その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は大竹文雄、内山融、小林庸平(編著)の『 EBPM エビデンスに基づく政策形成の導入と実践 』です。本書は週刊ダイヤモンドの2023年「ベスト経済書」(2023/12/23・30 新年合併特大号)にてランキング第14位に選出されました(2023年12月18日追記)。
【はじめに】
昨今、政策立案の現場やメディア、国会論戦などにおいて「エビデンス」という言葉を耳にすることが多くなった。そもそも、エビデンスに基づく政策形成(Evidence-Based Policy-Making, EBPMとする)とは何か。なぜそれは必要とされるのか。
従来の政策形成においては、経済学をはじめとした社会科学に基づく分析は必ずしも重視されてこなかった。ともすれば立案者の「直感」に頼ったり、関係者の要求に応えたりする形で政策が形成されてきた面もある。
しかし、急速な少子高齢化や人口減少、政府債務が GDPの2倍超となるなど財政の逼迫といった前例のない課題に直面しているなか、政策資源はできうる限り有効に利用する必要がある。したがって、実証実験などの科学的な手法に基づき政策オプションの効果を比較検討したり、政府が保有する公的統計を活用して政策の影響を予測したりするなど、より費用対効果の高い政策を実現する姿勢が求められる。すなわち、適切な手法を活用した政策の評価により質の高いエビデンスを創出した上で、そうしたエビデンスに基づいて政策立案を行うことが不可欠なのである。こうした取り組みは、なぜその政策を選択するのかについて国民に対して説明責任(アカウンタビリティ)を果たすという意義もある。
このような観点から、現在、EBPMの推進が求められている。とはいえ、「EBPMを始めよ」「エビデンスを出せ」などと上司や周囲からいわれて悩まれている政策担当者の方も多いと思う。「『エビデンス』とよく聞くが一体何なのか」と疑問を抱いている一般の方々も多いであろう。本書はそうした方々への道標となることを大きな目的としている。すなわち本書は、EBPMの基本的な概念や手法について解説した上で、米国・英国といった海外の事例や国内における実践例について具体的に解説することを通じて、そもそもエビデンスとは何か、EBPMはどのような手順で進めればよいのか、モデルとなるような事例にはどのようなものがあるのか、といったことについて有益でわかりやすい手がかりを提供したいと考えている。
本書の構成は以下のとおりである。
第I部では、EBPMの基礎として、その基本的な考え方を説明する。
第1章「EBPMとは何か」は、エビデンスや因果推論といったEBPMの基本的概念やその具体的な手順を説明した上で、全体的な政策プロセスの中でEBPMがどのように位置づけられるかを説明する。また、EBPMでは科学的エビデンスだけですべてが決まるわけではなく、科学者・政策担当者・市民の間のコミュニケーションも欠かせないことを指摘する。
第2章「『真価志向』の政策形成―因果推論と効果検証の考え方」は、ルービン因果モデルに基づき因果推論の基本的な考え方を説明した後、ランダム化比較試験(RCT)、差分の差分法、回帰不連続デザインといった主要な手法について解説する。これらの手法をEBPMに適用する際の留意点にも言及する。
第3章「医療におけるEBMからEBPMが学べること」は、EBPMの源流ともいえるEBM(Evidence-Based Medicine エビデンスに基づく医療)を概観するとともに、EBMにおけるいわゆるハイジャック問題への対応がEBPMに取り組む上でも重要となることを指摘する。
第4章「EBPM に死を!」は、EBPMが有効であるエビデンスは存在しないなど現状のEBPMに批判を加えた上で、公共政策の「機械化」といった代替構想を提示する。本章の主張はきわめて刺激的であるが、そこに政策決定が自動化されるユートピアを見るか、AIがビッグ・ブラザーとして市民を統制するディストピアを見るか、読者の見解が分かれるところかもしれない。
