その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はハワード・マークスさんの 『市場サイクルを極める 勝率を高める王道の投資哲学』 です。

【はじめに】

 七年前、私は『投資で一番大切な20の教え――賢い投資家になるための隠れた常識』という本を著し、投資家が最大の注意を傾けるべき点について記した。そこで、「一番大切なのは、サイクルに注意を向けること」と書いたのだが、実はこの「一番大切なのは」というフレーズは、ほかの一九の要素に関しても用いた。投資において、たった一つの最も重要なことなど存在しない。同書で論じた二〇の要素一つひとつが、成功を願う投資家にとって絶対に欠かせないものなのである。

 ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)グリーンベイ・パッカーズの伝説的なヘッドコーチ、ビンス・ロンバルディは、「勝利がすべてなのではない。勝利にしか価値はないのだ」という名言で知られる。ロンバルディの真意は知る由もないが、一番大切なのは勝つことだと考えていた点は疑いない。私としては、ロンバルディのように、サイクルを理解することが投資においてすべてである、あるいは唯一価値のあることである、とは断言できない。だが、それが二〇ある中で最重要項目に間違いなく一番近い要素だと考えている。

 これまでに私が知り合ったすぐれた投資家の大半は、サイクルが一般的にどのような動きをするか、そして今、サイクルのどこに位置しているのかを察知する類いまれな感覚を身につけている。こうした感覚のおかげで、先行きに備えたポートフォリオを組むという卓越した仕事を成し遂げているのだ。私の会社オークツリー・キャピタル・マネジメントの成功も、大部分がサイクルのタイミングをうまくとらえること(そして、そこに効果的な投資アプローチと非凡な人材という要素が組み合わさること)によって実現したものだ。

 こうした理由から、また個人的にサイクルの変動に並々ならぬ興味をかきたてられていること、顧客に特によく聞かれる質問が「今、サイクルのどこに位置しているのか」であること、そしてサイクルの根本的な性質について書かれた文献がほとんど存在しないことから、私は『投資で一番大切な20の教え』の続編として、サイクルとは何かというテーマに的を絞った本を書く決意をした。役に立つ一冊だと思っていただけたら幸いである。

 我々が生きる世界には、繰り返し生じては我々の行動や生活に影響を及ぼすパターンや出来事がある。たとえば、冬は夏よりも寒く、雪が降りやすい。昼は夜よりも明るい。だから人は冬にスキー旅行を、夏に船旅を計画し、昼間は仕事や娯楽に時間を費やして、夜に睡眠をとる。夕暮れが迫ると明かりをつけ、寝るときに消す。冬が近づけば暖かいコートを、夏が来れば水着を出す。中には、爽快感を味わおうと冬に海で泳いだり、昼の時間を自由に使いたくて夜勤を選んだりする者もいるが、大多数の人は通常の周期的なパターンに従って活動し、日々の生活をすごしやすくしている。

 我々人間は、決断を下しやすくしたり、利益を増やしたり、痛みを避けたりするために、パターンを認識し、理解する能力を用いている。重要なのは、我々が繰り返されるパターンに関する知識を頼みとしており、だからこそ一つひとつの決断をゼロの状態から下さずに済んでいるということだ。アメリカ人はハリケーンが九月に最も発生しやすいと知っており、その時期にカリブ地域へ行くのを避ける。ニューヨーカーは、ニューヨークよりも現地の気温が高くなる冬に、フロリダ州マイアミやアリゾナ州フェニックスへの出張を計画する。また今が一月なら、毎朝起きるたびに今日は暖かいのか、寒いのか、何を着ればよいのかと考えなくても済む。

