その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は富永朋信さんの『 モノが棚に並ぶしくみを言語化する マーケターが知らない小売の生態 』です。
【はじめに】
マーケティングが成功しても、なぜビジネスで負けるのか?
筆者は、2025年秋に出版した『人がモノを買うしくみを言語化する』(日経BP)の中で、人がものを買う理由は主に「好きだから」「良いから」「なじみがあるから」の3つであると整理した(図表A)。そして、「なじみ」をつくるにはブランドと顧客候補との接触頻度を高め、流暢(りゅうちょう)性を強化することが重要であり、「良さ」をつくるにはブランドの利用理由を起点としたポジショニングが欠かせず、また「好き」をつくるにはやはり利用理由を出発点にした、多面的かつ立体的なブランディングが要諦である、と主張した。
それでは、よく練られたマーケティング戦略とその実行を通じて、これらの状態が達成されたら、ブランドの成功は確約されたと言えるだろうか。
筆者はここ数年、企業へのマーケティング支援を中心に仕事をしており、今まで多くのメーカーや小売企業のマーケティングの現場と接してきた。その中に、非常に示唆に富む事例があった。
そのブランドは当該カテゴリー内で、圧倒的な純粋想起と知覚品質を誇っていた。2番手ブランドと比較しても両指標で2倍以上の差をつけ、その状態を数年間維持しており、マーケティングの成果としては申し分ない水準だった。
しかし、売り上げでは2番手ブランドの猛追を受け、ブランドとして何らかのてこ入れが必要な状況だった。当該ブランドを担当するマーケティング部門は十分な結果を出していたにもかかわらず、そこは評価されず、売り上げ低迷の責任を問われた。その結果、同価格での増量を軸とした、ともすればブランド価値の毀損につながりかねない施策が取られ、それが常態化する状況に至った。
一体なぜこのような事態が起きるのか──。マーケティング部門とともに分析した結果、そこには2つの課題が浮かび上がった。
1つ目は価格と商品ポートフォリオの問題である。競合のNo.2ブランドは、自社の純粋想起No.1ブランドよりもかなり低い価格設定がなされている。以前、自社にはこの価格帯(=No.2のブランド価格帯)にぶつけるブランドBがあり、No.1ブランドとNo.2ブランドは直接競合しない構図になっていた。
しかし、主に経営資源の選択と集中を理由にブランドBのプレゼンスが大幅に下がり、消費者の比較対象がNo.1ブランドとNo.2ブランドへと移行した。そのため知覚品質や純粋想起で大きく劣るNo.2ブランドが、価格を理由に選ばれる状況が生じていた可能性が高い。
さらにもう一つの問題は、より重要だった。
小売の店頭におけるプレゼンス、すなわち棚の中の位置やフェイス数といった配荷の質において、No.2ブランドは非常に善戦していた。一方、自社のNo.1ブランドではその逆の状況にあった。
マーケティングコミュニケーションが奏功し、純粋想起による「なじみ」が形成され、知覚品質の醸成による「ポジショニング」が確立されていても、店頭に商品がなければ売り上げは立たない。また、店頭に商品が並んでいても、そのプレゼンスで競合に劣れば、期待した成長は見込めない。
「買いたい」と「買える」の間に横たわる巨大な壁
筆者は小売2社、メーカー3社を含めマーケティングの仕事に30年以上携わってきた。その経験からつくづく感じるのは、メーカーと小売は、毎日のようにやり取りを重ねる重要なパートナー関係にありながら、その間には深い深い溝が存在するということである。
メーカー視点で考えたとき、どんなに良い商品を開発しても、はたまたキレのいいコミュニケーションを開発してどんなに話題化に成功しても、小売の店頭に商品がなければ売り上げは立たない。EC(電子商取引)で買ってもらえればといっても、現在のところ日本のEC率はせいぜい1割未満。やはり店頭に商品が配荷されていることは、死活的に重要なのだ。
さらに「配荷がある」と言っても、それにはいろいろな種類がある。
食品売り場であれば、通路にある平台やエンドキャップ(定番商品の棚の端にあり、通路に面している販促スペースのこと)の陳列を獲得できれば、そうでない場合の2倍程度の売り上げは十分期待できる。しかし、同じ定番棚の中でも目立たない位置に陳列されたり、その列数が少なかったりすれば、期待は逆の方向を向く。
別の視点で見てみよう。
本書の読者は、メーカーや流通でマーケティングに携わっている方が多いと想定しているが、マーケティングコミュニケーションを設計していると、そのプロセスをファネルで考えることがよくある。PRによる話題化で初動認知を獲得し、広告によりなじみや理解を深め、店頭で購買を後押しする。そんな流れだ。
この考え方は、わかりやすく、設計や実行がしやすいという利点がある。だがその半面、小売の棚が持つパワーを過小評価してしまう難点があるように思われる。
店頭で大きく展開されている商品は、あたかもその店の一押しのように感じられ、直感的に購買意欲が刺激される。そのような面倒なことを考えなくても、店頭で知った商品にその場でなじみを深めて購入した経験や、なんなら店頭で衝動買いをした経験をお持ちの方も多くいらっしゃるだろう。
だとすれば、自社商品にとって理想的な店頭がどういう状態であるべきか、というところから出発し、そこから逆算してマーケティングコミュニケーションを設計する発想があってもよいはずだ。テレビCMの効能減少が指摘される現在であれば、なおさらである。
以上を踏まえると、マーケティング施策を設計する際には、
(1)小売という「生き物」がどんな構造をしていて、どのような機序や内在論理で動いているのかを理解する
その上で、
(2)メーカーと小売との協業はどのように進めると成功確率が高まるのか
という仮説を構築した上で進めていくのが望ましいと考える。
本書ではまず(1)を読者に興味を持っていただけるように概説しながら、(2)を考察する、という流れで論を進めていきたい。
消費者は商品を買う。メーカーもまた、商品を起点に市場を見る。しかし、小売は少し違う。小売が見ているのは、顧客に提示する選択肢である。どの商品を並べるのか。どの商品をおすすめするのか。どの商品をあえて外すのか。どの商品を本命とし、どの商品を対抗とするのか──。そうした選択の積み重ねによって、売り場はつくられている。
本書で考えたいのも、単に商品が棚に並ぶ仕組みではない。小売がどのように選択肢を設計し、それがどのように棚となり、売り上げを生み出していくのかである。
【目次】