この第I部は理論的で抽象的な記述が多くなっているが、EBPMの基本的な考え方を理解していただく上で必要十分な内容を含んでいると考えている。
第Ⅱ部では、海外におけるEBPMの事例を扱う。
第5章「米国におけるEBPM」は、連邦労働省、ネバダ州教育省、ニューヨーク市とさまざまなレベルの政府におけるEBPMの実際について解説する。行政データの利活用とプライバシー保護の両立に向けた取り組みについても紹介する。
第6章「英国におけるEBPMと日本への示唆」は、英国政府におけるEBPMの実際について事前評価と事後評価の両面から説明した上で、政府エコノミストなどの専門職や予算責任局(Office for Budget Responsibility:OBR)やホワット・ワークス・センター(What Works Centre:WWC)といった独立的機関がEBPMに大きな役割を果たしていることを示す。英国のEBPMから得られる日本への示唆にも言及する。
第7章「国際開発分野におけるエビデンスに基づく実践の進展」は、国際的に開発分野で2000年代からEBPMが急速に進展した経緯について、「評価ギャップ」(施策の評価に基づくエビデンスの創出が十分になされない事態)への対応という観点を中心に解説した上で、日本の開発援助における取り組みと、国際的な経験から日本に対して得られる示唆について論ずる。
以上のような海外におけるEBPMの実態や代表的な事例は、日本においてEBPMが推進されるようになった背景を理解していただく上で、またEBPMの具体的なイメージを摑んでいただく上で有効だと考えている。
第Ⅲ部では、教育、環境・エネルギー、経済産業等の政策分野における日本国内のEBPMの事例を扱う。
第8章「教育におけるEBPM」は、尼崎市における教育分野のEBPMについて、同市の「学びと育ち研究所」の取り組みを中心に解説する。また、地方自治体におけるEBPMの意義と課題について、人材不足、知識不足、個人情報保護といった課題を挙げた上で、それらの課題への対処方策を考察する。こうした先進的取り組みの事例は、EBPMを導入しようとする自治体への大きな参考となろう。
第9章「環境・エネルギーにおけるEBPM」は、環境・エネルギー政策に対するEBPMの意義や、日本の同政策における事後評価とRCTの代表的な事例について解説した後、著者が「EBPM のジレンマ」と呼ぶ倫理的な課題と、それを乗り越えるための提案について論ずる。
第10章「経済産業政策におけるEBPM」では、RIETIの政策エコノミストが効果検証を行った諸事業、具体的には、女性活躍推進のための「なでしこ銘柄」選定が株価に与える効果、JETROによる輸出展示会・商談会への参加支援の効果、小規模事業者への持続化補助金の効果等についての分析が紹介されている。
第11章「広島県におけるEBPM推進の歩み」では、同県におけるEBPMの取り組みについて、EBPM導入の準備期・試行期・実装期のフェーズごとに、その経緯や新たな仕組みを機能させるために工夫がなされた点などを具体的に紹介している。現場から提供された貴重な情報は、EBPM推進の体制づくりに有益な示唆を与えよう。
第Ⅳ部では、EBPMとの親和性が高いとされるナッジを扱う。第12章「ナッジとは何か」では、ナッジの基本的な考え方と、日本版ナッジ・ユニットBESTの取り組みについて解説する。同章に述べられているとおり、ナッジとは「特定の決断や行動をするようにそっと説得・奨励する」政策手法である。人々の自発的な選択を重視し、費用対効果も高いので近年注目を集めている。
第13章「地方自治体におけるナッジ」は、横浜市行動デザインチーム(YBiT)の事例を中心に、地方自治体におけるナッジの取り組みを紹介する。人材、組織、専門家との連携など同チームの体制とその普及戦略を分析し、全国自治体へのナッジの展開方法に関する示唆について論じている。
