その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は川内潤さんの『 わたしたちの親不孝介護 「親孝行の呪い」から自由になろう 』。本書の編集を担当した「編集Y」こと山中浩之さんによる「はじめに」と、川内さんの「おわりに」をお届けします。

【はじめに】 ~「親不孝介護」とは何なのか

 すごいタイトルだな、と思って本書を手に取ってくださった方、あなたの勇気に敬意を表します。
 あ、続編だ、と思って開いてくださった方、『親不孝介護』はお役に立ちましたでしょうか。引き続き見てくださってありがとうございます。

 この本は前書同様、すこし変わった介護本です。
 世の中には介護のハウツー、チェックリスト的な本はたくさんありますが、あなたが手にしているこの本は、「介護」という、おそらく初体験の行為に入る前のマインドセットに焦点を当てています。
 すぐに役立つハウツー本が欲しかった? はい、ごもっともです。ですが、道具だって使い方を間違えれば自分自身を傷つけてしまうように、「介護についての考え方」をきちんと押さえておかないと、真面目な人、親を愛して止まない人ほど、親を、そして自分を傷つけてしまいます。日本の企業を悩ませている介護離職の続出も、先にハウツーから入ることが大きな原因です。これは本書を読めば納得していただけると思います。そして、この本は「介護をする人のマインドセット」をきっちり紹介する、世にも珍しい本なのです。

子どもが親を嫌いにならないために

 マインドセットのための本として2022年の10月に『親不孝介護 距離を取るからうまくいく』を上梓し、息長く売れ続けて版を重ね、こうして続編を出せるに至ったこと、本当に皆様に感謝しております。また同時に、親の介護に悩む方が多いことを改めて痛感しています。
 親の介護を始めた子どもが悩むのは
 「介護で親孝行したいのに、親に対してイライラしてしまう。だんだん怒りや憎しみの気持ちさえ湧いてくる。それがつらいし、自分自身が嫌になる」
ことだと思います。前書で恥ずかしながらさらした自分の経験がまさにこれでした。
 自分を育ててくれて、そして今、老いて困っている親の面倒を、今度は自分が見てあげたい。それは人間としてとても自然な気持ちです。
 子どもにとって、自ら親に寄り添い、介護することこそ、究極の親孝行。そんなイメージかもしれません。

 「介護=親のそばにいる=親孝行」
 この式になんの疑問も抱かない方は多いと思います。
 「親不孝介護」は、この〝常識〟こそが、子どもにとって親の介護をつらく苦しくする原因だ、と考えます。
 親との間に適切な距離を取って介護にあたる。自分だけの手を動かすのではなく、極力、第三者=公的支援、すなわちケアマネジャーやヘルパーさんの力を借りる。これによって、親の介護は肉体的にも精神的にも、ものすごく負荷が下がります。

 「だけど、介護は自分の家の問題だから……」
 「他人に親の世話をさせたら、『親不孝』って思われるんじゃないかな?」

 分かります。真面目に生きてきた方ほどそう思うはずです。自分はそれほど真面目なほうではありませんが、「まず、自分の力でできるところまでやってから公の力を借りるのが人として正しいのでは」くらいは考えたし、悩みました。
 でも「まず自分で親の世話をやってみる」ところから、(あえて言いますが)悪いスパイラルは始まります。

 介護は自分の、あるいは家の問題ではなく、社会の課題です。言い換えると、個人の努力でなんとかなるほど甘いものではありません。そして、公的支援につながるタイミングが早ければ早いほど、親も自分も負荷が減り、そして公のコストも小さくできます。何より40歳を過ぎたあなたは、すでに介護保険料を支払っています。支払ったお金を正当な事由で受け取り、本来の目的である介護サービスに回すだけ。誰にも後ろめたく思うことはありません。

