その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」をご紹介します。今日は正垣泰彦さんの『 サイゼリヤ おいしいから売れるのではない 売れているのがおいしい料理だ 』。「はじめに」と「文庫版まえがき」をお届けします。

【はじめに】

 フードサービス業に携わってから40年以上が過ぎた。

 学生時代、アルバイトばかりしていたが、最後にしたのが飲食店の皿洗い。そのときの仲間に「おまえと一緒に働きたいから、ぜひ店を開いてくれ」とおだてられて始めたのが、千葉で開店した「サイゼリヤ」だった。

 最初の店は、青果店の2階で人目につきにくい場所にあった。それでも「お客さんなんて簡単に来るものだ」と高をくくっていたら、これが全く来ない。

 深夜まで開ければ集客できるだろうと営業時間を朝4時まで延ばしても、地元のならず者のたまり場になっただけ。しまいには客同士のけんかで石油ストーブが倒れ、店が燃えてしまった。開店からたった7カ月後のことだ。余談ではあるが、この火事のとき、お客様と従業員を避難させるために最後まで店に残った私は、気がついたときには煙に巻かれていた。どうにか勝手口までたどり着いて脱出できたものの、あの時、死んでいてもおかしくはなかったと思う。

千葉県市川市にあるサイゼリヤ1号店。現在は閉店し、悪立地でも繁盛店は作れることを従業員に示すために、地元の中小企業経営者有志がセミナールームとして使用している
千葉県市川市にあるサイゼリヤ1号店。現在は閉店し、悪立地でも繁盛店は作れることを従業員に示すために、地元の中小企業経営者有志がセミナールームとして使用している
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 お客様は来ない、来るのはならず者だけ。挙げ句の果てに火事にまで遭う。もう店をやめようと真剣に思った時期もあったし、店を再開するなら、どこか別の場所でと思っていた。ところが、母に「あの場所(=火事に遭った店)はお前にとって最高の場所だから、もう一度、同じ所で頑張りなさい」と言われ、同じ場所で店を再開することに決めた。お客様が来ないことを立地のせいにしないで、お客様が来てくれるようにひたむきに努力することが最高の経験になると、母は教えてくれた。

 もっとも、ようやく店は再開したものの、やはりお客様は来なかった。商品に値打ちがあれば、場所が悪くてもお客様は入るはず。といっても、値打ちの出し方が分からないから、とりあえずメニューの価格を5割引きにした。それでも来ないから最終的には7割引きにまで引き下げた。スパゲティの価格帯は150~200円になった。

創業期のメニューブック。当時は味噌汁もメニューの1つだった
創業期のメニューブック。当時は味噌汁もメニューの1つだった
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 すると、青果店のキャベツや玉ねぎの山を越えて、ずらっとお客様が並んだ。客数が1日20人から一挙に600~800人まで増えた。店舗面積は17坪・38席だったので20回転にもなった。とても1店ではお客様をさばけなくなり、市内に4、5店出してお客様には最寄りのお店に行っていただくことにした。それがサイゼリヤの多店舗化の始まりだった。

 この頃、私は経営に関わる本をむさぼるように読んでいた。創業以来の苦楽を共にした仲間たちに十分な給料を払ってやれていなかったし、これから雇うであろう社員たちにも今のままでは、十分な給料を払えない。ご存じの通り、飲食業で働く人たちの賃金は他産業より低い。だから、40代、50代までなかなか働けない。

 どうにか給与水準を自動車産業など他産業並みにしたい。社員たちに定年退職まで十分な給料を支払いたい──。それが私の最優先の課題だった。だから、どうすれば十分な利益を確保できるのか懸命に考えた。

 一方の売り上げは客数×客単価。お客様のことを考えると、客単価は上げられない。ならば、客数を増やすしかなかった。もっと多くのお客様に喜んでもらえるように客数を今の1000倍にしよう、だから店を1000店作ろうと考えた。夢のような話だったが、現在、店舗数は国内860店、中国を中心に海外に約80 店を展開している。目標としていた1000店は遠からず達成できると信じている。賃金の水準も少なくとも業界では最高レベルになったと自負している。

