その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は出口治明さんの『 一気読み日本史 』です。

【はじめに】

 『一気読み世界史』という本を数年前に出したところ、『一気読み日本史』も読みたいという声をいただき、この本を書くことにしました。その名の通り、一気に読める日本史です。
 人類の起源から今に至る長い通史を、短時間に凝縮して読むというのは、素晴らしい体験です。歴史を学びはじめたばかりの人にも、歴史が大好きで、すでにたくさんの本を読みこんでいる人にも、わくわくどきどきする興奮と深い気づきを呼び起こします。

とうとうたる歴史の「大きな流れ」と「水たまり」

 日本という地域に絞って歴史を振り返ることには、どんな意味があるでしょうか。
 世界はすべてつながっていて、世界の歴史は、ひとつながりの物語です。だから本来、世界史と日本史とか、古代史と現代史とか、政治史と文化史などと分けたりしないで、すべて丸ごと一気通貫で理解したほうがいいと、僕は考えています。
 そうはいっても、世界は広く、いろんな場所で、いろんな面白いことが日々、起こっています。だから、ある地域で起こった面白い出来事を、時間を超えて集めたい気持ちも自然と湧き、それらを実際、集めて読むのは、楽しいものです。
 その楽しさは、日本にかぎらず、世界のどこの地域でも変わりません。僕の郷里の三重県美杉村(現・津市)の「美杉史」も、しっかり編纂してみれば、なかなか面白いだろうと思います。

 歴史には、とうとうと流れていく大きな流れがあります。一方で、大きな流れから独立した「水たまり」のような事象もあります。
 とうとうと流れていく大きな流れとは、例えば、地球の気候変動と大国の興亡の関係、あるいは、産業革命と国民国家の成立といった大きなイノベーションです。詳しいことは本編に譲りますが、これらのように大きな流れを変えた事象として特筆すべきことというのは、文字に記録を残してきた人類5000年の歴史のなかで、それほど多くありません。
 それに対して、水たまりの物語は、無数にあります。日本史ならば、例えば、「藤原家バトルロワイヤル」です。

水たまりに映る人間という生きものの面白さ

 ファイティングスピリットにあふれる藤原家の人々は、平安時代、親族同士が互いに蹴落としあう、バトルロワイヤルを繰り広げました。
 そこで大勝利を収めたのが、藤原道長です。なぜかというと、道長は、たまたま子どもがたくさん生まれて、娘たちを天皇と結婚させることができました。しかも自分が長生きしたので、晴れて天皇のおじいさんとなり、我が世の春を謳歌しました。
 ところが、その子の頼通は、娘を天皇と結婚させたものの、孫が天皇になることはなく、人生が暗転します。
 藤原家バトルロワイヤルのルールは3つです。ゲームプレイヤーに、娘が(多く)生まれるかどうか、生まれてきた娘が天皇の子を産むかどうか、さらにプレイヤー自身が長生きするかどうか。この3つで勝負が決まりました。
 当事者にとっては身もだえするほどの大問題でしょうが、考えてみれば、たわいもないルールです。そして世界の歴史の大きな流れからすれば、水たまりのような話でしょう。
 しかし、そんな水たまりに映るあれやこれやの景色のなかに、人間という生きものの、なんともいえない面白さがあります。

1853年に起きた「日本の大事件」と「世界の大事件」

 歴史の大きな流れをマクロと呼び、水たまりをミクロと呼んでもいいでしょう。
 歴史にはマクロとミクロがあって、どちらも面白い。
 それが、僕が日本史の本を書く大きな理由です。日本史の面白さは──どこの地域史もそうですが──マクロとミクロが入り組むところにあります。

 日本の歴史をざっくりと捉えるなら、1853年のペリー来航の前後で、大きく分けられるでしょう。
 1853年までの日本にとって、対峙すべき「世界」とは、専ら中国、それに加えて朝鮮半島があるくらいでした。そこに西欧列強の国々、なかんずくアメリカが、とんでもない存在感をもって加わったメルクマールが、ペリー来航という事件です。
 このとき、日本の政治の責任者は、まだ30代の阿部正弘でした。阿部正弘はそれから1年、考えに考え抜いて、200年以上続いた鎖国を解きました。英断だったと思います。
 しかし、とうとうたる世界の歴史の流れからすれば、阿部正弘の熟慮も決断も、水たまりのなかの出来事でした。世界の歴史の大きな流れを変えた1853年の大事件といえば、なんといってもクリミア戦争です。ペリー来航後の日本の運命も、クリミア戦争によって大きく変わります。
 考えに考え抜いたはずの阿部正弘の思考の枠内に、クリミア戦争はありませんでした。
 阿部正弘が考えに考え抜いたという事実や、その結果、下した決断に、意味がなかったわけではありません。それどころか、明治以降の日本が驚くべきスピードで西欧列強にキャッチアップする大事な礎となりました。しかし、日本の運命を、それ以上に大きく左右したのは、阿部正弘の考えの枠内にまったくなかったクリミア戦争だったのです。
 阿部正弘の熟慮と決断は、とうとうたる大きな歴史の流れと小さな水たまりの結節点に位置します。
 だから、地域史は面白い。そう、僕は思います。この本は、歴史のマクロとミクロの結節点に注目します。

