その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は花田敬士さんの『 命を守る「すい臓がん」の新常識 』です。
【はじめに】
近年になって、すい臓がんで亡くなる人のニュースをよく耳にするようになりました。
著名人だけを見ても、すい臓がんでこの世を去った方がしばしば話題になります。
最近では、政治家の石原慎太郎さん、女優の八千草薫さん、漫画家のさいとうたかをさん、歌手のかまやつひろしさん、ロックバンドのシーナ&ザ・ロケッツのギタリスト鮎川誠さんといった方々が挙げられます。
海外でも、少し古い例も含めれば、アップル社の創業者であるスティーブ・ジョブズ氏のほか、日本人になじみの深い声楽家のルチアーノ・パヴァロッティさん、1964年東京オリンピック女子体操金メダリストでチェコスロバキア(現・チェコ共和国)の民主化に力を尽くしたベラ・チャスラフスカさん、映画音楽の作曲家ヘンリー・マンシーニさんなど、そうそうたる顔ぶれがすい臓がんでこの世を去りました。
なかでも、2016年に元横綱千代の富士の九重親方が61歳で急死したニュースは、多くの人を驚かせました。あれほど筋骨隆々でたくましい人でもすい臓がんには勝てなかったのです。
野球界でも、中日ドラゴンズや日本代表の監督を務めた星野仙一さんが、2018年に70歳で亡くなっています。
50代ですい臓がんに倒れた人もいます。2015年には歌舞伎役者の10代目板東三津五郎さんが59歳で、2021年には作家の山本文緒さんが58歳の若さで他界しています。
がんのなかでも予後が悪いすい臓がん
かつて、がんは「不治の病」と呼ばれて恐れられてきましたが、医学の進歩により、適切な治療を受けることでがん患者の生存率は上がってきました。がんを克服した、いわゆる「がんサバイバー」が社会復帰したという話も、今では珍しくありません。
ところが、ことすい臓がんに限ってみると、そうした幸運な例は多くはありません。
「見つかったときにはすでに手遅れ」
「すい臓がんが見つかって、あっという間に亡くなってしまった」
とよくいわれ、いまだに「不治の病」のイメージがつきまとう怖いがんだと考えられています。
家族や親戚、身近な友人・知人にすい臓がんで亡くなった人がいると、さらにそのイメージは強固なものとなることでしょう。
すい臓がんの怖さはデータにも現れています。
患者数は近年増え続けており、男女とも50代後半から年齢とともに増加する傾向があります。国立がん研究センターが発表した「がんの統計2023」によると、2019年に新たにすい臓がんと診断された人の数は4万3865人。2021年にすい臓がんで亡くなった人は3万8579人に達しました。
この死亡者数は、あらゆる部位のがんのなかで4番目に多く、男性では肺、胃、大腸に次いで第4位、女性では大腸、肺に次ぐ第3位となっています。
また、すい臓がんと診断された人の数に対して亡くなった人の数の比率が高いことにも、このがんの怖さが現れています。
がんに対する治療効果を示す数字として、よく使われるのが「5年生存率」です。すい臓がんの怖さはこの5年生存率の低さにも現れています。
2009年~2011年に何らかのがんと診断された人全体の5年生存率は64.1%でしたが、すい臓がんはわずか8.5%だったのです。
つまり、がん全体を見ると、診断された人の6割以上が5年後も生きているのですが、すい臓がんに限って言えば1割に満たないことを意味します。
すい臓がんが厄介なのは、がんが増殖して周囲に広がっていこうとする力が強く、周囲の臓器を巻き込んだり、転移しやすい点にあります。手術でがんを切除することが唯一の根治手段であるものの、早期発見が難しいために、診断時に手術ができる患者さんは3割程度にとどまります。
たとえ手術ができたとしても、再発することが少なくありません。
治療効果や病状進行の見通しを「予後(よご)」と呼びますが、予後がよくないのもすい臓がんの特徴なのです。
すい臓がんを早期発見するための取り組み
しかし、この怖いすい臓がんで悲しむ人を少しでも減らすために、できることがあります。それは、できる限り早い時期にがんを発見することです。
「超早期発見」ができれば、多くの場合、手術で根治することが可能になります。
