その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は小川周哉、竹内信紀(編著)、林雄亮、田中真人、松永耕明、彈塚寛之、松村英弥、金澤久太、藤森裕介、八尾理菜、永峰太郎(著)の『 スタートアップ投資ガイドブック 第2版 』です。

【はじめに】(第Ⅰ部「スタートアップの世界へ」第1章)

「スタートアップとは、とてつもなく不確実な状態で新しい製品やサービスを作 り出さなければならない人的組織を指す言葉であり、どういう人が顧客になるの かやどういう製品を作るべきかさえもまだわからない」

(エリック・リース『リーン・スタートアップ』)


「スタートアップとは、君が世界を変えられると、君自身が説得できた人たちの 集まりだ」

(ピーター・ティール『ゼロ・トゥ・ワン』)


「これは製品にしなきゃいけない。世界が変わるよ」

(ウォルター・アイザックソン『イーロン・マスク』)


 米国カリフォルニア州に、シリコンバレーと呼ばれる地域がある。

 シリコンバレーは行政的な意味のいわゆる「地名」ではなく、地理的にも明確に区切られた境界線があるものではない。一般的には北カリフォルニアのサンフランシスコより少し南からサンノゼ一帯までを指して呼ばれることが多く、もちろん、サンフランシスコ市そのものを含んだ意味合いで用いられることもある。

 シリコンバレーは温暖で、乾いた空気とよく晴れた空に恵まれた素晴らしい地域であるが、日本人が通常思い浮かべる「カリフォルニア」──それは、おそらくロサンゼルスやサンディエゴに存在する──とは、多少趣が異なるかもしれない。

 海よりも森や山がその主要な構成要素であり、サンフランシスコとサンノゼの一部を除き高層ビルが建ち並ぶこともない。そして、その語義には「テクノロジー企業の集積地」や「ベンチャー企業や起業家が集まる場所」、そして「何か新しいモノやサービスが生まれる場所」というニュアンスが含まれている。

 伝統的に製造業を産業の中心に据えてきた日本にとっても特別な場所の一つであり、近時も、新聞や経済誌においてシリコンバレーという言葉を見る機会は増え続けている。

 もともと果物の農家が一面に広がっていた「サンタクララ・バレー」が「シリコンバレー」へと変貌を遂げていった始まりは、1900年代の初頭であったとされる。

 1909年、後のフェデラル・テレグラフ社の前身がスタンフォード大学出身者などにより設立され、エレクトロニクス部品の製造を手がけるようになり、サンノゼやサンフランシスコを含めた界隈で無線通信等の技術が発展し、関連産業が興り始めた。

 1920年代から30年代以降は、スタンフォード大学がハブとなり、例えばヒューレット・パッカード(HP)など、シリコンバレーを代表する新しい産業自体を生み出す企業が登場し始め、「最先端技術の場所」としての存在感を示し始めた。米国海軍や後のNASA(アメリカ航空宇宙局)が同地で航空宇宙技術の研究開発を進めたこともあり、これら最先端の技術は、第二次世界大戦の影響を受け発展が加速した。

 1957年には、現在はグーグルの本拠地であるマウンテン・ビューにおいて、シリコンバレーが「シリコン」バレーとなる由縁をもたらしたフェアチャイルド・セミコンダクター社が創業された。同社は世界で初めて高周波のシリコン・トランジスタの生産と販売を開始し、1961年にはICの生産と販売も開始している。同社が基となり、後のインテルやAMDなどが誕生した。

 それだけではない。フェアチャイルド・セミコンダクター社の成功により、米国東海岸、とくにニューヨークに集中していた金融機能のうち、ベンチャー・キャピタル・ファンドと呼ばれるプライベート・エクイティ投資家と大量の資金が、シリコンバレーに流れ込むこととなった。その初期から現在まで活躍するベンチャー・キャピタル・ファンドには、例えば、フェアチャイルド・セミコンダクター社のファウンダーやHPのコンピュータ事業に携わっていた人物などが開始した、グーグルやアマゾンなどの初期投資家であるクライナー・パーキンス・コーフィールド&バイヤー(KPCB)などがある。

