その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は藤本隆宏さんの『 日本のものづくり哲学(増補版)(日経文庫) 』。「日経文庫版まえがき」と原著版の「まえがき」をお届けします。

【日経文庫版まえがき】

 拙著『日本のものづくり哲学』が日経文庫としてよみがえることになった。原著の発刊は二〇〇四年なので、二十年の時を越えての再刊である。原著、日経文庫化、それぞれに御支援いただいた多くの皆様に、あらためて深く感謝したい。本当にありがとうございます。

 そこで、私の研究活動(ほぼ一九八〇年代〜二〇二〇年代)を緯糸、その期間における諸産業の変遷・進化を経糸として、本書発刊後の約二十年を振り返ってみよう。

 この本は、私の研究遍歴の中で、企業の開発・生産組織能力の進化、および産業レベルの製品アーキテクチャに関する一連の研究書(『製品開発力』〔藤本・クラーク 2009:原著Clank&Fujimoto 1991〕、『生産システムの進化論』〔藤本1997〕、『ビジネス・アーキテクチャ』〔藤本・武石・青島編2001〕、他)を英文・和文の単著・編著で出版した後、これらを一般読者向けの解説書としてまとめたものである。

 本書発刊の前の年の二〇〇三年に出版した『能力構築競争』(藤本2003)は、日本の自動車産業が持つ「設計の比較優位」、および一産業の競争・協調・紛争の相互作用を論じた「特定産業論」であった。これに対して、二〇〇四年の『日本のものづくり哲学』は、複数の産業にまたがる「設計の比較優位」や、企業がこれらの産業に関与する際の「アーキテクチャの位置取り戦略」などを論じた「一般産業論」という位置づけになる。

 私の学問的な立ち位置は、長年にわたって「産業の経営学・産業の経済学」である。その基本的な発想は、一産業を「同種の設計に依拠する付加価値の流れ」すなわち「設計情報の流れ」の総体と見ることである。付加価値(富)の流れを重視する点においては、アダム・スミス以来の古典経済学・生産経済学に通じる領域と考える(Fujimoto 2023)。

 このような産業経営学、例えば企業・産業レベルの生産管理論は、組織論や戦略論を主流とする現代経営学のなかでは、いわば「村外れ」に位置する。また「付加価値の流れ」を重視するタイプの産業経済学、例えば産業の進化経済学も、現代の標準的経済学においては「村外れ」に近いだろう。しかし、こうした辺境の学の多くは、それなりに、多彩な学際的交流ができて面白い面もある。ちなみに、私は前者については日本組織学会長、後者については進化経済学会長を拝命したが、あくまでも「村はずれの住人」としての請負仕事であった。

 産業の「現場」、例えば工場やサービス拠点は、一言で言えば「顧客へ向かって付加価値が流れる場所」である。そうした意味での現場を分析単位として実証研究を行うためには、理論研究や統計的実証研究に加えて、実際に現地に行って「付加価値の流れ」に関する因果関係を確認する必要がある。例えば私の場合、そうした工場訪問は、民間企業(株式会社三菱総合研究所)に在籍した一九八〇年代を含めれば約四十年間になり、年間数十カ所のペースとすれば、国内外で累計千カ所を優に超える。

 本書は『日本のものづくり哲学』という表題だが、いつから「ものづくり」という言葉を研究上のキーワードとして使うようになったか、実は記憶が定かでない。確かに本書の発刊当時、「ものづくり」という言葉は、ある程度は世間で流行っていた。そこには、二十世紀末〜二十一世紀初頭の「新世紀には時代が変わる」という昂揚感と、「日本経済は金融業では停滞に陥ったが、製造業の『ものづくり』は依然として強いんじゃないか」という期待感があったかもしれない。

 また、ちょうどそのころ、文部科学省の大型研究プロジェクト「21世紀COE」が動き始め、当時私が在籍した、東京大学経済学研究科の経営学グループがこれに応募し、「東京大学ものづくり経営研究センター(MMRC)」としてかなり大きな予算を獲得した。このMMRCが始動したのも二〇〇四年前後である。

