その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は中野ジェームズ修一さんの『 すごい股関節 柔らかさ・なめらかさ・動かしやすさをつくる 』です。

【はじめに】
 ──股関節はなぜ、こんなにすごいのか?

 イスから立ち上がった瞬間や、歩き始めたとき、あるいは、久しぶりに長い距離を歩いたときなどに、「股関節」にちょっとした違和感を覚えたことはないでしょうか?
 「もう年だし、ちょっとくらい体に痛みがあっても仕方がない」とあきらめを感じている方もいれば、「放っておいたら、痛みがどんどん強くなっていくのではないか……」と不安に思う方もいるでしょう。

 上半身と下半身をつなぐ要(かなめ)である股関節の動きが悪くなると、体がうまく曲がらなくなったり、下半身で踏ん張ることが難しくなったりします。すると、何でもない場所でふらついたりつまずいたりすることが増え、階段の上り下りや、歩行にも問題が起こります。
 これは高齢者だけの話ではありません。例えば、日ごろから体を動かす習慣のある方や、強靭な体を誇るはずのアスリートたちにも股関節のトラブルは起こります。
 ほとんどのスポーツでは下半身を使います。走る、ジャンプをする、飛び越える、踏ん張るといった動作をするとき、強いインパクトが股関節に加わります。その瞬間に違和感を覚えるようであれば、十分なパフォーマンスを発揮できません。それどころか、ケガの原因になる恐れもあります。
 特に女性は、骨格の構造上、股関節に負担がかかりやすい。そのため、アスリートでも中高年でも、違和感に悩んでいる女性は非常に多いのです。

 股関節は体のなかで最も大きな力が加わる関節です。立つ、座る、歩く、走るといった日常動作を支えており、運動をしなくても、とても大きな負荷が日々かかっています。
 また、筋力の低下や肥満、運動による「使いすぎ」や、逆に長時間同じ姿勢で過ごすことによる「使わなさすぎ」によっても、違和感や不具合は起きてしまいます。
 つまり、体のあらゆる動作や習慣が股関節に影響を与えているので、年齢を重ねれば重ねるほど、股関節に問題が起きるリスクは高まっていきます。
 股関節の寿命(耐久年数)は70~80年といわれていますが、50代や60代、なかには30代でも、股関節にトラブルを抱えている方は大勢いるのです。

 人間は股関節から老いていく。そう言っても過言ではありません。

知れば知るほど魅力的な関節

 一方で、股関節ほど「すごい」関節はないと私は思っています。
 構造が複雑であり、関与する筋肉も多く、担う仕事もデカい。しかも、驚くほど緻密にできていて、機能的。知れば知るほど、人体の神秘と素晴らしさを感じさせる関節です。
 どんな関節であるかを一言で説明するのは難しく、あえて言うならば「すごい」の一言になってしまうのです。

 私が心の底から「股関節はすごい」と思えるのは、私がフィジカルトレーナーという仕事をしていることと関係しています。
 フィジカルトレーナーとは、いわば「体を強くする専門家」です。
 筋力トレーニングや有酸素運動、ストレッチなどを通じて、スポーツにおけるパフォーマンスアップや、ダイエット、ボディメイク、生活習慣病やケガの予防・改善を実現します。
 股関節に問題があれば、アスリートのパフォーマンスはガクッと落ちます。高齢者は、立ったり歩いたりするだけで股関節に違和感があると、気分も落ち込んでしまいます。しかし、股関節の問題を取り除けば、アスリートの成績はグッと伸び、高齢者もはつらつと活動的になります。
 その複雑さゆえに、どうすれば股関節の問題を取り除けるのかを考えるのは簡単ではありません。でも、トラブルが改善した方の笑顔を見ると、「やはり、股関節はすごい」と思わざるを得ないのです。

どんな競技でも、高齢者でも、鍵を握るのが股関節

 私がフィジカルトレーナーになったのは30年以上前。その頃、日本ではフィジカルトレーナーという職業がまだなく、当時フィットネスの中心地といわれた米国カリフォルニア州で学んでトレーナーの資格を取得しました。
 私が指導しているのは10代の学生から、ビジネスパーソン、高齢者までと幅広く、その目的もスポーツのパフォーマンス向上や、健康管理、ダイエットなどさまざま。クライアントの希望を叶えるために日夜活動をしております。
 オリンピック選手をはじめ、数多くのアスリートのサポートもしています。競技としては、テニス、バドミントン、卓球、バスケットボール、陸上、スポーツクライミング、パラ卓球、パラ車いす陸上などさまざまです。
 また、本の執筆や、雑誌記事・テレビ番組の監修のほか、インタビューを受けたりもします。メディアを通じ、情報を発信することもフィジカルトレーナーとしての仕事の一環だと考えているのです。