「親孝行の呪い」を断ち切ろう

 周りの目。これは環境によってはまだまだつらいこともあるかもしれません。
 実際、書籍の『親不孝介護』が注目され、共著者の川内潤さん(NPO法人となりのかいご代表)がメディアに呼ばれることが増えて実感したのですが、テレビ番組では今のところ「親不孝介護」という単語は口に出させてもらえないのです。「説明すれば分かっていただけるのですが、単語だけ聞くと、不謹慎だとお怒りになる方がいるかもしれないので」と、収録の直前に削除されたこともあります。
 日本の社会ではそのくらい「親不孝」という言葉に忌避感があるのだなと思いました。
 もっとも、親不孝が介護とくっついて「親不孝介護」という言葉になると、なんだか、親を虐待するような雰囲気が醸し出されてしまうことも否めません。大急ぎで言いますが、そんな内容はまったく含まれておりません。当たり前ですが。
 介護以外のことならば、親のそばにいることは確かに「親孝行」でしょう。
 ただ、介護に限っては、親と距離を取るほうが本当の「親孝行」です。
 人の世話を受けないと生活できない親と距離を取れ、と言われたら、日本社会の常識では「そんな親不孝な」と思うでしょう。あなたもわたしも、日本人ならばたいてい「近くにいるのが親孝行」という、いわば「呪い」にかかっている。だからつい、介護するなら親のそばに居ようかな、とあなたも思ってしまうはずです。その気持ちを乗り越えて距離を取るには、強い言葉が必要です。
 距離を取って、親の世話を他人に任せる。他人から親不孝に見えようともそれが正しい。
 そう常に自分に言い聞かせるために、あえて「親不孝介護」という言葉を作った次第です。

たくさんの方のエピソードから照らし出す

 前書では、私(編集Y)の5年間の「親不孝介護」、すなわち、新潟で単身で暮らす私の母親が、介護が必要な状況になり、東京に家族と住む私がどうやって面倒を見たかの赤裸々な実話と、介護のプロ、川内さんがその状況をどう見るか、学ぶべきポイントはどこか、を振り返りました。
 「よくまあここまでバカ正直に出しましたね」とあとからいろいろな方に言われるくらい、親の遠隔介護への戸惑い、悩み、親への感情を素直に書き、川内さんからは「絶好のケーススタディでした(笑)」と褒めていただいたのですが、やはり「他の方はどうなんだろう」と、自分でも思います。
 そこで、「親不孝介護」の提唱者である川内さんに、介護を体験された方、これからされそうな方と対談をしていただき、「介護で親孝行をするなら、親と距離を取るほうがいい」という考え方について、いわば検証を試みたのが本書です。
 それぞれの方の体験はそれぞれに興味深く、また、「親不孝介護」の考え方と照らし合わせることで、より多面的に「介護」を理解する手掛かりをたくさんいただけました。前書をお読みの方にも、また、初めて「親不孝介護」に触れる方にとっても、きっと読みやすく、かつお役に立つと思います。
 対話の中には、繰り返し出てくる「介護」に対する考え方、受け止め方があります。私も通読して初めて気がつきましたが、ある話者が投げかけた問いに、別の話者が違う話題を通して回答を出していることが多々ありました。全く違う経験を経たはずの皆さんが、同じ問題意識を持つようになり、そしてそれぞれの方が自分なりの腹落ちする答えに近づいていくのです。最初は私のように「えっ」と思っても、答えを急がず、のんびり読み進めてください。

「親不孝介護」の考え方をまとめておきます

 最後に、前書でご紹介した「親不孝介護」のキーフレーズを並べておきます。
 親の介護を「いずれやらねばならない。でも考えたくない」と考えている方の不安を減らし、いま介護に携わっている方の「どうしてこんなにつらいのだろう」という状況を改善するために、必ず役に立つと思います。
(※個別の内容についての詳しい説明は、『親不孝介護 距離を取るからうまくいく』をご参照ください)

1・親が元気なうちにやっておくこと(前書53ページ)
・ 「介護は治療ではなく、撤退戦」という意識を持つ
・ 「堂々と公的支援を受ける」と、ハラを据える
・ 親を担当する「地域包括支援センター(包括)」を探し、相談しておく(本書157ページも参考に)