日本の歴史を分ける「68の符合」

 一般的な話をすれば、日本の歴史は、古代、中世、近世、近現代の4つに、よく分けられます。歴史はひとつながりの物語ですから、分けなくてもいい気もしますが、分けるとわかりやすいのも確かです。そして、日本の歴史をこの4つに分けたとき、ちょっと不思議で、面白いのが、「68の符合」です。
 古代と中世の区切りは、1068年、藤原氏を母としない後三条天皇が即位したときと考えられています。
 そして、中世と近世の区切りは、1568年、織田信長が京都に入ったときとされています。
 近世の終わりがいつかというと、また難しいですが、江戸城が無血開城され、明治元年を迎えた1868年としてもいいでしょう。
 いずれも「68」で終わる年で、中世はちょうど500年、近世が300年です。わかりやすいですね。
 本書は、この4つの時代に分けて、日本の通史を一気に見ていきます。

もしも、楽観主義者が日本の歴史を書いたら?

 この本を書いている今(2025年)の日本の経済力は、1人当たりGDP(国内総生産)で測れば、世界38位です。
 この先、この順位が、35位、30位へと上がっていくのでしょうか。それとも40位、45位へと下がっていくのでしょうか。
 どちらになるにしても、それは日本の運命ですが、僕は、上がっていくと思っています。日本の未来を楽観しています。なぜかというと、僕は楽観主義者だからです。日本の未来を楽観するのは、僕の性格の問題でしかありません。けれど、そんなところにこそ、この本を書く意味がある気もしています。
 僕らの住む地球は、いつかなくなります。それ以前に、あと10億年もすれば、地球上の生命は死滅するというのが、今の科学の常識です。
 これを「10億年後には人類は滅びる」と見るのが悲観主義で、楽観主義者は「そのときまで人類は栄える」と見ます。
 これまでの人類の歴史が5000年だとしたら、10億年は、ほぼ無限大の長さです。「先の戦争」における日本の敗戦も「失われた30年」も、一瞬の出来事のようなもので、僕らにとって人類の未来は無限大です。いつか生命が滅びるとしても、いつか地球がなくなるとしても、明るい絵図面はいくらでも描けます。
 明るい絵図面を描くためのヒントは、歴史のなかにたくさんあります。だから、日本の未来は明るいと思います。

日本を見る目の解像度を上げる

 日本列島に生きる人々の長い長い歴史を、気軽に俯瞰できる1冊にしたいと思って、この本を書きました。
 日本の歴史の大きな流れが、頭にあれば、さまざまな日本の面白い人物や時代、事件を描いたフィクションやノンフィクションを、より深く楽しく味わうことができるでしょう。今の日本に起きている出来事の背景も、よく見えてきます。目に映る世界の解像度が上がります。
 『一気読み世界史』のときは、なにしろ世界の歴史を俯瞰するわけですから、とにかく大きな流れを追いました。それと比べると、日本という小さな国に焦点を当てたこの本は、水たまりのようなエピソードも多くなり、だから、少し長くなりました。けれど、舞台はずっと日本ですから、場面の切り替えが多い世界史より、通読しやすいでしょう。一気に読むのに、ちょうどいい1冊になったと思います。
 僕は歴史の専門家ではなく、一介の歴史好きです。会社員として働いたり、起業したり、大学の学長になったり、入院して長い休暇をもらったりと、一人の市民として働き、生活するかたわら、歴史の本を愛読し、世界を旅してきました。そうした経験を踏まえて、この本を書いたわけですが、できるだけ正確を期して、新しい学説にも目を配りながら、書いたつもりです。

 皆さんの、忌憚ないご意見をお待ちしております。

 宛先メールアドレス:hal.deguchi.d@gmail.com

2025年11月吉日

立命館アジア太平洋大学 名誉教授・学長特命補佐
出口治明

【目次】

画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示