 私たちトレーナーは、解剖学や生理学などを基礎としたトレーニング理論に基づいて、1人ひとりの体や生活、そして目的に合った運動を「処方」します。どうすればもっといい動作ができるようになるか、トラブルを起こさないよう動けるか。そこを突き詰めていく面白さに魅了されています。
 特に最近は、高齢者のトレーニング指導も精力的に行っています。人は90歳、100歳を超えても、ちゃんとトレーニングすれば、みるみる体が変化します。その姿を何度も目の当たりにすることで、とてもやりがいを感じているのです。

ゼロの状態から、プラスに持っていく

 さて、私はよく「痛みを治す人」と思われがちですが、違います。
 トレーナーの仕事は、大きく2つに分けられます。1つは「マイナスの状態をプラスにする」仕事。そしてもう1つは「ゼロの状態からプラスにする」仕事です。
 痛みに対応するのは、「マイナスの状態をプラスにする」仕事。つまり、メディカルトレーナーのように、リハビリテーションに携わる人たちが行うものです。資格としては、理学療法士や作業療法士、柔道整復師、はり師、きゅう師、あんまマッサージ指圧師が該当します。
 スポーツの現場でいうと、例えば「肩を痛めた」「靭帯を切った」選手に対し、監督やコーチ、医師などと連携しながら、応急処置を施したり、運動療法(リハビリ)などを用いたりして、復帰まで支えるのが「マイナスの状態をプラスにする」ことになります。

 一方、私のようなフィジカルトレーナーは、「ゼロの状態からプラスにする」のが仕事です。その人に合った運動を処方し、筋力をつけたり心肺機能を向上させたりするのです。スポーツの現場では、体を強くすることでパフォーマンスを上げ、オリンピック選手ならメダルの獲得などの目標を達成するためにサポートします。
 そして、私がこの仕事を行ううえで、股関節を改善する必要に迫られることがとても多いのです。つまり、「ゼロの状態からプラスにする」ためには、体の要である股関節がスムーズに機能することが重要である場合が多いというわけです。

トレーナーにとっても股関節は「難しい」

 本書は、私がフィジカルトレーナーとして経験を積んできた今だからこそ書ける股関節の本だといえます。
 フィジカルトレーナーといえども、股関節を改善するためにどのようなトレーニングを行えばいいのかを判断するためには、経験が必要です。股関節は関わる筋肉の数が多く、構造も複雑なので、経験の浅いトレーナーは「何から手を付ければいいのかわからない」と感じることもよくあります。
 当たり前ですが、関節は直接見たり触れたりできません。特に股関節は、お尻や鼠径(そけい)部の分厚い筋肉で覆われているので、細かい動きがとてもわかりにくい。そのため、股関節の動きが悪くなっているアスリートに、トレーナーが「大殿(だいでん)筋や大腿四頭(だいたいしとう)筋を鍛えたほうがよい」などとアドバイスするのはとても難しく、多くの経験が必要になるのです。

 これが股関節ではなく「膝関節」ならどうでしょう。膝に違和感がある場合、トレーナーでなくても一般の方でもすぐできることがあります。ドラッグストアで買える「膝サポーター」をつけると、それだけで改善することも多いですし、膝ならテーピングすることもそれほど難しくはありません。しかし、股関節はそのような対処はできません。テーピングも一般の方には難しいでしょう。
 膝に違和感がある方にどのようなトレーニングを行えばいいかをアドバイスすることも、それほど難しくありません。膝関節を支える筋肉は、股関節に比べるとずっと少ないからです。一方で股関節に関しては、「この筋トレやストレッチさえやればOK」と簡単に言うことはできません。場合によっては、その筋トレやストレッチが逆効果になってしまうこともあるのです。
 ですから本書は、私がこれまで培ってきた経験をもとに、目に見えず、触れることもできない自分の股関節の状態を把握し、それを改善するための方法について記したものだといえます。