第14章「豪雨災害時の早期避難促進メッセージの作成と効果検証」は、豪雨災害時の早期避難促進メッセージとしてどのようなものが有効かという点について、広島県における調査に基づき行動経済学の観点から効果検証を行った結果を紹介している。
第Ⅳ部の各章は、国や自治体において今後活用が進むと期待されるナッジについて理解を深め、その導入を促進することに大きく貢献すると考えている。
最後に、「終わりに──EBPM 定着のための条件とは」として、EBPM定着のための条件について、本書全体の内容を振り返りつつ考察している。
以上のように本書はさまざまな角度からEBPMにアプローチしているので、必ずしも最初から最後まで通読していただかなくてもよい(もちろん通読していただければ編著者としてはとてもうれしいが)。関心に応じて、次のように読んでいただきたい。
EBPMの全体像と基本コンセプトを理解したい場合は、まず第Ⅰ部第1章を読んでいただきたい。続く第2章は理論的な内容が中心となるが、因果推論の考え方はEBPMの理解に欠かせないので、こちらもできるだけ目を通していただきたい。さらにEBPMが導入された背景や海外での事例について知りたい方は、同部第3章や第Ⅱ部の各章をご覧いただきたい。
EBPMの実践に関心がある場合は、第Ⅲ部と第Ⅳ部の各章を見ていただきたい。国レベルの取り組みについては第Ⅲ部第9章、同第10章、第Ⅳ部第12章で、地方自治体の取り組みについては第Ⅲ部第8章、同第11章、第Ⅳ部第13章、同第14章でそれぞれ扱われている。これらの章はEBPMの組織体制づくりの経験も詳述しているので、今後EBPMを導入しようとする現場において是非とも参照していただきたいと考えている。
本書は、独立行政法人経済産業研究所(RIETI)における一連のプロジェクトの成果である。RIETIにおいては、山口一男シカゴ大学教授をリーダーとして、EBPMに関する以下のようなプロジェクトを進めてきた。第Ⅰは、「日本におけるエビデンスに基づく政策の推進」(プロジェクト期間:2017年2月6日から2019年1月31日)である。米国・英国といった海外の事例、労働・開発・教育といった各分野での取り組みなどについて計17回の研究会を開催した。第2は、「日本におけるエビデンスに基づく政策形成の定着」(プロジェクト期間:2019年4月15日から2021年3月31日)である。EBPMのガイドラインのあり方、防災ナッジやNPOによるEBPMの取り組みなどについて計10回の研究会を開催した。第3は、山口教授から編者(大竹文雄)がプロジェクトリーダーを引き継いだ「日本におけるエビデンスに基づく政策形成の実装」(プロジェクト期間:2021年7月19日から2023年12月31日)である。
これらのプロジェクトでは、研究成果を社会的に発信するために、以下のようなシンポジウムを5回にわたり開催した。2017年12月19日の「エビデンスに基づく政策立案を推進するために」と題するシンポジウムでは、英米の事例、開発分野や経産省におけるEBPMの取り組みを明らかにし、活発な議論を行った。2018年12月14日のシンポジウム「エビデンスに基づく政策立案を根付かせるために」では、教育・医療・環境といった各分野におけるEBPMの取り組みなどについて議論した。2019年12月25日のシンポジウム「エビデンスに基づく政策立案を進展させるために」では、エネルギー・防災などにおけるEBPMの取り組みや統計不正問題についての議論を行った。2020年12月23日のシンポジウム「エビデンスに基づく政策立案を実践するために」では、少子化対策や電力システム改革に加え、新型コロナ対策とEBPMについての議論も行った。2021年12月23日のシンポジウムでは、「新型コロナ対策からEBPMを考える」では、新型コロナに経済学はどう立ち向かったのか、専門家
の関わりはどうあるべきかを議論した。
本書が、EBPMに取り組もうとしている方々に何らかのヒントを提供し、日本における EBPM の推進にいささかでも役立つことを期待している。
2022年11月 編著者一同
【目次】