すい臓がんの5年生存率が低いのは、これまで早期発見が難しかったことも大きな理由でした。見つかったときには、すでにある程度がんが進行してしまっていることから、完治できないケースが多かったのです。
そこで私の住む広島県尾道市では、こうした状況を打開するために、世界に先駆けて、すい臓がん早期発見のための病診連携(病院と診療所の連携)プロジェクト、通称「尾道方式」を立ち上げました。
このプロジェクトで重要な点は、すい臓がんの危険因子をもつ患者さんに、かかりつけ医や身近な診療所で腹部エコー(超音波)などの画像検査を定期的に受けていただき、疑わしい症状が見られた場合には、積極的に中核病院で詳しい検査を行うという取り組みです。
この取り組みの結果、すい臓がんの早期診断例が増え、5年生存率が改善されるといった目に見える成果が現れるようになりました。
私が勤めるJA尾道総合病院では、2017年に診断されたすい臓がん患者さんの5年生存率は約20%に達しています。
そして、「超早期発見」とも言える「ステージ0」での発見が可能になると、5年生存率はさらに高まることが分かっています。日本膵臓学会によると、ステージ0で発見し手術をした場合の5年生存率は、約85%にも上るのです。
怖いがんに変わりはありませんが、ここにすい臓がん克服の希望があるといってよいかもしれません。
地元密着の地方ならではのプロジェクト
すい臓がんを早期に発見するには、かかりつけ医と中核病院がうまく連携して、いわゆる病診連携を進めることが大切です。
尾道の総合病院で診療している立場からすると、「尾道方式」がここまで成果を上げることができたのは、地元の医師会の先生方の協力があってこそだと考えています。
尾道のような地方都市では医師会が地元に密着しており、私が所属する勤務医部会と開業医の先生方が属する開業医部会は、部会こそ分かれていますが、それぞれの意見を率直に述べることのできる雰囲気が醸成(じょうせい)されています。
立場が違っても、同じ目標に向かって知恵を出し合って、お互いに意見交換しながら進めていくというのが、病診連携のプロジェクトを成功させるカギになってきます。
私が知る限り、このように中核病院と診療所がタッグを組んで進めてきたプロジェクトは、それまでは日本には存在しませんでした。
いや、おそらく世界のどこにもなかったと思います。
海外の医師に「尾道方式」の説明をすると、
「どうして専門医と一般医がコラボレーションできるのか?」
「日本の医師会というのは、よく分からないね。組合なの?」
というのが当たり前の反応です。
「価値観を共有して、同じ地域で診療しているなら仲良くやりましょうという組織ですよ」
と答えるのですが、なかなか納得してもらえません。
海外の多くの国では、近所のかかりつけ医と専門病院の先生とは、まったく別の立場にあるため、共同で作業をすることは多くないようです。
そう考えると、「尾道方式」は日本ならではのプロジェクトと言えるかもしれません。
さらに、尾道は大都市に比べると勤務医の医師会入会率が高く、日ごろから開業医とのコミュニケーションがとれているのが特徴です。その点は、同じ日本のなかでも、大都市圏の勤務医の方々の意識とは少し違っているかもしれません。
地方では医師の絶対数が少ないため、勤務医だけですべてをこなすのは困難です。目の前に横たわるさまざまな問題を解決するには、「地元の先生方みなさんの力を借りないと無理だ」という意識が常にあるのです。
そう考えると、「尾道方式」は日本ならではのプロジェクトであるとともに、医師会が地元密着している地方ならではのプロジェクトだと言えるかもしれません。
そして、この「尾道方式」は、今では広島県全域をはじめ、大阪や横浜などの都市部を含んだ日本全国50カ所以上で展開されているのです。
本書は「尾道方式」を立ち上げた私が、すい臓がんをなるべく早く見つけ、このがんで悲しむ方を1人でも減らすために、その知識と体験をまとめたものです。
すい臓の病気が気になる方、すい臓がんに悩む患者さんはもちろん、その家族の方々、この病気になる危険因子を持っている方、そして一般の方に広く知ってもらうことで、社会全体ですい臓がんと戦っていくことができれば、これほど幸せなことはありません。
2024年2月
JA尾道総合病院副院長 花田敬士
【目次】




