その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は2022年『散り花』で第14回日経小説大賞を受賞した中上竜志さんの新作『 ヒール 悪役 』。「はじめに」に代えて、4話構成の第1話「悪役」の冒頭を公開します。

【悪役】

 雨脚が強くなっていた。

 荒井は、首筋の汗をタオルで拭った。平日の夜の雨。客足への影響は否めないだろう。試合開始時刻まで三十分を切っているが、見渡したところ、会場前の駐車場が混雑している様子はなかった。

 九州の小倉で、客席は八百弱。頻繁に興行を打つ街ではないが、千人を切る箱を使うのははじめてだった。

 「毎度」

 控室に戻ろうとして、声をかけられた。顔馴染みの興行主(プロモーター)が隣に立った。

 「痛い雨ですね」

 「散々だな、こりゃ」

 プロモーターの恨み節から、チケットがさばけなかったのだと荒井は思った。この雨では当日券も期待できないだろう。千人に満たない会場が埋まらない。それが新生ジャパンの現状だった。

 「新田は今日も出ないんだな。要請はしたんだが」

 代表に就任して以来、新田は限定的にしか試合に出場していない。現場は新たに現場監督に就任した森に任せ、来場して観客に挨拶をすることもない。

 「あんたはいくつになった」

 「五十三ですよ」

 幾ばくかの自嘲を込めて答えた。

 「年上のあんたが躰を張ってるというのに、新田は巡業に出ないのか。解せない話だ」

 新田は今年五十になる。トップで身を削ってきた新田と、中堅を定位置に現役を続けてきた自分を比べることに意味はなかった。レスラーとしての格はあまりに違う。

 プロモーターは雨が落ちてくる空を見上げていた。年に数回会うだけの長い付き合いだが、いつからか杖を使うようになり、背中が曲がり、躰も小さくなった。若い頃から興行の世界に身を置き、酸いも甘いも知ると言うが、古希を過ぎたと聞いたのがいつのことだったか荒井は思い出せなかった。

 「五月のスターズの福岡大会は、放っといてもチケットが売れた。完売だ」

 ジャパンにもそんな時代があった。北九州を地盤にしているこのプロモーターも、当時は潤っただろう。

 「スターズの興行は手掛けないんですか」

 口にして愚問だと気づいた。地方巡業をはじめてからも、売り興行はしないとスターズは明言している。旧来の興行の在り方も改革の対象なのだ。

 「そろそろ潮時かと考えることもあるが、まあ、ジャパンに頑張ってもらうしかないな」

 プロモーターの声には覇気がなかった。

 「せめて立花が復帰してくれたらな」

 最後の愚痴は、聞き流した。

 控室に戻った。試合を控え、選手たちは躰の仕上げに余念がない。いつもの光景だが、空気は以前とは違う。

 パイプ椅子に座り、手首にテーピングを巻く。

 新生ジャパン。聞こえはいいが、会社は縮小し、恵比寿にあった事務所も畳んだ。所属選手だけでなく、制服組の社員も巡業のスタッフも大幅に減った。頼みの綱だったテレビ局との契約も切られた。

 国内最大のメジャー団体を誇ったプロレスリング・ジャパンはもはやない。

 昨年、巨大資本を持つスタービールが突如としてプロレス参入を表明した。

 スタービールは、無数にある国内の団体を解散させ、選りすぐった一流だけを集めるという離れ業をやってのけた。

 賛否のあったスタービールの業界参入だが、ジャパンの解散を機に潮目は変わった。業界最大手が白旗を上げたのだ。

 それを皮切りに、続々と他団体が解散を表明した。なかでも、甲斐の日本プロレスの追随は影響が大きかった。実力、人気とも国内のプロレス界の頂点に立つ男である。自らの団体を興す前は、ジャパンの絶対的なエースでもあった。

 甲斐に呼応するように、ジャパンの流れを汲む団体やフリー選手も、我先にとばかりにスターズへの参戦を表明した。そのなかには、かつてジャパンと熾烈な興行戦争を繰り広げてきたAWF系の団体も含まれていた。

 最後は、AWFの直系に位置するGWAの不破が重い腰を上げた。AWFの最強と謳われたエースで、甲斐のライバルとして常に比較されてきた天才だった。

 甲斐と不破が同じリングに立つ。新時代の到来を象徴するのに、これほどのインパクトはなかった。

 業界はスターズの名のもとに再編された。そうしたなか、ジャパンのオーナーが解散を撤回し、新田が新たに代表に就任した。新田は全株式を譲渡され、ジャパンの所有権も得たとのことだったが、注目するマスコミは少なかった。

 年が明け、スターズの旗揚げ戦となる第一回大会が、四月に東京ドームで開催されることが発表された一月下旬、新田がジャパンの再始動をぶち上げた。

 驚いたことに、三島が新生ジャパンと選手契約を交わした。甲斐の退団後、王者としてジャパンを牽引したトップレスラーである。さらには同期の森が現場監督に就任した。

 新田の直弟子である、倉石、佐久間、篠原、塚田、溝口の五人もジャパンに残留した。他に阿部、緒方、玉木の若手が三人。

 蓋を開けてみれば、ジャパンのトップ陣はそのまま新田のもとに残ったことになる。


【目次】

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