2・親の介護に入る前に知っておくこと(前書96ページ)
・ 「老いた親を見ればイラつくのは当たり前」と知っておく
・ 近くにいることは「親孝行」の必要条件ではない
・ 「親孝行」が「呪い」にもなることを意識する

3・介護保険の申請前に意識しておくこと(前書144ページ)
・ 「代行」を活用して、仕事を休まずに介護保険を申請
・ 介護保険の「認定調査」のときだけはできるかぎり立ち会おう
・ 自分は親の介護の「経営者」だ、と自覚しよう

4・介護が始まる前に誓っておくこと(前書184ページ)
・ 「理想の生活態度」を親に押し付けない
・ 予想外の連続が介護。完全、完璧を求めない
・ トラブルは起きるときは起きる、と、大きく構える

5・親の施設入居を決める際に心得ておくこと(前書232ページ)
・ 介護の制度を完璧に理解する必要なし。ケアマネの知恵を借りよう
・ 親が入る施設を探すために最も重要なのは「時間」。予算ではない
・ 親への罪悪感から高い施設を選んではいけない。値段と品質は比例しない

6・親が施設に入ったら肝に銘じること(前書266ページ)
・ 介護のサービスと、ホテルの〝おもてなし〟は違う
・ 「つらければ会いに行かない」ほうが実は親にも優しい
・ 「人はいずれ死ぬ」という事実から逃げない覚悟を持つ

7・「親の介護」を機会に考えてみること(前書292ページ)
・ 介護が苦しく感じたら「成果主義で考えていないか」と疑う
・ 自分を支配している価値観はどこから来たのかを探る
・ 自分なりの「自己覚知」にトライしてみる

9・親と同居している場合に取るべき態度(前書335ページ)
・ 親と距離を取ることに「罪悪感」を持つ必要はない
・ 親に「困ってもらう」ことを恐れてはならない
・ 親と自分は別の「個人」だと認識する

(※8は省略させていただきます)

 従来の「親孝行」な介護とは逆の考え方が多いので、これだけ読んでもすっとのみ込みにくいところもあると思います。そういう方こそ本書を、よろしければ前書も、ぜひお読みください。あなたの介護がきっと楽になります。「親不孝介護」の体験者として、それだけは確信を持って、この本をお渡しいたします。

 ※本書に登場する皆様の役職、お仕事などは取材時のものです。敬称は一部略させていただきました。

編集Y(山中 浩之)

【おわりに】 ~いつか「あなたのせいではない」と伝わりますように

 「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 お母様を懸命に介護する息子さんが、何度も何度も謝っていました。
 聞けば、昨晩は夜中に何度も起こされ、トイレ介助をしたにも関わらず、今朝はシーツまでぐっしょり濡れてしまうほどの失禁があって、つい手荒にシーツ交換をしたところ、お母様がベッド柵に頭をぶつけて、たんこぶを作ってしまったそうです。

 当時、私は26歳の介護職員で、「訪問入浴」という介護保険で使えるサービスを担当していました。
 訪問入浴は、風呂おけを自宅に持ち込んで、寝たきりの方が寝たままお風呂に入っていただけるサービスです。息子さんは昼夜を問わず、お母様の介護を頑張っていました。おそらく、仕事は辞めてしまっていたのでしょう。2階の、陽光が燦々(さんさん)と入るリビングの真ん中に、電動ベッドが置かれていて、そこにお母様が寝てらっしゃいました。
 お母様は目ヤニもなく、とてもキレイにケアされていました。部屋はいつも片付いていて、息子さんが懸命に介護に取り組んでいる様子が伺えました。

 「あの親孝行な息子さんが? とても信じられない」

 当時はそんな気持ちでした。
 しかし、介護の仕事を続けていくうちに、息子さんは親孝行のために必死に頑張ったからこそ、手荒になってしまったのだということが分かりました。今なら息子さんに「こちらこそ、あなたのつらさに気付けなくてごめんなさい。もっとお声掛けできなくてごめんなさい」と言って差し上げたい。そう思います。