 経済や企業や市場もパターンに従って動く。そうしたパターンの中には、俗にサイクルと呼ばれるものがある。サイクルは自然発生的な現象に起因するが、重要なことに人間の心理の浮き沈みや、その結果生じた人間の行動に端を発する場合もある。人間の心理や行動はサイクルの形成においてきわめて大きな役割を果たすため、そのような要因から生じたサイクルは時計やカレンダーと同じほど規則正しくはならない。それでもそのサイクルは、特定の行動に好不調の波をもたらし、投資家に多大な影響を及ぼしうるのだ。投資の世界では、サイクルに注意を向けていれば優位に立つことができる。過去のサイクルを研究し、それらがどのようにして始まったのかを理解し、知識として取り込み、次に生じるサイクルへの警戒を怠らずにいれば、投資環境が変化するたびに一からやり直して把握する必要はなくなる。また、何らかの出来事で不意打ちを食らう危険性も低下する。繰り返し起こるパターンに習熟し、よりすばらしい投資家生活を送ることも可能なのだ。

 サイクルに注意を向けよ。これは私が何よりも強く伝えたいメッセージだが、「サイクルに耳を傾けよ」と言い換えるべきかもしれない。オンライン辞書のディクショナリー・コム(Dictionary.com)は、「耳を傾ける(listen)」という動詞について、関連性は強いが異なる二つの定義を示している。一つ目は「聞くために細心の注意を向ける」、二つ目は「留意する(heed)」である。どちらの定義も、私がこれから書こうとしていることに関連している。

 環境の変化(そして、それが市場の先行きに及ぼす影響)に対応できるようにポートフォリオを組むために、投資家は注意力を研ぎ澄ませつづける必要がある。出来事は、特定の環境内で活動する者すべてに平等に降りかかる。だが、そうした出来事にみなが同じように耳を傾ける、つまり注意を向け、認識し、そしてできることならば、その含蓄するものを見出すわけではない。

 また、みなが同様に留意することがないのも確かだ。この場合の「留意する(heed)」とは、「言うことを聞く、心に留める、従って行動する、肝に銘じる」という意味だ。「教訓を学び、その教訓が命じるところに従う」とも言い換えられる。「耳を傾ける」という意味で使う、この「留意する」のニュアンスは、その反意語を並べれば、よりうまく伝わるだろうか。反意語とは、無視する、ないがしろにする、軽視する、退ける、見過ごす、なおざりにする、敬遠する、あざ笑う、背く、耳を貸さない、聞く耳を持たない、注意を寄せない、である。いつだって、今、サイクルのどこに位置しているのかという点をないがしろにする投資家は、深刻な事態を招き、苦しむはめになるのだ。

 本書が伝えることを最大限に生かすには(そして最も効果的にサイクルに対処するには)、投資家はサイクルを認識し、評価し、どうすべきかをそこから読み取ろうとし、それが示すとおりに動く術(すべ)を身につけなければならない。このようにして耳を傾ける投資家は、サイクルを大混乱を引き起こす制御不能な荒々しい力から、理解し、乗じることのできる現象へと変えられるだろう。サイクルは、著しいアウトパフォーマンスをもたらす鉱脈にもなりうるのだ。

 成功をもたらす投資哲学は、数多くの必須要素が組み合わさることによってしか生まれえない。

● 会計、金融、経済などの分野の知識や技能が投資哲学の土台となるが、それらは必要条件であり、決して十分条件ではない。

● 市場がどう動くかという点に関する見解は重要であり、投資を始める前に有しておくべきだが、投資活動を進めるなかで補足したり、問い直したり、磨きをかけたり、新たにしたりする必要がある。

● 当初の見解には、それまでに読んだ書物から得たものがある程度、反映されるだろう。読書は投資家に必要不可欠な基本要素だ。読書を続ければ、魅力的だと感じたアイデアを取り入れ、取るに足らないアイデアは切り捨てることによって、自身の投資アプローチの効果を高められる。重要なのは、投資という分野に固執せず、他の領域の本を読むのが役に立つという点だ。伝説的な投資家のチャーリー・マンガーは、さまざまな分野の本を読むことの利点をよく説く。他の分野における歴史や物事の変遷を知ることは、効果的な投資アプローチや決断に一段と寄与しうる。