 しかしその後、「日本の製造業はやっぱりだめじゃないか」という日本製造業衰退論や全面的空洞化論が、マスコミをはじめ、世の中の日本産業論議の中では再び強くなってきた。しかし、これらの悲観論の多くは、理論的・統計的・実態観察的な根拠の乏しい、やや気分任せの製造業悲観論であると私には見えたので、本書が出てからの約二十年間、私は、そうした「根拠の怪しい極端な製造業悲観論」を実証的・理論的に批判し続けてきた。結局、こうした過度な製造業悲観論は、その前の一九八〇年代における、これまた過剰な「日本製造業最強論」のまさに裏返しの極論として、冷戦終結後・バブル崩壊後の約三十年間、現れては消えていくことを繰り返していたのである。

 次に、産業史の方を概観しておこう。世紀をまたいで一九九〇年代からほぼ二〇一〇年代までの約三十年間は、日本の諸産業にとっては、一つの際立った特徴を持つ時代区分であり、私はこれを「ポスト冷戦期」と呼んでいる。今から考えれば、そのほぼ折り返し点である二〇〇四年に書かれたのが本書であった。

 その意味で本書は、私が一九八〇年代から二十一世紀初頭まで、実証分析の道具として積み上げてきた「組織能力論(Capability論)」「設計思想論(Architecture論)」「産業競争力論(Performance論)」のトリオ、つまり産業進化分析の「CAPアプローチ」を、「ポスト冷戦期」(今から考えればその前半期)の様々な産業現象に当てはめてみよう、という試みであった。

 既に述べたように、私の主たる学問的関心は、一九七〇年代の大学時代の農村調査に始まり、八〇年代前半の三菱総合研究所・産業経済研究室時代、八〇年代後半のハーバード大学博士課程での自動車製品開発国際調査、そして一九九〇〜二〇一〇年代の東京大学時代、そして早稲田大学に移った二〇二〇年代前半を通じて、一貫して、実証的・実践的な「産業の社会科学」であった。したがって本書も、一般読者向けとはいえ、ターゲットとしては、日々の産業競争に立ち向かうプロの産業人・企業人を意識していた。つまり、この本自体を、ある種の産業財と位置づけていた。

 本書の担当編集者である堀口祐介氏が、「ものづくり哲学」というこの本の命名をした。原著の本文に「哲学」という言葉自体は出てこないが、確かに、私が広義のものづくり産業を俯瞰し、かつ細部を見るための産業思想的な枠組み、いわば哲学を模索していた時期であり、この命名は絶妙であった。

 前述のように、本書発刊の二〇〇四年ごろ、東京大学の経営学グループの高橋伸夫教授、新宅純二郎教授、私の三人が起動させる形で、「東京大学ものづくり経営研究センター(MMRC)」が、国の「21世紀COE」「グローバルCOE」の大きな予算をもらってスタートした。東京大学の大学法人化の時期とも重なり、私の関心も大学キャンパスから徐々に大学の塀の外へと移り始めていた。言ってみれば「書を持って街に出よう」と考えた時代である。日本の大学法人が向かう方向とは少し別の方向に、小さいながらも、産業人や研究者が自由闊達に議論を交わす梁山泊のような場所を作りたいな、と考えたわけである。

 以上のように、この本では、私の産業経営学・経済学の基本的な分析枠組み(CAPアプローチ)が提示されていると同時に、この枠組を二十一世紀初頭の産業現象に応用してみんとする「時論」の側面もあった。この「時論」の部分については、発刊後、二十年も経っているので、その後の展開も含めて、当時の時代背景や現時点での批判的検討を、各章末に「解題」として追加説明していくことにする。

 いずれにせよ、この本が、二〇〇四年という「ポスト冷戦期」の中間地点で書かれたということを、歴史的背景として、読者諸兄に、多少なりとも意識していただければありがたい。

 そして、この日経文庫版が出る二〇二四年は、「ポスト冷戦期」の出口のあたりとも言える二〇二〇年代前半である。三十年近く続いた「冷戦」終結後のすさまじいグローバルコスト競争の中で、日本の価格・賃金が三十年近く据え置きとなった、強烈な「賃金・価格据え置きのプレッシャー」の時代の「出口」に、今は立っているのではないか、というのが、二〇二四年現在の日本経済・日本産業の状況である。

 その帰趨についてはまだ分からないが、戦後約四十年間の「冷戦期」という東西分断の時代と、その後約三十年間の「ポスト冷戦期」が終わり、冷戦期に蓄積された異常な日中賃金差などが約三十年をかけてほぼ解消し、生産性と賃金が比較優位による国際分業構造の骨格を規定するというような、貿易財製造業の世界にとっては「正常」な貿易構造(米中摩擦などの逆風を差し引いても)が戻ってくる時代に、この文庫版が発刊されるのだと言えるかもしれない。

