その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は安藤優一郎さんの『 15の街道からよむ日本史 』です。
【プロローグ】
道は人生に喩(たと)えられることも多いが、日本史をひも解くと、道つまり街道を舞台に様々な歴史が生まれていることに気付く。どの道を選ぶかが、まさに歴史の分岐点となったことも少なくない。
備中国(びっちゅうのくに)に向かうため軍勢を率いて西国街道を進むはずの明智光秀が途中で道を変え、織田信長のいる京都・本能寺への道を突き進んで歴史が大きく変わったことなどは、そのシンボルのような事件だった。天正十年(一五八二)に起きた本能寺の変である。
街道はそんな歴史のドラマを生んだだけではない。逆に歴史が街道を生み出したこともあった。江戸幕府が誕生したことで、将軍のお膝元である江戸と各地を結ぶ街道が整備されたが、なかでも主要な五つの街道は五街道と定められ、街道の代名詞になる。日本橋を起点とする東海道、中山道、日光道中(街道)、奥州道中(街道)、甲州道中(街道)の五つである。
全国各地を走る街道を利用する目的は様々だった。
鎌倉街道のように武士たちに軍用道路として利用されることもあれば、江戸時代の大名が義務付けられた参勤交代の時のように、公用のため利用されることもあった。物資を輸送するため、あるいは寺社への参詣など余暇を楽しむためにも利用された。各目的専用の街道というわけではなく、公私にかかわらず様々な目的を果たすため兼用された。
街道は軍事的、政治的に利用されただけでなく、人々の経済・文化活動を支える道としても、日本の歴史をみつめてきた。言葉を発することはないが、歴史の証言者でもあった。
よって、街道の歴史をさかのぼることで、政権交代史にとどまらない日本史が浮かび上がってくる。政権所在地であった京都や鎌倉、そして江戸からは見えてこない歴史が露わになる。
本書はそんな問題意識のもと、日本列島を走る街道を十五のテーマで取り上げ、各地域の歴史を読み解くことで、学校では教えられることがなかった日本史の意外な事実を明らかにするものである。
本書執筆にあたっては、前著『賊軍の将・家康』に続いて日経BPの網野一憲氏のお世話になりました。末尾ながら、深く感謝いたします。
二〇二三年十一月
安藤 優一郎
【目次】