 この本は、そんな私が引き受けた『日経レストラン』の連載をまとめたものだ。これまでの40年間の経験で学んできたことを、外食業界の皆さんにお伝えし、少しでも役立てていただければという気持ちで続けてきた。外食業界も、多くのチェーン店があり、寡占化が進んでいるように見えるかもしれないが、それは違う。和食でも洋食でも中国料理でも、売れる料理さえ選べば、私のように1000店のチェーンを目指すことも可能な魅力のある市場だ。一方で、規模の拡大を目指さず、1店舗でシェフがこだわりの料理を提供する店にも十分なチャンスがある。なぜなら食事をするときに、たくさんの選択肢があるということ自体が、「豊かさ」だからだ。人間はずっと社会を豊かにしようとしてきたし、これからもそうあり続ける。だから、飲食店も多様化し、細分化していくはずだ。

創業期から生産性に着目してきた(写真右が筆者)
創業期から生産性に着目してきた(写真右が筆者)
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 ただし、「自分の店の料理はうまい」と思ってはいけない。それこそが悲劇の始まりだと私は思っている。なぜなら、「自分の店の料理はうまい」と思ってしまったら、「売れないのはお客が悪い。景気が悪い」と考えるしかなくなってしまうからだ。商売とは、お客様に喜ばれるという形で社会に貢献し続けることなのに、そんなふうに考えてしまったら、もう改善を進められなくなってしまう。

 別の言い方をすると、「良いモノは売れる……」という考え方は、地球の周りを太陽や惑星が回っているという昔の世界観「天動説」と同じだ。自分たちにとって都合良く世界を見ようとするのではなく、物事をありのままに見ようと、我々は努力しなければならない。科学は実験を通して、自分の仮説(思い込み)が間違っていることを教えてくれる。自分中心に物事を考える「天動説」の対極にあるものだ。

 もっとも、世の中で起きているあらゆることは実際のところ、よく分からないのも事実だ。ただ、はっきりしていることは形があるものも、ないものも変化を続けているということだ。量子力学によれば、すべての物質は「調和」した状態にあるが、同時に新たな「調和」に向かって変化している。つまり、万物はより良い状態に向かって、永遠に変化をし続けているのだ。だから、我々もより良い状態を目指し続けなければならない。

 本書のタイトル『おいしいから売れるのではない 売れているのがおいしい料理だ』には、目の前の現実を謙虚に受け入れて、本当にお客様が満足されることは何かを見極めようという私の思いを込めている。かけがえのない人生の中で、商売を通して社会に貢献し、仲間と楽しく仕事をしていきたいと思っているすべてのビジネスパーソンに、この本が少しでも役立ってくれれば、これ以上の喜びはない。

2011年6月 正垣泰彦

【文庫版まえがき】

 サイゼリヤの創業理念は、私が40年前に欧州を視察し、そこで見たイタリアの人たちが楽しんでいた食の豊かさに原点がある。食べていると幸せになれる本場のおいしい料理を、お値打ちな価格で提供し、日本に広めたいということだ。
 そして、その理念に基づいて、あらゆることを考えてきた。すると、自然にその考えに沿った意思決定ができるから不思議なものだ。

 しかし、日々の仕事に忙しく、私たちは創業の原点を忘れがちだ。では、どんなときに、それを思い出すのかといえば、「もうダメだ……」と絶望するくらいのピンチが訪れたときだ。
 今から20年ほど前、サイゼリヤはあるテレビ番組で1時間にわたって紹介され、それをきっかけに各店の客数は一気に2〜3倍に増えたことがある。ありがたい話ではあるのだが、客数の急増に現場が付いていけず、1時間近くお客様を待たせてしまうなど多大なご迷惑をおかけした。案の定、ブームが一巡すると、客数はブーム以前と比べて、2~3割も減るという店が相次いだ。既存のお客様が離れてしまったわけだ。
 ちょうど、大量出店を目指し、大卒の新入社員を大量採用し始めたタイミングだったので、客数減は業績を直撃した。

 信頼回復に向けて、私は創業理念に基づき、本物を感じさせる高級感があり、かつ値段も安いという視点で、メニューを大幅に入れ替えた。例えば、日本ではあまり知られていなかった「プロシュート」や「ペペロンチーノ」といった料理を投入することで、本場の食材を使うイタリア料理店であることを、あらためて示したわけだ。しばらくすると、離れていたお客様は戻り、テレビ放映の前より、客数は3割ほど増えていた。
 創業の理念に立ち返ることで、ブレずに正しい経営判断ができたのだと思っている。

 本書は2011年7月に日経BP社から刊行した単行本『おいしいから売れるのではない 売れているのがおいしい料理だ』に収録されなかった『日経レストラン』連載「土壇場の経営学」11回分を加えて増補し、文庫化したものである。
 このたびの文庫化によって、また新しい読者に出会えれば幸いである。

2016年7月 著者

【目次】

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