 この「ポスト冷戦期」のいわば産業戦史が、どのようなものであったかについては、また別に論じたい(藤本編2024他)。とりあえず、二〇〇四年当時と二〇二四年時点において、変化した部分、変化しつつある部分、そして変化しない基底部分を意識して、これらの時代の産業の理論と現象を論じたい。

 言うまでもなく、サステナブル(S)・デジタル(D)・グローバル(G)な現象が密接に相互依存する「大きなSDG」の時代、産業現象は常に変化をしていく。しかし、使われている理論的なツールの多くは(オープン・アーキテクチャ領域においてプラットフォーム競争論などの大発展があったものの)、この二十年間、基本的にはそれほど変わっていないと私はみる。

 いずれ、この日経文庫版自体も時を経ていくが、未来の読者には、二〇二〇年代という、三十年続いた「ポスト冷戦期」の終わりという時代に、出版されたのだとご理解いただきたい。

 日経文庫版『日本のものづくり哲学』が出版された時点での時代背景は以上の通りである。本書の「CAP分析フレームワーク」が、二〇二〇年代以降の読者の皆様にとって、理論的・実証的・実践的な参考になるかどうか、要するに本書が産業進化分析にとって「使いもの」になるのかどうか。それは、後続の読者の皆様のご判断にお任せしたい。

二〇二四年、自宅書斎にて
藤本 隆宏

【まえがき】

 本書は、「ものづくり現場」から発想する戦略論とは何か、なぜ今の日本に必要なのか、どうしたら展開できるか、といったことについて私なりの考えをまとめたものです。ものづくりの現場ならばどこにでも存在する「設計」という概念にこだわり、「組織能力」と「アーキテクチャ」という二つのキーワードを柱に企業の実力を分析する、あくまでも現場発の戦略論です。

 それは、歴史を大事にする戦略論でもあります。戦後日本の多くの「ものづくり企業」は営々と現場を鍛え上げてきたが、その割に儲からないことが多かった。それでも愚直に鍛えつづけた。そういう歴史の成り行きを受け入れ、逆らわず、その延長線上に「強い工場・強い本社」という将来のあるべき姿を構想する戦略論を、本書では心掛けました。

 これまで私が書いたりまとめたりした本には、一社に焦点を絞った「トヨタもの」(例えば『生産システムの進化論』〔藤本1997〕)、一産業を通観した「自動車もの」(例えば『能力構築競争』〔藤本2003〕)、そして産業を超えて分析した「産業一般もの」(例えば『ビジネス・アーキテクチャ』〔藤本・武石・青島編2001〕)があります。本書は、第三のジャンルにあたります。また、「歴史もの」か「現状分析もの」か「未来予測もの」かと言えば、「現状もの」と言ってよいでしょう。さらに、細かい「現場管理論もの」(例えば『マネジメント・テキスト 生産マネジメント入門』〔藤本2001〕)か「戦略論・産業論」かと言えば、後者です。つまり、本書は「業種横断的な戦略論の現状分析」という位置づけになります。

 私は元来、技術管理論や生産管理論など、現場に近いところの経営学を専門にしてきた学者です。大学を出て民間企業で調査マンをやり、それからアメリカの大学で技術・生産管理論を学び、それから日本の大学の文科系の学部で「ものづくり系」の経営学を教えるようになったのですが、その間、企業の開発部門や工場を実地調査する活動をずっと続けてきました。民間にいたころはクライアントからの依頼でテーマが決まりますから勝手な調査はできませんが、結果的には、日本やアメリカや中東の自動車工場、韓国の製鉄所、浜松一帯の中小企業、日本全国の漁船造船所など、現場の実地調査を随分やることになりました。

 アメリカの大学にいた数年間は、世界中の自動車メーカーの製品開発組織に出入りし、工場調査はしばらくお休みでした。その後日本の大学に帰ってからは工場の実地調査を再開し、主に内外の自動車工場・部品工場を研究しましたが、途中からは、指導する学生のテーマが広がっていくのに応じて、いろいろな産業の工場に出入りするようになりました。製品開発調査のほうも同様に、エレクトロニクス、繊維、プロセス産業などへと対象を広げていきました。対象となる現場も、自動車に関しては欧州、東アジア、アセアン、南米などへと広がっています。

