その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は宮本恵理子さんの『 会社は「本」で強くなる マネーフォワード 全社で取り組む「読書経営」 』です。
【プロローグ】「本を読む会社の強さ」とは何か
情報があふれ、生成AIがビジネスの現場にも浸透する今、「本を読む」という行為の意味は変わりつつある。
答えを早く求める社会の中で、じっくり読む、深く考える、問いをもって学ぶ──そんな読書の価値は、軽視されがちな時代とも言えるかもしれない。
そんな流れの中で、「本」の力を信じ、その可能性を最大限に活かしている企業がある。
クラウド会計や家計簿アプリなどを展開するマネーフォワードだ。
2012年の創業以来、同社はテクノロジーで社会課題の解決を目指しながら、新規事業を次々と生み出し、社員数約2900人の組織へと急成長を遂げてきた。スピードと複雑性が同居する経営において、組織文化や意思決定の軸を支えているものの一つが、「読書」である。
そしてこの「読書」を、単なる学びや教養の手段ではなく、経営の根幹として位置づけてきたのが、創業者であり代表取締役社長グループCEO(最高経営責任者)の辻庸介さんだ。スタートアップ経営者の中でも読書家として知られる存在だ。
私は6年ほど前から、さまざまな機会を得て辻さんに取材を重ねてきたが、その話の端々にはいつも読書の遍歴がにじみ出ていた。「最近、すごい本を読みまして」と嬉々として語り、「起業を決断したのも本の影響だった」と公言する辻さんは、ごく自然に経営に「読書の力」を染み込ませてきたのだろう。
「僕の判断の多くは、本を読んできた蓄積からできていますし、今後も本から得られる叡智(えいち)に頼っていくでしょう。経営判断にも欠かせません。また、僕が尊敬する先輩経営者の多くは〝よく読む人〞です。会社の未来を一緒につくってきた仲間を見渡しても、〝よく読む人〞が多いなと感じますね」
「本をよく読む経営者が創業した会社」というだけならば、他にも例はいくらでもある。しかし、同社に注目すべき理由は「経営に読書を活かしている」という点だ。それも「すみずみにまで活かしている」と表現していい。
単に経営者の「おすすめ本」が共有されたり、「課題図書のレポート」が義務づけられたりするというレベルではない。中長期の戦略を練り上げる経営合宿のために特定の本が共有される、役員主導のリーダー研修のメインとなる題材に本が活用される、新任ミドルマネジャーに向けたスキルアップ研修に特定の本が使われる……などなど。「リーダー育成」「組織開発」のために読書がフル活用されているのだ。
トップダウンの取り組みだけではない。社員の有志が思い思いに「読書会」を立ち上げ、多様なメンバーが感想を交換する。社内のチャットツール「Slack」におすすめ本の紹介が飛び交ったりする。そんな風景も、同社の日常だ。
読書は、マネーフォワードという組織のさまざまな層で共有され、語られ、活かされている。同社の読書文化が、辻庸介という経営者一人による属人的なものではないことは、経営陣や社員の方々への取材で確信することができた。
本を読むことで、目の前の仕事と未来のビジョンをつなぐ。
語る力を育み、問いを立てる。
仲間ともっと、思いを共有できる。
読書はマネーフォワードにおいて、意思決定の支えであり、育成の土壌であり、文化をつなぐ静かな接着剤となっている。
辻さんは繰り返す。
「僕の力なんて、たかが知れています。だから、先人が膨大な時間と努力を投じて獲得した知恵を、本を通していただいているんですよ」
持ち前の謙虚さもあるが、これは真実の言葉なのだろう。
この本では、マネーフォワードという成長企業の中で、読書がどのように活用され、文化として定着してきたのか、その内実をひもといていく。
特筆すべきは、読書が単なる学習手段ではなく、急拡大する組織の基盤として、そして多角的に展開される新規事業の〝判断軸〞としても、確かな効力を発揮している点だ。
また、その取り組みはマネーフォワード特有の事情に閉じた話ではない。人材育成、意思決定、チームビルディング、組織文化──どれを取っても、業種や企業規模を問わず、多くの組織に応用可能な知見にあふれている。
マネーフォワードの「読書を活かす経営の実践」を読み解けば、これから事業を大きく伸ばしたいと考える後進の人々にとっても参考になるはずだ。
同時に、この本で得られるのは組織にとってのヒントだけではない。読書という行為を、ビジネスパーソン一人ひとりの視点から見直すきっかけとしても、本書には大きな価値があると感じている。
登場する経営陣やメンバーの証言には、それぞれが本から得た気づきや、本と上手に向き合う術が率直に語られている。例えば、「どう選び、どう読むか」「なぜ今この本が必要なのか」「どう自分の仕事に活かすか」といった実践的な工夫は、読者自身が〝読書体験を自分の糧(かて)にする〞ためにきっと役立つはずだ。
「本を読む時間がない」「読みきれない」という悩みに対するヒントも、本書の中にはちりばめられている。「多忙な人」の象徴とも言える、経営の最前線に立つ人たちが、限られた時間でどのように読書と向き合い、行動へとつなげているのか──その生きた知見の数々は、すべての人にとって示唆に富むものである。
本書の目的は、「正解」を提示することではない。読者一人ひとりが自身の日常と照らし合わせながら、「自分たちなら、どんなふうに〝本〞を組織の中に取り入れられるだろうか?」「自分が成長するためにどのように本を活用すればいいのか?」、そんな問いを立てていただくことだ。
おそらく、始めるべきは自分や周りの人に読書を義務づけることではない。毎月の課題図書を決めて管理することでもないはずだ。
「自分はこう考えた」「こんな本がある」「あの本のあの一節が、今の自分に刺さった」。そんな〝対話の起点〞を、本がつくってくれる。
情報があふれ、学び方も働き方も多様化する時代だからこそ、1冊の本を起点に、立場を超えて対話する力はますます重要になっている。
本書は、辻庸介グループCEOをはじめ、マネーフォワードの経営層、中間マネジャー、現場のメンバーに至るまで、1年近くにわたる取材へのご協力をいただいたことによって成り立っている。その真摯な語りの一つひとつが、読書という営みの本質を浮かび上がらせてくれた。
取材を通じて筆者として感じたのは、「本の力をここまで戦略的に使っている組織があるのか」という、静かな驚きだった。また、その驚きは、ウェブサイト「日経BOOKプラス」の連載「あの会社の課題図書」の取材をきっかけに本書の企画を発案し、私に1冊の本としてまとめることを勧めてくれた日経BPの小谷雅俊さんとも幾度となく共有することができた。
また、取材を通じて知り得た「経営の力になる本」の情報は、各章で紹介するほか、巻末にブックリストとしてまとめた。仕事やキャリアに役立つ本と出合いたいビジネスパーソンにとって貴重な資料ともなるはずだ。
これから始まるのは、単なる「知的な人が多い会社」の話ではない。
本があるからこそ、急拡大する組織の中で、意思決定の質が保たれる。
本があるからこそ、世代も職種もバックグラウンドも違うメンバー同士が、同じ地図を広げて会話できる。
本があるからこそ、一人ひとりが自分の頭で考え、語る力を育てていける。
この取材を通して私が感じたのは、「読書文化のある組織は、強い」という確信だった。
──本は、組織を強くする。けれど、それは「読めば強くなる」という単純な話ではない。
マネーフォワードの経営における読書の力。それは「問い続ける力」とも変換できる。
その静かで力強い営みを、これからひもといていきたい。
【目次】