 その後、1970年代に入り、ついに「シリコンバレー」という呼称が用いられ始めた。

 1976年にはスティーブ・ジョブズらによってアップルが創業され、1980年代にはオラクル、EA、シスコなどが活躍し、コンピュータ産業の中心地となった後、1990年以降は、コンピュータに関連するサービスの開発が進み、グーグル、ヤフー、eBay、ペイパルなどが産声をあげた1

 そして、シリコンバレーを襲った「ドットコム・バブル」崩壊の試練を経て、2000年以降はツイッター、フェイスブックなどのSNS、スマートフォン・アプリが活躍を始める一方、テスラのような、新しい伝統産業への挑戦も始まった。

 2010年以降は、これらに加え、既存の産業をソフトウェア技術が置き換える動きが活発化し、人工知能(AI)全盛の現在に至る。2011年に同地の著名なベンチャー・キャピタリストであるマーク・アンドリーセンが公表した「Why Software Is Eating The World」というエッセイは、まさに現在の状況を先読みするものであった2

 このように、現在の世界を形作る企業がひしめくシリコンバレーは、今も昔も世界の技術・ビジネスの中心の一つであり続けている。その理由をもたらすものの一つが、「スタートアップ」という仕組みである。


 小学校の講堂ほどの大きさがある場所で、満員の観客の前で世界中から集まった起業家が、場合によっては得意でない英語で熱のこもったプレゼンテーションを行い、審査員である投資家や先輩起業家からの厳しい質疑応答に応えていく。

 観客も「ただ観に来ている客」であるはずがなく、自社の事業とシナジーのありそうな技術シーズ、ビジネスモデルを探し、また自らが参画すべき将来性のあるアイディアを探し、真剣にこれらのやりとりに耳を傾ける。素晴らしいアイディア、事業やプレゼンテーションには惜しみない拍手やかけ声がかかり、休憩時間にはショーケースの前で熱心な質問や、その後を見据えたアポイントの設定が行われる。

 場合によっては、その場で専用のアプリを通じて投資が約束され、投資が実行されることすらある。逆に、プレゼンテーションがうまくいかず、また審査員の厳しい質問に回答できなかった起業家が涙を流している光景も珍しくない。

 時間は全員に平等であり、有限であるから、無駄な時間を過ごすことは受け入れられない。やる方も、聞く方も、真剣勝負そのものである。

 このような「ピッチ」大会は、シリコンバレーにおいては(大げさでなく)日夜あらゆる場所──企業やタウンのホール、法律事務所の会議室、果ては街角のカフェまで──で大小様々な形で行われており、それ自体がシリコンバレーの文化や熱気を形作っている。日本を含む世界からの出張者が初めてこのピッチ大会に出席し、その熱気に当てられる光景を筆者は幾度となく目にしてきた。

 パロアルトのある起業家と投資家が集う有名なカフェでは、あるとき、アジアからの「投資ツアー」でバスを横付けした投資家たちが、現金の入った鞄を見せながらピッチを求めるという光景までもが見られた。もちろんそのような一団が訪れることなど誰も知らなかったが、カフェ内にいた起業家(と思しき)面々はすぐに手元のMacBookを開いて話しかけに行った。そこでは遠慮など無用であり、誰もが全力で自分のために時間を過ごしている。


 この「スタートアップ」とは何であるのか、という問いに対する答えは、実はそう簡単なものではない。本書では、事業上のキャッシュフロー(だけ)を前提としない事業計画を描き、外部から積極的にエクイティ──株式など──を活用して資金を調達し、急激な成長を目指す事業体、と位置付けているが、これが「正解」というわけではなく、スタートアップの中にはこれと異なる性質を有するものもある。

 しかし、おおむね共通するこの性質と、そこから導かれるいくつかの論理的な帰結については、ある程度以上の確度をもって「スタートアップ」を知るために必ず役に立つものであると考えられる。