 いずれにしても、ほぼ四半世紀、ものづくり現場を見る、という基本動作を続けてきたわけです。最近は、平均して週一回ぐらいのペースでどこかの現場を見ています。ざっと勘定すれば、訪問したものづくり現場の数は、おそらく千は超えると思います。現地調査で私がお会いするのも技術者や工場の現場管理者の皆さんが中心で、会社のトップ層とお会いする機会が増えたのは、ようやくここ数年のことです。

 こういう経歴ですから、本社のトップが考えるべき経営戦略論などは専門外で、それはもう少し視野の広い研究者に任せておけばよいと考えてきました。仮に、日本経済が一九九〇年代も勢いを保ち、工場も技術者も元気な状況が続いていたら、おそらく私は現場分析の細かいところにどんどん入り込んでいって、実地調査オタク的な研究者となっていたでしょう。実際、今もその気はあります。

 ところが、私がアメリカから戻った九〇年ごろから日本経済はだんだんおかしくなってきました。製造業に対する一般の論調もどんどん暗くなり、果ては「日本の製造業なんてもうおしまいだ」みたいな終末論まで出てきました。むろん、ものづくり企業の経営が資金面や受注面で概して厳しくなったのはそのとおりですが、「それと現場の実力の話は別だよ」というのが、その間もずっと生産や開発の現場を見ていた私の率直な印象でした。つまり、こと日本のものづくり産業論に関する限り、当時の主流の論調に対する私の違和感は、どんどん大きくなっていったのです。

 その一方で、九〇年代になると、海外からいろいろなヨコ文字やアルファベット三文字の経営手法が入ってきて、毎年のようにブームを起こし、半年でブームが去る、というようなことが繰り返されました。ジャーナリストも、アナリストも、コンサルタントも、私達学者も、果ては産業人自身も、多くは右往左往の体でした。むろん新しい手法の伝来自体は歓迎なのですが、それらが確実に積み重なっていかず、むしろ、拾っては捨て拾っては捨ての「賽の河原の石積み」の感がありました。

 こうして十年近くも積み重なり溜まっていった違和感は、「日本のものづくり企業にマッチした戦略論が不在だ」という、一塊の考えに合流していきました。実際、ここ数年は、あちこちでこれについて断片的に話をしたり書いたりするようになりました。それならばこの際、それについて一気にまとめて話してしまおう、というのが本書です。要するに、本書で主張したいのは、「ちょっとやそっとではぶれない、ものづくり現場発の戦略論」。これに尽きます。

 ですから本書では、厳密な実証研究よりは、「この際どうしても聞いてほしいこと」を優先しました。もう少し測定や実証をきちんとやった本もそのうち書きたいと思っていますが、今回はとりあえず自己主張優先で、勢いと直観でどんどん書き進むことにしたのです。

 そうした動機で書かれた本なので、読んでお気づきのように、本書はしゃべったようなスタイルで書いてあります。「分かりやすさ」と「勢い」を得るためです。実際、本書のおおもとになったのは、私が何カ所かで行った講義や講演の口述記録です。結果的にはほぼ全面的に書き直したので、もとの口述記録の原形はあまり留めていませんが、スピリットとしては、あくまでも、これまで話してきたことをベースに、話したように書いたわけです。

 原則として手許になるべく資料をおかず、講演録などの口述記録のみを出発点として、私が平生あちこちの授業や講演や会合で話していることを、直接頭から絞り出す形で一気呵成に書き足しました。さすがにそれだけでは不正確なので、あとから資料を見たり人に聞き直したりして修正はしましたが、基本的には、普段アドリブ的に話していることを題材として書いたわけです。ですから、記憶違いや思い違いも多少あるかも知れませんが、あえて勢いとリズムを優先させましたので、その点ご了承ください。

 私の知る限り、私の講義や講演などに対する評価は、「実例が多くてよい」「分かりやすい」「早口で聞き取りにくい」「繰り返しが多くてくどい」「時間が延びて困る」など様々です。良かれ悪しかれ本書にも、そうした私のしゃべりの癖が少なからず反映していると思われます。しかし、本書で言いたかった「現場発のものづくり戦略論」をできるだけストレートに読者の皆さんにお伝えするには、やはりこのスタイルでよかったのではないかと思います。

