その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は福原泰知さんの『 「聞く耳」を持ってもらう技術 人前で話すのが怖くなくなる 』です。
【はじめに】
「聞き手」だからこそわかる「いい話し方」がある
毎日、私は「声」と向き合っています。
仕事を通じて、数え切れないほどの「声」を文字に変換してきました。経営者の熱のこもったスピーチ、教師の丁寧な説明、営業担当者の巧みな商談、ときには激しい議論の場面まで。その過程で、ある重要な発見がありました。
「なぜこの人の話は心に響くんだろう」
「なぜこの人の言葉は相手の心を開くんだろう」
答えは、意外にもシンプルでした。
「話し手」目線のコミュニケーション術を説く本は、書店に溢れています。スピーチの技法、プレゼンテーションのコツ、説得力を高める話し方……。確かに、それらの本が提供する知識や技術は、それぞれに価値があります。しかし、本当の「伝わる」には、もっと本質的な視点が必要ではないでしょうか。
それは「聞き手」からの視点です。
文字起こしという仕事は、実は「聞き手」としての究極の形かもしれません。私たちは、話者の一言一句に耳を傾け、その意図や感情まで理解しようと努めます。声の調子、間の取り方、言葉の選び方、そして何より、その言葉の背後にある想いまでも、すべてを受け止めようとします。
その経験からみえてきたのは、「伝わる」話し方の本質でした。
たとえば、ある成功している経営者の講演音声を担当したときのことです。彼の話し方には特別な技巧はありませんでした。しかし、聴衆の理解度に合わせて言葉を選び、ときには自身の失敗談を交えながら、誠実に想いを伝えようとする姿勢がありました。私はその音声を聴きながら、話し方の特別な技術よりも、聞き手に合わせて言葉を選ぶ姿勢が伝わり方を支えているのだと感じました。
驚くべきことに、「聞く耳を持ってもらえる」話し手には、共通する特徴がありました。それは決して高度なテクニックや特別な才能ではありません。むしろ、相手への深い理解と配慮から自然と生まれる、シンプルでありながら力強い要素でした。
いまは生成AIの時代です。プレゼン資料も、スピーチ原稿も、AIが驚くほど手際よく整えてくれるようになりました。しかし、どれほどきれいな資料と原稿を用意しても、それだけでは伝わりません。あなたの話には、いつも「聞き手」がいるからです。相手が「聞く耳」を持ってくれなければ、あなたの想いや真意は届かない。AIがどれだけ進化しても、ここだけは変わらないのです。
本書では、文字起こしのプロフェッショナルとして出合った「伝わる」瞬間の数々を、具体的な例を交えながらお伝えしていきます。ビジネスシーンはもちろん、日常のコミュニケーションにも活かせる実践的な内容を心がけました。
そのために、本書では3つのことに取り組みます。
聞き取れる声に整えること。
意味が伝わる言葉を選ぶこと。
そして、相手の返答を受けて、自分の説明を変えること。
文字起こしでは、聞き取れなかったところへ戻り、難しい資料が出てきたら再生を止めて確かめることができます。しかし、その場で話を聞いている人は、同じように巻き戻すことはできません。
聞き手は、どこで話を追えなくなるのか。どの言葉の後に、考える時間がほしいのか。その視点から、自分の話を聞き直してみる。読者の皆様には、ぜひ本書を通じて、新しい視点からコミュニケーションを見つめ直していただければと思います。「話し方」や「伝え方」のテクニックを超えて、本当の意味で「伝わる」コミュニケーションとは何か。声や間の整え方から、相手の返答を受けて説明を変える方法まで、一緒に考えていきましょう。
なお、本書でいう「聞く耳を持ってもらう」とは、相手がこちらの話を理解しようと耳を傾けてくれることです。聞いてもらうことと、賛成してもらうことは同じではありません。意見が違ったままでも、お互いの考えを理解できれば、対話は前に進みます。
本書が、皆様のコミュニケーションに新しい可能性を開くきっかけとなれば、これ以上の喜びはありません。
2026年9月
福原 泰知
【目次】