自分の股関節を知り、よくしていく

 股関節の状態を把握し、改善する──。
 そんなことは、専門家に任せておけばいい、と思うかもしれません。
 確かに、パーソナルトレーニングに対応するジムに行って、経験のあるフィジカルトレーナーにお願いすれば、それは可能でしょう。
 ですが、それだと私は「もったいない」と思うのです。
 せっかく股関節という素晴らしい関節が自分に備わっているのですから、自分の股関節についてもっと深く知り、動かして改善してみてはどうでしょうか。
 私はフィジカルトレーナーとして、「自分で自分の体をよくすることができる」という経験を、多くの人にしてもらいたいと考えています。
 本書ではまず、股関節がどのような構造になっていて、どのように動くのか、どのような筋肉に支えられているのか、人間ならではの股関節の特徴は何か、といった基礎的なことを第1章で解説していきます。
 そんな解剖学的な知識は必要ない、運動のやり方をすぐ教えてほしい、と思う方もいるかもしれません。しかし、自分の股関節の状態を把握するためには、結局のところ基礎的な知識も必要になります。股関節の状態は1人ひとり異なるため、「どの運動が必要か」も人によって異なり、それを判断するためには知識があったほうがいいのです。
 ですからぜひ、股関節の構造のほか、痛みや違和感が生じるメカニズム(第2章)、股関節を機能的に使うとはどういうことか(第3章)などについても知っていただきたい。単なる「お勉強」にならないよう、私が長年の経験から培ったウンチクや裏話を交えながら、なるべく面白く読めるよう解説してみます。

 逆に、自分は股関節について知的関心があるものの、運動のやり方には興味がないという方もいるかもしれません。そういう方でも満足できるよう、たくさんの知識とウンチクを本書では解説しています。ですが、運動のやり方には興味がないという方にもぜひ、本を読みながら体を動かしてみていただきたいと私は考えています。
 本書では、「アセスメント」という言葉が頻繁に登場します。アセスメントとは、簡単な体操をやりながら、自分の体の状態をチェックするものです。股関節のアセスメントを行い、自分の股関節の状態を確認したら、次に股関節を改善する運動を実施します。その後、再びアセスメントを試してみると、本当に状態が改善していることが実感できるのです。
 知識が自分の体の状態と結びつき、そして体の変化を実感する──こんなに知的興奮が得られる瞬間はないでしょう。

股関節の素晴らしさを語りつくしたい

 股関節の状態を改善する運動については、第4章から解説しています。
 第4章ではまず、股関節のバランスを整えます。股関節を支える筋肉のうち、硬くなっているところ、柔らかすぎるところがあると、股関節はうまく機能しません。筋肉ごとに問題がないかチェックし、改善していきます。
 第5章では、主に動的ストレッチによって、股関節の可動域(関節が動く範囲)を適正な状態に持っていきます。股関節が可動する範囲が適正になれば、さまざまな日常動作がスムーズになり、スポーツでも正しい動きができるようになります。
 第6章では、股関節を安定させる力をつくるトレーニングと、股関節を動かす力をつくるトレーニングを紹介します。この2種類のトレーニングで鍛えれば、股関節を使う動作が安定し、ふらついたり転んだりといったことが予防できるだけでなく、スポーツにおいてもパフォーマンスを発揮できるようになるはずです。
 股関節のバランスを整え、可動域を適正な状態にし、力が発揮できるよう鍛える、という3ステップは、私自身がパーソナルトレーニングの現場で股関節を改善するために行っているプログラムと同じプロセスになっています。
 運動のやり方については、それぞれイラストつきで詳しく解説するだけでなく、細かい動きを確認できるよう、動画も用意しています。QRコードからアクセスしてみてください。

 本書で紹介するアセスメントや運動を実践していくと、10年後、20年後、30年後でも股関節を健康な状態に保つことにつながります。
 人間には本来、「自己修復能力」が備わっています。私がお教えするアセスメントや運動は、その自己修復能力を呼び起こすものだといえます。つまり、自分の力で股関節の状態を改善し、今後の痛みや不具合を予防する手助けができるというわけです。
 今、股関節に違和感があったり不安があったりする方も、それらを少しずつ解消していくためのヒントが本書で得られると思います。頭で理解するだけでなく、ぜひ実際に体を使いながら読んでください。

 自分の股関節について知ることは、自分の体を知ることです。
 また、股関節を知れば知るほど、人間の体の素晴らしさにも触れることができます。
 この1冊を通じて、股関節のすごさ、面白さ、そして自分で自分の体を改善できる感動をぜひ味わってください。

 正直、股関節については語りたいことがありすぎて、いくらページがあっても足りないくらいです。ですが、なんとかこの1冊で、語りつくしたいと思っています。
 どうぞ、最後までお付き合いいただけますとうれしいです。

2024年9月
中野ジェームズ修一


【目次】

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