その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は中山玲子さんの『 森岡 毅 必勝の法則 逆境を突破する異能集団「刀」の実像 』です。

【はじめに】

 「なぜ、こんなに入場客数をみるみると増やせられるんだろう」

 経済記者として初めて、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)を担当したのは2012年の春ごろ。開業ブームが去った後、長らく苦戦を強いられていたUSJの入場客数が、右肩上がりで増えていく推移を目の当たりにして以来、私の頭の片隅にずっとあり続けたのがこんな疑問だった。

 当時、運営会社であるユー・エス・ジェイで最高マーケティング責任者(CMO)だった森岡毅氏の独特のキャラクターにも驚いた。頭を高速回転させ、マシンガンのように早口でしゃべる。だが、勢いで押し通すわけではない。なにより説明が論理的だった。話を聞いていると、テーマパークのビジネスに詳しくなかった記者でさえも、さらに入場客数が増えていくUSJの未来がクリアに想像できた。

 当時は未曽有の被害をもたらした東日本大震災から1年もたたない時期で、第二次安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」が始まる前のタイミングでもあった。どの分野の企業を取材しても明るい話は出てこないし、掲げた目標や見通しを実現する企業もほとんどなかった。そんな中でのUSJの躍進は際だって見えた。

 映画専門のテーマパークからの脱却を推進した森岡氏の戦略に対して、新聞各紙は当初、批判的に書いていた。

 「コンセプトからずれている」

 「開業時の方針から外れている」

 しかし、そんな批判をものともせず、入場客数は増え続けた。顧客に対して最適解を提示し、結果を残す。批判の声は皆無になった。

 USJのV字回復の象徴的存在が、450億円もの巨額を投じて14年にオープンした「ハリー・ポッター」エリアだ。東京からも多くのマスコミが取材に訪れ、話題をさらう。インバウンド(訪日外国人)の増加も相まって、パークから少し距離のある大阪の梅田や難波でも、USJ帰りの客を見ることが増えた。数年前まで閑古鳥が鳴いていたUSJ。それが嘘のように思える奇跡の復活だった。

 外から見てこれだけ変化があるなら、中ではもっと大胆な変革が起きているはず。ますますUSJの中で何が起きているのか知りたくなった。

 ハリー・ポッターエリアの開業式典の日、森岡氏の目には涙が浮かんでいた。いつも上機嫌に自慢の戦略をまくしたてる姿とは対照的だった。一生、当事者にはなり得ないという記者の立場をわきまえ、なるべく経営者の気持ちを理解しようと努めてきた。企業取材では、経営者が改革の必要性を訴えながらも頓挫する例を山ほど見てきただけに、森岡氏の涙の裏には、よほどの苦労があったのだろうと想像できた。

 USJにとって新たな目玉となったハリー・ポッターエリアの開業でさらに入場客数を更新し続けると、森岡氏が次に打ち出したのが、沖縄パーク計画だ。大阪から遠く離れた沖縄で手掛ける壮大なテーマパーク構想。だが、同計画は米コムキャストによるユー・エス・ジェイの買収によって白紙になる。森岡氏がUSJの再生を手掛けて以来、猛スピードで進んできた改革がピタリと止まったかのようだった。その後の会見での様子から、森岡氏はやりきれない思いをこらえているように見えた。

 私自身、しばらくは別の業界を担当してUSJの担当からは離れていた。その中で、森岡氏がユー・エス・ジェイを退社したこともニュースでは知っていた。驚いたのは、17年秋、刀(かたな)という聞いたことがない名前の会社から手紙が届いたときだった。

 〈これまで培ってきたマーケティング力で日本社会に貢献するという大義を掲げ、同じ志を持つプロフェッショナルな仲間と一緒にマーケティング精鋭集団「株式会社刀」を設立いたしました〉

 挨拶文の末尾にあった署名は「代表取締役CEO 森岡毅」だった。担当者に電話して聞くと、刀として沖縄パークに再挑戦するという。強い執念に驚かされた。

 それから時間がたち、私は転職して日経ビジネス編集部の記者として電機やエネルギー業界を中心に取材を続ける日々を追っていた。その間、森岡氏は希代のマーケターとして多くのメディアで取り上げられる存在になっていた。自著も精力的に刊行し、その極意を学ぼうとする経営者やビジネスパーソンは多い。私が担当する業界とは異なる中で、心のどこかに森岡氏や刀の存在は残り、くすぶり続けていた。いつしか、他者から見た森岡の神髄、強さを取材して書き残したい、と。

