人情報が守られている」というメッセージが強く届いている。さらに、全従業員が倫理的であるように努めている。
 アップルにとって「デジタルのプライバシー」は、同社が最もインパクトのある価値を提供でき、そのため顧客への影響も大きいのである。例えば、従業員の相談窓口は当然として、倫理の専門チームをしっかり動かし、倫理教育を義務とすることで、行動と対話で“意図”を重視する文化を確立している。

 本書『組織は倫理をないがしろにする』が伝えようとしているのは、単なるルールの整備ではない。その背後にある“人間の判断”へのアプローチだ。
 これが必要なのは、企業の上層部だけではない。従業員、つまり私たちひとりひとりの意思決定が大切だ。
 なぜ企業が「善い決定」ができないのか。
 それは、個人個人がポリシーを持って“意図”を持つべきだからだ。会社の文化になすがままにされてはいけない。受け身では、「善い決定」はできないのだ。
 本書が読者に提示する問いは、とても明確だ。

  • 働く自分にとっての意図的誠実さとは何か?
  • それはどのように行動に落とし込まれるべきか?
  • たいていの問題は「グレーゾーン」である。その時、どのように判断するのか?
  • 突発的に起こった危機を、逆にブランド価値・信頼の構築にどうつなげるのか?
  • 経営者、従業員はどう「誠実さ」に向き合うべきか?

 あなたなら、この問いにどう答えるだろうか?

危機は「回避すべき“例外”」ではなく、「起きる前提でどう向き合うかの“必須科目”」になった

 SNS時代には、過去のような「隠す」対応はもはや通用しない。危機は必ず起きることであり、「もし起きたら対処するもの」でも「起きないことを前提とするもの」でもない。
 つまり、「起きる前提で、どう向き合うか」が重要になったのだ。
 実際に「起きた後」の対応では遅く、また「危機対応」だけでは不十分なのである。これまでのような事後的な対応だけでは、「ダメージにしかならない情報」が拡散し、憶測が連鎖し、二次・三次的な危機へと拡大していく。

 ここで、企業に求められるのは、外から与えられたルールに従うことではなく、自ら選び取った価値観にもとづく判断だ。

 そのポイントは、
(1)ルールではなく価値観から判断すること
(2)外的な強制ではなく内部から出た意図から判断すること
 のふたつだ。

 もちろん、明確なルールがあることは重要だ。白黒がつく場面では、あいまいさを残さないことがリスク回避になる。
 しかし現実の問題のほとんどは、ルールでは規定しきれないグレーな領域や、もしくはルールの存在しない新しい領域で起こる。そのような時代で善い判断をするには、ルールだけではできない。
 価値観=プリンシプルにもとづく判断が求められる。
 その価値観を本当に生かすためには、さきほども言った“意図”が必要だ。
 インテグリティとは、受動的なものではなく、能動的になって、ようやく実現されるものなのである。

 近年のスキャンダルを振り返ってみると、忖度、不文律、慣習といった“明文化されていない力学”が判断に影響を与えていることが多い。こうした中で、経営者、そして企業に関わるすべての人が「意図的誠実性」を備えていたならば、結果は違っていたはずだ。

「壊れた企業文化」を持つ企業がどれだけ多いか

 私はこれまで、経営戦略、ブランド、そして倫理という領域を専門として活動してきた。PwCやマッキンゼーでマネジメントにコンサルタントとして携わり、直近では10年にわたりインターブランドジャパンの代表として、数多くの企業のブランドを支援してきた。
 ブランドにとって大切なのは、ロゴやメッセージなどではない。それには、限られた意味しかない。
 行うべきなのは「企業が何を大切にし、どのように行動しているか」を社会に対して提示することだ。そして、存在意義を戦略に転換することだ。
 それがまさに経営なのである。

 それを本質的に支えるのが、インテグリティ─誠実性であり倫理であると確信している。
 企業の意思決定者だけではない。
 働く私たちひとりひとりが、誠実性を持てれば、より自分らしい仕事ができ、どんな難しい意思決定でも、勇気を持ってできる武器になるだろう。

 近年のスキャンダルのラッシュは、顧客や従業員というステークホルダーを裏切り、さらに関係者ばかりか社会をも、その対応で失望させた。それを見て、ブランドでも、経営においても、いかに倫理が大切かを肌で感じた人は多いだろう。

 企業が倫理を考える時は、「マイナスへの対応」だけではない。「プラスを作り出すこと」も大切な要素だ。
 まずは「マイナスへの対応」に関して説明しよう。倫理と聞くと、コンプライアンスと連想する人も多いだろう。もちろん、不祥事を犯さないようにする機能も重要である。

 しかし、大切なのは「壊れた企業文化を取り戻すこと」である。
 多くの企業は、コンプライアンスの規定作りや研修、経営陣による現場との対話でやったつもりになってしまう。しかし、本当は「企業文化とは何か?」「倫理的文化とは何か?」を正面から捉え、悩み、模索する必要がある。
 これが単なる「働きやすい会社」「働きがいがある会社」ではなく、「働くに値する会社」を作ることにつながっていく。

 また「プラスを作り出す」ために必要なのは、グレーゾーンをどう判断するかだ。これができれば、危機を機会に転換できる可能性を積みあげることができる。

 今日、明日の勝ち方を知っている経営者や、それをサポートしてくれるコンサルタントは、それなりの数がいる。そして、長期的な視点の重要性を語る専門家も多い。
 また、もちろんコンプライアンスを生業としているプロフェッショナルもちまたにあふれている。
 しかし、それを統合して取り組めている企業は非常に少ない。メセナ、サステナビリティ、ESG、パーパスといった経営哲学の流れの先に辿り着くのは、目的(=パーパス)・倫理(=エシックス)・らしさ(=ブランド)が統合された人間的経営だと確信する。
 だからこそ、いまこの書籍が世に出ることに価値があるのだ。

 本書は、すべてのビジネスパーソンにとって意味を持つ書籍である。

 経営者や役員にとっては、意思決定で「新しいフレームワーク」を得られ、ミドルマネジメントや若手社員にとっては、日常の判断に確信をもたらすコンパスとなる。
 そして、新入社員にとっては、自らのキャリアで「正しさとは何か?」を考える第一歩となるだろう。

 本書の出版の目処がたった2025年6月に私がチェスナット氏と米国でお会いして対話した時には、彼は「本書がすべてではない」と繰り返し語っていた。特に本書では、簡単に触れることしかできなかったKPIの持ち方にこそ、意図的誠実性を実現する鍵がある、と探索を続けていた。
 本書を出発点として、自らの組織、自らの判断、自らのあり方を見つめ直す探求の旅に出る読者が、ひとりでも増えることを願っている。

 倫理とは、すべてのビジネスパーソンの「自分ごと」である。だからこそ、白黒つけがたいグレーな場面でこそ、インテグリティは試される。そして、その積み重ねが企業の文化を育み、ブランドとなり、社会からの信頼を得ることにつながる。

 インテグリティとは、強く、しなやかな「背骨」のようなものである。
 その背骨を、あなた自身と組織がどう育てていくか─本書がその第一歩になることを、心から願っている。

 2025年10月

監訳者 並木将仁

【目次】

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