その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は野中郁次郎さん、野間幹晴さん、川田弓子さんの『 二項動態経営 共通善に向かう集合知創造 』です。

【はじめに】

 経営とは何か、と聞かれたら、迷わず「生き方(a way of life)」だと答えるだろう。経営は、人間の営為そのものであり、そこに関わる人間の生き方が色濃く投影される。壮大な共通善の実現に向かって、目の前の動く現場・現実・現物の流れのなかで、文脈に応じて時空間を共創し、新たな意味や価値を生成する、人間たちのダイナミックで社会的なプロセスが経営である。その「生き方」の集合的な物語りは、「ヒューマナイジング・ストラテジー(人間くさい戦略)」であり、客観的なロジックのみから導き出される分析的戦略とは一線を画す。

 イノベーションの萌芽となる新しい意味づけや価値づけは、科学や理論が先立つのではない。一人ひとりの「いま・ここ」の直接経験、そして「思い」が起点となる。一人称である個人の思いを、他者との二人称の共感を媒介に、全身全霊で徹底的な対話を行って、「われわれの主観」をつくり、さらにあらゆる知を自在に総合して三人称の集合知にしていく価値創造プロセスが、イノベーションである。三人称になって初めて、客観的な数値や量、そして科学となり、社会の共有価値として役立てられる。

 形式知である科学や理論の源泉は、無意識も含めた暗黙的な主観にある。三人称の客観から出発しても新しい知は生まれない。妥協や忖度(そんたく)とは異なる真の共感が、主観と客観の橋渡しをする。この本質は、時代が変わっても、科学技術が発達しても普遍的なものではないだろうか。

 本書は、「二項動態経営」という組織的知識創造理論における新たなコンセプトの発信を意図している。『失敗の本質』の刊行から40年。当時、示した教訓は「過去の成功体験への過剰適応を避けよ」であった。組織には慣性が働き、ともすると変化を嫌う性質がある。しかし、組織内外の環境変化の波を乗りこなし、あるいは自ら変化を創造し、無限に自己変革を志向する組織でなければ生き残れない。本書では、自己変革する組織の本質が、二項動態による集合的な実践知創造にあることを論考する。経営活動において直面するさまざまな矛盾やジレンマを「あれかこれか」の二項対立(dichotomy)で切り抜けるのではなく、苦しくても「あれもこれも」の二項動態(dynamic duality)を実践し、新たな価値を創造することこそが、過去の自己を超えていくただ一つの道なのである。

 二項動態を実践すれば、葛藤や緊張を超えて、新たな価値創造への道を切り拓くことができる。そのためには、人間の創造性や野性を解放して、多様で異質な知を組織内外のスクラムで総結集する、集合「実践知」創造による組織的イノベーションを無限に追求しなければならない。「より善い」に向かう二項動態経営に正解はない。手軽で楽な方法ではないが、新たな日本的経営の創造へとつながる経営の「生き方」である。

 また、本書には、一見、交わらないものとして捉えられがちな組織的知識創造論と財務・会計論の二項動態にも取り組もうという野心がある。2023年春号の『一橋ビジネスレビュー』(東洋経済新報社)に、野中、野間、川田で「〔特別寄稿〕『二項動態経営』実践論」を掲載した。本書は、その論文における議論をさらに発展させたものとなる。

 組織的知識創造理論は、経済学ベースの経営学、形式知や金融資本先行の潮流に対して批判的展開をしてきた。共通善の実現のために知識創造、価値創造があり、結果としての利益という方向性を示すことで、社会的価値と経済的価値の両立という議論にも終止符を打ちたい。企業活動に「カネ」は当然、必須であることは間違いない。今回、財務・会計分野の研究者である野間幹晴に、著者に加わってもらったのはそのような背景があり、大きな意味を持つ。

 本書の執筆にあたっては、日経BPの堀口祐介氏に大変お世話になった。堀口氏とは長い付き合いだが、われわれの新たな挑戦を温かくも厳しく見守り、適時、的を射たアドバイスをしてくれた。心から感謝したい。

2024年秋
野中 郁次郎


【目次】

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