その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はシモーヌ・ストルゾフ(著)、大熊希美(訳)の『 静かな働き方 「ほどよい」仕事でじぶん時間を取り戻す 』。大熊希美さんの「訳者あとがき」をお届けします。

【訳者あとがき】

 仕事は楽しいし、やりがいも感じている。それでも深夜の帰宅途中や、休日なのに仕事に手を付けてしまっている時に、「なんで私こんなに頑張っているんだっけ?」、あるいは「私から仕事を取ったら何が残るんだろう」とふと虚しくなったりすることはないだろうか。

 私は正直、何度もある。

 これは行き過ぎた仕事主義に伴う症状のようだ。本書では仕事を崇拝している人のことを「仕事主義者」と呼んでいる。日本でこれに近い概念は「社畜」かもしれない。そして本書は、そんな元仕事主義者たちのストーリーを軸に、仕事主義が世間で広まった背景と、それを加速させている人々の思い込みを指摘している。

 著者のシモーヌ・ストルゾフも自分のことを仕事主義者だという。理想の仕事を求めて広告会社やスタートアップで働き、デザインコンサルタント会社IDEOのデザインリードとなった。そしてそこでフルタイムで働きながら、この本を執筆した。自分だけでなく、他の多くの人たちにとって仕事がアイデンティティになった理由を知るためだったという。

 現代人が働きすぎているのは人々の価値観や宗教観、社会の風潮、企業の慣習の変化によるものだと、シモーヌは指摘する。もちろん、本書は米国の話なので日本と共通する部分も異なる部分もある。

 プロテスタントに根ざした宗教観は異なるかもしれない。とりわけ大きな差異を感じたのは「愛社精神」や「会社は家族」という言葉の意味合いだ。本書では米国におけるそれらは主にスタートアップの特徴のように書かれているが、これらは、かつて終身雇用を前提としていた日本企業ではもっと根深いものであったはずだ。

 このように本書の各章で取り上げられている要素は、日米で多少の違いはある。とはいえ、人々の仕事観に仕事主義の加速が大きな影響を与えている点は共通するだろう。もうひとつ、仕事主義を加速させている大きな要素をシモーヌは指摘している。それは「仕事で成功することこそ人生での成功」「肩書きは社会的ステータス」「長く働くほど多くを達成できる」「やりたいことを仕事にすべき」といった個人の思い込みや信念だ。がむしゃらに頑張って働けば、お金も肩書きも手に入り、自己実現ができて幸せになれる。意識的だろうと無意識だろうと、いつの間にか刷り込まれたそのような考えが人を仕事主義に駆り立てているのだと。

 私自身、「仕事第一」の仕事主義者だった。スタートアップでは自社のウェブサービスを多くの人に使ってもらうことに、ウェブメディアでは書いた記事をたくさんの人に読んでもらうことにやりがいを感じていた。成果や収入が上がれば上がるほど、自分の書いた記事が読まれれば読まれるほど、自信が増し、自分の価値が上がるような気がしていた。そしてこの先も仕事を辞めるなんてありえないと思っていた。

 実は、新卒で入った会社はメンタルを病んで2年経たずに辞めている。その時は、足元の世界ががらがらと音を立てて崩れるような感じがした。今思えば、そう感じたのは、体が動かないとはいえ、無職で何もできない自分に何の価値も感じられなかったからだろう。

 だからこそ、再び働き出してからは、意味ある仕事をすることこそ重要だと思っていたし、仕事で価値を発揮しなければと本気で思っていた。身の回りにも同じように仕事第一に働いている人は多かったので、その考え方が間違っているとも思わなかった。

 しかし、それも永遠には続かず、疲れと燃え尽きを感じて仕事のペースを落とそうとフリーのライター・翻訳家になったのは5年前のことである。さらに近年はコロナ禍もあり、働き方を見直す時間を取ることができた。

 2023年6月、発売間もない本書の原著に出会ったのはそんな時だった。これまで自分がなぜ長時間、働こうとしていたのか、休みでもついつい仕事のことを考えて十分に休めなかった理由はこれだったのか、と自覚できてスッキリした気分になった。これ以上ないほど自分の人生においてぴったりのタイミングだった。

 もちろん、自分の思い込みを自覚したからといって、その日から劇的にワークライフバランスが整って楽になれるわけではない。でも、本書で引用されている「考えるだけでは習慣は変えられない。考え方の習慣を変えなければならない」という言葉の通り、働き方についての「考え方の習慣」、すなわち思い込みや信念を変えることこそ、より自分の生活に合った働き方を考え、実現していく第一歩なのではないかと思う。

 新卒入社した職場を辞めた時と、5年前にフルタイムの仕事を辞めた時とでは違ったことがある。足元の世界が崩れる感覚はなかったのだ。仕事を辞めてもすぐに死んだりしないとわかっていたし、仕事以外のことをする余裕ができて自分という存在に少しばかり自信を持てるようになっていた。おかげで視野を狭くしていた「仕事こそすべて」という思い込みが晴れ、目の前の景色がちゃんと見えるようになったのである。

 足元の地面は、そこにある。地面があるなら、これからどの道をいくかは自分で選べるはずだ。元仕事主義者の私にとって、このことを再認識できたことは大きい。そして仕事主義を続けるべきかどうか、迷ったり悩んだりしている読者にも、本書が仕事とのよい関係を築くきっかけとなれば非常に嬉しいと思っている。

 2023年11月

訳者 大熊希美

【目次】

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