 訪問入浴は、1日に6~7軒のご自宅に訪問します。
 その折りにしばしば、不自然なアザを見つけたりしていました。時には、私の目の前で親を怒鳴ったり、叩いたりしてしまうご家族もいらっしゃいました。その行為に驚き、見るに見かねて割って入ったこともたびたびです。
 しかし、その場で止められたとしても、それは一時のことです。つらい場面を目の当たりにするたびに「ああ、また間に合わなかったじゃないか。自分は何もできないじゃないか」と、無力感でいっぱいになりました。
 「お母さんのために!」と、相手を大切な家族と思えば思うほど、親を嫌いになる状況に追い込まれてしまう。これは悲しすぎる。もっと早く、もっと手前で、介護との向き合い方を伝えなければ、家族による高齢者虐待は繰り返されてしまう。
 そう考えて、こちらから企業に出かけて、まだ介護が始まっていない人も含めて、介護セミナーや個別の介護相談をする今の仕事にたどり着きました。相談を繰り返していくと「ふぅ、今度は何とか間に合ったぞ!」と安堵するケースが増えてきました。

 ただ、社会全体に目をやると、状況はすこしも変わっていません。
 苦労して家族介護をしたことが「美談」として広く発信され、親孝行をと考えての家族介護の末に悲しい結末を迎えた事件が繰り返されていました。「やっぱり自分は何もできていない」。再び無力感でいっぱいになりつつあったところで、縁あって日経BPの編集Yさんと出会い、日経ビジネス電子版での連載を重ねていく中で、出版のご提案をいただきました。

 何度も議論を重ねる中で浮かんだタイトルが『親不孝介護』でした。
 一応、ミッション系の学校で福祉を学んだ自分が『親不孝介護』なんていう、辛辣なタイトルの書籍を発刊していいのだろうか? と、心の中で後ずさりしたのを覚えています。
 「家族は親の介護に距離を取ったほうがうまくいきます」とセミナーで伝えるだけで、「あなたには人間の血が通っているのか!」「親を大切に想う気持ちを否定するのか!」「どんな親でも、他人より家族の介護を望んでいる!」「苦労してこそ介護であることをなぜ理解できないのか!」などとセミナーのアンケートで書かれることもあり、誰かから批判されるのが、正直怖かった気持ちもあると思います。でも、他の「介護のハウツー」を伝える書籍に埋もれてしまっては、出版する意味がないとも考えました。

 書籍の刊行後、こうして様々な方と対談する機会を得て「親不幸介護」について議論をしたところ、自分で思っていた以上に共感していただきました。「介護はこういうもの!」という思考停止を「親不孝介護」という言葉で再起動し、そこに皆さんの知見が重なっていくと、議論がこんなにも深く発展していくのか、と、驚きの連続でした。そして「ああ、やっぱりこの考え方は間違っていない」と確信できて、私の気持ちをかなり軽くしていただきました。あんなに不安な気持ちで出したのに、多くの方の協力があって、『親不孝介護』は版を重ね、そしてこうして続刊を出させていただくことができて、本当にびっくりしています。

 最近の企業での出張介護相談で繰り返し話をしていることがあります。
 「私は介護職として、かなりの無力感を抱えてきました。でも、今日あなたにこの話ができて、過去の無力感が解消できているのです。介護相談を利用してくださって、本当にありがとうございました」
 皆さん一人ひとりが「わたしたちの親不孝介護」として当事者意識を持ってくださったら、あなたにしかできない親孝行にたどり着けるのではないでしょうか。誰もが無理なく親孝行ができる社会を、次の世代に引き継ぐために、皆さんでその一歩を踏み出していきましょう。そしてその歩みが、あのとき謝っていた息子さんに、いつかどこかで伝わりますように。

2023年11月 川内 潤(NPO法人となりのかいご代表)


【目次】

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