その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は佐藤賢一さんの『 王の綽名 』です。

【はじめに】

 王に綽名(あだな)がついている。

 ヨーロッパの王たちである。

 どうして綽名がつくかといえば、同じ名前の王が多すぎて、区別がつかないからだろう。

 世界史の受験生泣かせとして有名な話で、同じフランス王がルイ十三世、ルイ十四世、ルイ十五世、ルイ十六世と続いたのでは、誰が誰やらわからないと。これも正義王ルイ、太陽王ルイ、最愛王ルイと綽名をつけて並べなおすと、とたん頭に入りやすくなると。最後のルイ十六世は綽名がなく、それはフランス革命に見舞われた王として別に記憶するしかないとしてもだ。

 どうして同じ名前が多いのかといえば、どの血統か、誰の子かが重要視されたからだ。

 ヨーロッパの王侯貴族というのは、古代末期に大移動でやってきたゲルマン民族の末裔(まつえい)である。そこに昔からいたわけではないので、名前を土地に因(ちな)むような発想は薄い。戦争で勝利したり、土地を征服したり、国を建てたりした男の名前こそが重要なのだ。

 カロリング(カールの子孫)家、ロベール(ロベールの子孫)家のように、王家の呼び名になる場合もある。イギリス系でいえばジャクソン(ジャックの息子)やジョンソン(ジョンの息子)、スウェーデン系でいえばマッカーサー(アーサーの息子)やマクドナルド(ドナルドの息子)、ドイツ系でもメンデルスゾーン(メンデルの息子)、アイルランド系でもオコナー(コナーの息子)と姓があるが、それと同じ理屈だ。

 いっそうあからさまなのが、息子に父と同じ名前をつける方法なわけで、ヨーロッパやアメリカでは今も父がシニア、息子がジュニアで、父子同名が珍しくない。万事こんな調子なので、ましてや王侯となると、どうしても同じ名前が多くなってしまうのだ。

 父と同じで息子も偉い。父に従ったように息子にも従え。そんな理屈を押しつけられたあげく、誰が誰やら見分けがつかなくなるのだから、民人としては閉口するばかりだったろう。

 そこで綽名がつけられる。個々の特徴を捉えた、わかりやすい綽名である。

 増えるのはカロリング朝の時代、およそ八世紀頃からだ。六世紀のクローヴィスは東ローマ皇帝から「コンスルにしてアウグストゥス」の称号をもらうことで、ガリアの土地に覇を捕えた。この始祖にみるように、メロヴィング朝の時代までは古代ローマ帝国の権威が辛(かろ)うじて生きていたようで、それを使うことができた。いよいよ通用しなくなって、傑物の名前を使うしかなくなって、どんどん同じ名前ばかりになって、だから区別するために綽名が増えていったのだ。

 これが、おもしろい。その王の人となりが浮かび上がってくるのみか、ときには、その国の、あるいは時代の有様まで透けてみえる。また歴史の醍醐味かなと思いながら、まとめてみた王の綽名、よりすぐりの五十五人の綽名というのは、この先のページから──。


【目次】

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