その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は立石敬之さんの『 史上最強のサッカー日本代表をつくるために僕はベルギーへ渡った 』です。
【はじめに】
「本日はシントトロイデンの1部残留を祝う会にご出席いただきありがとうございます」
この第一声で、ハイアットリージェンシー(東京都新宿区)のボードルームは笑いに包まれました。
2025年6月12日、「シント=トロイデンVV」のスポンサーが集うシーズン報告会の冒頭、サプライズゲストとして壇上に立ってくださったのは、サッカー日本代表の森保一監督でした。
「シントトロイデンのみなさんは世界の価値観の中で、日本の価値観で戦い、認めてもらい、そこで結果を出していくという素晴らしい挑戦をされています。我々日本代表にも多大な貢献をしていただいていると思います。選手は海外で活躍するために、シントトロイデンを通じて世界を知り、その上のステージに羽ばたいていく。そんな素晴らしい経験をするための環境作りをしていただいております」
森保監督のスピーチはちょっと褒めすぎではないかというくらいの内容で、厚かましい私でも、少々照れてしまいました。
シント=トロイデンVVというのは、ベルギー東部のシントトロイデンという人口約4万人の地方都市にあるプロサッカークラブで、ベルギー1部リーグに所属しています。日本のIT企業、DMM.comグループが2017年11月に経営権を取得し、私は翌2018年1月にクラブの最高経営責任者(CEO)に就任しました。
それから7年、主に日本企業のスポンサードに支えられてクラブは運営されてきました。終わったばかりの2024-2025シーズンは、2部降格ギリギリまで追い込まれましたが、なんとか1部残留を果たして、オフを迎えました。
最初のスポンサーパーティーは2019年1月、DMMの社内でささやかに開かれました。今年は140社以上が集まり、盛大に行われました。
世界で戦う日本サッカーの強化に貢献したい――。それが、私たちがシントトロイデンを運営する目的の1つでした。
クラブの経営権を取得して以降、シントトロイデンを経由して、多くの選手がビッグクラブに羽ばたいていきました。Jリーグ・アビスパ福岡からシントトロイデンに加入したディフェンダー(DF)冨安健洋はイタリア1部ボローニャを経てイングランド・プレミアリーグのアーセナルへ、浦和レッズから加入したミッドフィールダー(MF)遠藤航はドイツ1部のシュツットガルトを経て、プレミアリーグのリバプールに移籍しました。ドイツ1部フランクフルトで出場機会を失っていた鎌田大地もシントトロイデンから飛躍した1人で、現在はプレミアリーグのクリスタルパレスでプレーしています。
彼らは森保監督が率いる日本代表でも中心選手として活躍しています。シントトロイデンは日本人選手が本格的に欧州に進出するための経由地になりました。
ベルギーで欧州での戦い方に慣れた選手が、ドイツ、イングランド、イタリアなど欧州5大リーグといわれるトップリーグに進出して活躍する。このことで欧州における日本人選手全体の価値も上がりました。今、ベルギーリーグでは日本人選手ブームが起きていて、20人前後の選手がプレーしています。2022年のカタールW杯で16強入りを果たした森保ジャパンでは、遠藤、冨安、鎌田らシントトロイデン出身の選手が躍進の原動力となりました。
私にはこの7年間で、日本サッカーの強化に一定の貢献をしてきた自負があります。ただ、それは大きな目標の一部であるともいえます。
サッカーという手段を通じて、「日本」を世界に売り込む。プレーヤーだけでなく、監督やコーチ、緻密なクラブ経営の価値を認めさせる。そして、サッカーに限らず、日本のヒト、モノ、サービスを世界に広げる経由地となっていく――。それが最終的な目標です。
そして、その価値観を森保監督も共有してくれていました。スピーチでは、続けてこんな話をしてくれました。
「日本代表が世界一になりたいという目標を掲げる理由は、まず競技者として世界一になりたいということであります。さらに、日本のために世界一になりたいと思っております。サッカーはグローバルスポーツで、FIFA(国際サッカー連盟)は国連よりも加盟国・地域が多い中、世界一を争っています。ここでトップになることが、日本の存在感をさらに押し上げ、価値を高めることにつながると信じて我々は戦っています」
詳細は後述しますが、森保監督にも「ベルギーで腕を振るってください」とオファーを出したことがあります。そんな彼が我々と同じような目線でサッカー日本代表を率いていることを、とてもうれしく感じています。
今は、このチャレンジに当たって思い描いた目標の折り返し地点にいると思っています。
私は福岡県北九州市で生まれ、小学校でサッカーを始めました。長崎県の国見高校で全国優勝を果たし、社会人時代もJリーグで活躍することを夢見てプレーするサッカー選手でした。現役引退後はJリーグの大分トリニータ、FC東京で強化部長やゼネラルマネジャー(GM)を務め、チーム強化の責任を担ってきました。
なぜ、そうした日本での仕事をなげうって、ベルギーにやって来たのか。その経緯や、この7年半の出来事、選手やクラブ、企業との複雑な交渉事などを一度、振り返ってみたいと思います。元選手の私がコーチや監督ではなく、経営者としてサッカーと関わるようになったのも、このチャレンジのためだったのかと今は感じています。
「また、立石が大風呂敷を広げているぞ」。私の挑戦をそんなふうに見ていたサッカー関係者は多かったと思います。しかし、これは夢ではなく、勝算があっての選択でした。これまでの道のりを、そしてその先を、この本の中で語らせていただきたいと思います。
【目次】







