その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」をご紹介します。今日は四元康祐さんの『 詩探しの旅 』。本書は「はじめに」がないため、代えて冒頭の一篇「旅のはじまり 谷川俊太郎さんの名代」をお届けします。

【旅のはじまり】

谷川俊太郎さんの名代

 「四元さん、僕の代わりにマケドニアに行ってみない?」そう言ったのは、詩人の谷川俊太郎だった。古都ストゥルガで開かれる国際詩祭に招待されているのだが、都合がつかないのだという。それが表向きの話で、実は僕に世界の詩人たちと交流する機会を与えてやろうという配慮だったこと、そしてその国際詩祭とやらが、半世紀以上の歴史を誇る格式高いもので、パブロ・ネルーダやW・H・オーデンなど、超有名詩人たちが参加してきたものであることを僕が知るのは、ずっと後の話だ。

 当時の僕は四十代半ばで、ミュンヘン在住。駐在員として二十年以上勤めた日本の製薬会社を辞めると決めた直後だった。詩人としての活動と二股をかけるのが、時間的にも精神的にもきつくなってきて、しばらく詩の方に専念してみようと思ったのだ。詩祭への出席は、その出発に向けての、谷川さんからのはなむけだった。

 ストゥルガへは、妻と幼い二人の子供とともに、自ら車を運転して行った。オーストリア、スロベニア、クロアチア、セルビア、そしてコソボ自治区。ユーゴ内戦の終結からほんの数年しか経ってなくて、地には地雷が埋まり、日本の外務省からは渡航注意が出されていたが、夏の休暇旅行を兼ねたのだ。

 ストゥルガはアルバニアとの国境近くの、大きな湖の畔(ほとり)にある、美しい古都だった。詩祭は白亜のコンサートホールで幕を開けた。僕は自分の詩を日本語で朗読し、土地の俳優がそのマケドニア語訳を読み上げる。翌日には参加詩人一同、大統領府へ。若い実業家風の大統領と談笑、記念撮影。それから市内各所での朗読会と討論会といくつもの賞の授賞式。この詩祭に合わせて谷川俊太郎のマケドニア語詩集が出版され、僕は名代として彼の詩を朗読した。マケドニア王国の古代遺跡への観光ツアー。毎度の食事とワインと踊りを経て、他の詩人たちと知り合ってゆく。詩と聖と俗が烈(はげ)しく混ざり合った詩祭のフィナーレは、川の両岸に犇(ひし)めく数千名の聴衆に向かって、橋の上からの朗読会。それが僕の詩探しの旅の原点となった。

【目次】

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