 その思いが形となったのが、23年12月4日号の日経ビジネスだ。「森岡毅 必勝の法則 最強マーケター集団、刀の素顔」という26ページの巻頭特集を組み、森岡氏をトップとする刀の取り組みにフォーカスした。日経ビジネスで1つの会社を巻頭特集で組むのは、ユニクロを運営するファーストリテイリングや日立製作所、ホンダなど、国内外で活躍する大企業が通例だった。一方、当時の刀は創業7年目で社員数が約100人の規模だ。スタートアップを取り上げるのは異例だった。

 なぜスタートアップで1社特集を組んだのか。もちろん、それだけの価値があると編集部が判断したからだ。ただ、自信を持ってその価値を提案できた背景には、ある布石がある。刀の特集を組む前の22年2月21日号で、日経ビジネスはキーエンスを特集し、読者からは大きな反響があった。刀とは異なり、キーエンスは時価総額で日本のトップ5に入るほどの巨大企業だ。ただ、あまりメディアに登場しない同社の強さの秘密はベールに包まれていた。特集メンバーの一員として取材した中で強く印象に残ったのが、予想を超えてくるキーエンスの営業手法に「顧客が驚いている」点だった。

 驚きをもたらす会社――。

 かつて私がUSJの成長や森岡氏の戦略に圧倒されたように、刀にも驚きの要素が詰まっている。私だけでなく、USJの躍進ぶりや刀の成果を目の当たりにした多くの企業関係者や金融関係者が舌を巻くのを感じてきた。

 刀の驚きの要素を読者にも届けたい。そう思って取り組んだ刀の特集は、森岡氏だけでなく、刀内部の動きまでリポートし、大きな反響があった。読者から届いたのはノウハウが参考になったという声ばかりでない。「勇気をもらった」「元気が出た」という感想まで多数届いた。

 失われた30年。バブル崩壊直後の1990年代から続く停滞の中で、日本経済はいまだ光を見いだせない状態が続く。停滞期間が長すぎるあまり、「成長」を知らない経営者、ビジネスパーソンも少なくない。

 では、長いトンネルから脱するために、経済記者の立場で何ができるのか。数少ない日本の成功事例を多くの人に共有することがその一助となるのではないか。そこにはまったのが刀だ。

 取材を進める中で改めて驚かされるのは、刀が「数学マーケティング」を中心とした独自のノウハウを多く持っていることだ。「どんな高い壁であってもしっかり階段をつくれば必ず上れる」と森岡氏が言うように、刀はたくさんのノウハウを積み上げて、1段ずつ階段をつくって上っているように感じた。

 森岡氏の執念にも驚かされる。多くの社員や関係者が「USJの頃から言っていることは変わっていない」「まったくぶれない」と口をそろえる。そして、その精神は刀という組織の細部にまで浸透している。

 「問題が立ちはだかると、むしろ、みんな盛り上がってくる。こんな会社にいて面白くないわけがない」

 ある社員の言葉が、直面する苦難や壁を明るく乗り越えようとする刀の強さを表している。

 森岡氏は多くの著書を出している。自著のため、当然だが一人称の視点になっている。一方、本書は第三者である記者の客観的な視点から、森岡氏だけでなく、その周りの役員、社員にも焦点を当て、なるべく行動の背景にある心情まで分かるように書いた「森岡氏とその仲間たちの物語」である。

 日経ビジネスの特集から追加取材を重ね、大幅に加筆した。取材で出会った関係者は刀の役員、社員を中心に100人近くに及ぶ。人は、他人との関係性によって、その人柄が浮かび上がってくるものだ。森岡氏と同僚たちがどのような言葉を交わし、どのように感情を行き来させているのか。その息づかいを表現することで、森岡氏らが創った刀という組織の実態に迫った。なお、本文で登場する方々の所属や肩書、年齢は取材時点のものとした。また、敬称を略させていただいた。

 たぐいまれな執念と独自のマーケティングによって、自らの成長を目指すだけでなく、日本の未来を切り拓こうとする森岡氏と刀。本書を手に取った多くの経営者やビジネスパーソンが停滞を打ち破り、勝ちきるためのヒントを見つけてほしいと願っている。

【目次】

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