 半面、その道の専門家から見ればおかしなことを言っているかもしれません。半導体、ソフト、プロセス産業、繊維産業など、その道のプロとお話ししたときの耳学問などもかなり入っています。どなたから聞いたか忘れてしまったけれども気に入った話として私の頭に定着し、人に話しているエピソードもあり、その意味では、引用が万全でない可能性もあります。この点、関係者にはご了承いただきたいと思います。

 いずれにせよ今回は、現段階で言いたいことをできるだけ全部言い切ることを優先しましたので、専門の研究書であれば踏み込まないような他人の領域にも挑戦しています。ですから、領空侵犯もあり、慣れない分野の話で恥をかいているところもあるでしょう。その点もご了承ください。口述体にしたのは、言いたいことを言いきるための「勢いづけ」でもあったのです。

 そもそも、こういう本をまとめようという話は、実はかなり前からありましたが、雑用や他の締切のため、下ごしらえの段階で止まっていました。しかし昨年夏、機も熟したということで、日本経済新聞社出版局編集部の堀口祐介氏と、当時は東京大学の助手をしていた近能善範君(現法政大学経営学部助教授)夫妻とで八ヶ岳山中で合宿し、基本方針をまとめました。当時、立場上、私のしゃべりを最も頻繁に聞かされ、その思考のクセなどを最もよくつかんでいたのはおそらく近能君でしたので、同君にも参加してもらい、私のあちこちの講演録を整理して出発点になる口述記録をまとめてもらいました。それをペースメーカーとして、私がどんどん書き足し、それを堀口氏が編集していったわけです。

 何と言っても口述がベースですので重複なども多く、原稿としては厄介なものだったと思いますが、堀口氏は、内容や構成にまで踏み込んで積極介入し著者とやり合う、アメリカ式のエディターシップでやってくれました。最終的には、「読みやすさ」と「くどさ」のきわどいバランスが確保できたのではないかと思います。

 本書はまた、21世紀COEプロジェクトに採択された東京大学大学院経済学研究科「ものづくり経営研究センター」の設立趣旨とも密接に関連しています。今年初めに本格的にスタートしたこのセンターは、大鹿隆特任教授、高橋伸夫教授、新宅純二郎助教授らを中心に、東大初のコンソーシアムなど苦労して立ち上げてきましたが、ようやく形ができつつあります。このセンターをつくった背後にある想いと本書のテーマとは、きわめて大きくオーバーラップしています。センターが軌道に乗りつつあるこの夏に本書を出版できたことは、その意味でも嬉しいことです。

 最後に、書名について一言。本書を『日本のものづくり哲学』とするのには、やや躊躇がありました。題の決定は堀口氏との共同作業で、「哲学」という言葉は「ぶれない思考」という程度の軽い意味で使っているのですが、「おまえに哲学があるのか」と言われるとちょっと自信がありません。実際、本文には「哲学」という文字は一度も出てこないと思います。

 しかし、あえて言うなら、中岡哲郎先生の名著『工場の哲学』(中岡1971)が念頭にあります。私が大学に入学したのは一九七〇年代半ばで、キャンパスで連続して内ゲバ事件が起こる暗い時代でしたが、そのころ生協の本屋には『工場の哲学』が平積みになっていました。私はこの本を読んで、現場を詳細に書くことの迫力をはじめて知った、と言ってもよいでしょう。

 そのころから始まって、三菱総合研究所の調査現場で鍛えられた時期まで、具体的には一九七四年から八三年までの十年間に、本書で出てくる私の思考回路の原形はおおかた出来上がったと私は実感しています。八三年に書いたある論文に、すでに本書の発想の基本パターンが見られることからも、それは明らかなのです。進歩していないと言えば、進歩していません。とはいえ今回の本は、そうした私の思考回路のダイレクトな産物なのです。

 したがって本書に関しては(取材でお世話になった企業の皆様や校正を手伝ってくれた妻こずえや秘書の岩崎智子さんへの御礼に加えて)、その時期、私の思考法の形成に多大な影響を与えた方々に対して、感謝と尊敬の意を表したいと思います。具体的には、土屋守章先生、公文俊平先生、故玉野井芳郎先生、高橋彰先生、三菱総合研究所入社当時の松井幹雄室長、吹田尚一部長、および同研究所産業経済研究室の皆さんです。これらの方々の洞察や行動様式に、私はおおいに影響されたのです。

二〇〇四年夏、改築中の自宅の机にて
藤本 隆宏


【目次】

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