 本書は、この「スタートアップ」という仕組みに関与するのであれば知っておくべき、基本的な事項をまとめることを試みて執筆されたものである。

 特に、自らがスタートアップを主宰、又は起業家の右腕として活躍しようとする場合でも、投資家として、あるいは重要な取引先として関わり合いになる場合でも、必ず知っておくべき「投資」と「他社との共同の取組み」という二つの場面を中心に据えている。

 この意味では、自らがスタートアップを主宰、又は参画する場合はもちろん、CVC(第2章参照)のように新しくスタートアップや事業投資に関連する業務に就かれる方にも、ある程度まとまった情報を提供することができないだろうか、ということを隠れた意図にも置いている。


 幸いにして本書の初版は多くの方に手に取っていただくことができたが、スタートアップを政策の柱に据えた政府の強い後押しもあってスタートアップ・ファイナンスの場面に登場するプレイヤーの数・幅が劇的に拡大し、初版時に掲げた「基本的な事項がまとまっている(しかし専門的になりすぎない)文献はないか」というニーズにはなお強いものがある。そのため、環境の変化を踏まえた本書のアップデートの必要性を強く感じていた。特に、我が国の投資家の顔ぶれが多彩となり、投資の意図が相当に多様な状況に至っている近時では、海外スタートアップへの投資は、「スタートアップ投資」と「スタートアップ・ファイナンス」の基本ガイドを目指す本書において、無視することができない重要性を持つに至っている。

 そこで、第2版では、全体的に内容を見直して最新の状況にアップデートするとともに、新たに1部を設けて、海外諸外国・地域のスタートアップ投資に関する基本的な事項を整理することとした。エクイティ投資は当該国や地域の法令、特に会社法に相当する法令に基づいて行われる必要があるため、本書に掲載している海外の情報は、可能な限り現地の弁護士からの情報提供を受けた上でまとめている。筆者らの認識する限り、我が国においてこのような情報がコンパクトにまとまった文献、書籍は見聞せず、類書のない情報を提供できていればと願う。初版同様、スタートアップにおいて、また投資家において活動される「我が国の未来」を担う各位の座右にて活用いただければ、筆者らとしてこれ以上の望みはない。


 本書第2版の構成は、まずスタートアップの世界を形作る基本的な概念と登場するプレイヤーの特徴(第Ⅰ部)、次にそれが「スタートアップ」なのであれば避けることのできないスタートアップ投資・資金調達の手法、概要やコンセプト(第Ⅱ部)、そして世界のスタートアップ投資の実務をリードするシリコンバレーのスタートアップ投資の実際やポイント(第Ⅲ部)、さらに海外諸外国・地域のスタートアップ投資について(第Ⅳ部)、順に説明する体裁になっている。

 初版同様、基礎的な概念についても説明をしているため、頭から読んでいただくことを想定してはいるが、それぞれ独立して参照してもらうこともできるように記載しているので、本書を手に取ってくださった方の使いやすいように利用いただきたい。

 また、コラムのような形で、関連する緩やかなトピックを取り上げるようにもしている。いろいろな意味で弁護士による「法律書」とは似つかないものになっているかもしれないが、少しでもこの分野の面白さが伝わり、興味をもっていただければと思う。

 それでは、始めよう。

1:これらの詳細やより「生々しい」歴史については、デイビッド・A・カプラン(中山宥訳)『シリコンバレー・スピリッツ』(2000年、ソフトバンクパブリッシング)が参考になる。
2:あまりに有名なエッセイではあるが、もし未読であればぜひ一読を勧めたい。オリジナルはウォールストリート・ジャーナルに掲載されたものであったが、マーク・アンドリーセンが運営する著名ベンチャー・キャピタル・ファンドであるアンドリーセン・ホロウィッツのウェブサイトにも転載されている( https://a16z.com/why-software-is-eating-the-world/ )。

【目次】

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