● 投資家仲間との意見交換は、かけがえのない成長の源となる可能性がある。投資の非科学性を考慮すれば、学ぶべきことに終わりはない。見識を独り占めする個人もいない。誰とも交わらずに投資を行うこともできるが、そうした孤独な投資家は情報の面でも、対人関係の面でも見失うものが大きいと私は考える。

● 最後に、何と言っても経験に代わるものはない。私自身、投資に対する考え方は毎年変わっている。そして、その時々のサイクルを切り抜けてきた経験から、次に生じるサイクルにどう対処すべきかを、おのずと学んできた。読者には、投資家生活を長く続けるよう勧めたい。

 すぐにでもやめる必要などない。

 こうして本を執筆することで、これまで自分の投資観と職業人生模様に多大な影響を与えてくれた人々へ感謝の意を表する、願ってもない機会に私は恵まれた。

● 私はピーター・バーンスタイン、ジョン・ケネス・ガルブレイス、ナシーム・ニコラス・タレブ、チャールズ・エリスの著作から、非常に多くのことを学んできた。

● これまで『投資で一番大切な20の教え』や顧客向けレターなどでセス・クラーマン、チャーリー・マンガー、ウォーレン・バフェット、ブルース・ニューバーグ、マイケル・ミルケン、ジェイコブ・ロスチャイルド、トッド・コームズ、ロジャー・アルトマン、ジョエル・グリーンブラット、ピーター・カウフマン、ダグラス・カスらの言葉を引用してきた。その一部は、本書でも取り上げている。また、子どもの都合を優先し、二〇一三年に家族そろってニューヨークへ引っ越したことで、幸運にもオスカー・シェーファー、ジム・ティッシュ、アジット・ジェインと出会い、新たな刺激を受けた。これらの人々の物の見方は、私自身の物の見方に広がりをもたらしてくれた。

● 最後に、とりわけ大切な協力者たちにあらためて感謝の意を表したい。オークツリーの共同創業者であるブルース・カーシュ、シェルドン・ストーン、リチャード・マッソン、ラリー・キールだ。光栄にも、私の哲学をオークツリーの投資アプローチの礎(いしずえ)とすることを受け入れ、みごとに生かし(そして認知度を高めることに成功し)、三十余年にわたってともに歩むなかで、それをさらに強固にする手助けをしてくれた。本編をお読みいただければわかるように、この三十余年間、ブルースと私は毎日のように互いに意見を交わし、支え合ってきた。そして、(とりわけ非常に厳しい時期における)この持ちつ持たれつの関係が、この本のテーマであるサイクルに対するアプローチを築くうえで、欠くことのできない要素となってきたのである。

 本書の出版にあたり、重要な役割を担ってくれた人たちにも、お礼を言いたい。HMHの有能な担当編集者リック・ウォルフ、リックを紹介してくれた優秀なエージェントのジム・レビーン、事あるごとに本書がより魅力的になるよう、後押ししてくれた親友カレン・マック・ゴールドスミス、そして長年にわたり私を強く支えつづけてきてくれたアシスタントのキャロライン・ヒールドの諸氏だ。最後に、シカゴ大学ブース・スクール・オブ・ビジネスのランドール・クロズナー教授が、景気サイクルと政府の干渉について論じた第4章と第5章に目を通してくれたことを特記しておく。

 知識は蓄積されていくものだが、あらゆる知識を身につけるのは不可能だ。だから私は、今後さらに自分の知識が深まることを楽しみにしている。投資の世界では、つねに通用するものなどない。環境が絶えず変化しているうえ、それに対応しようとする投資家の取り組みがさらに変化をもたらすからだ。だからこそ、これから先も今の自分にない知識を身につけていきたいと思っている。そして、顧客向けレターや本を通じ、みなさんとそれを共有する日を心待ちにしている。


【目次】

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