その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は秋山進さんの『 企業不祥事の真相 「普通の人」を悪者に仕立てる歪んだ構造 (日経プレミアシリーズ) 』です。
【はじめに】
1987年4月2日、午前9時。前日の入社式と社員総会を経て、私は社会人としての実質的な初日を迎えた。
東京・銀座8丁目、リクルート本社ビルの10階。私たち新入社員3名は、簡素な会議室に通され、山積みになった各種資料に囲まれながら、ある人物の到着を待っていた。社長室長――これから我々が所属する部署の責任者である。緊張感のなかで待つこと数分、ふいに扉が開き、彼が現れた。
「待たせてごめんねー。まあ、そんなに緊張しなくてよいよー」
みるからに快活で、日焼けした肌はサーフィン焼けだとすぐにわかった。スタイリッシュな装いに、屈託のない笑顔。思い描いていた“社長室長”とはかなり違う、親しみやすい“おじさん”だった。
だが、話は短く、そして鋭かった。
「組織っていうのはね、いいニュースは放っておいても上に上がる。でも、悪いニュースは上がってこない。だから、君たちの仕事は、担当部門の“悪いニュース”をいち早くトップに伝えることなんだよ」
「多くの場合、トップが早めにマイナス情報を知れば、対応は可能なんだ。でも、現場で隠され続けた情報がようやく上がってくるころには、もう手遅れってことがほとんど。だから、君たちの役割は本当に重要なんだよ」
いま思えば、これは新入社員に与えるにはいささか高度なミッションだったかもしれない。しかし当時の私は、不思議と深く納得した。「そうか、これが自分の役割なんだ」と、心から思った。
続いて、私の所属する「経営会議統括課」の課長から、いわゆる「T会議報告」を受けた。「T会議」とは取締役会を指すリクルート社内の呼称である。当時のリクルートでは、経営会議や取締役会などの重要会議の内容について、社員全員が上司から直接フィードバックを受けるという文化があった。
その日の最も大きなニュースは、リクルートがNTTを通して米国クレイ社のスーパーコンピュータを購入するという決定だった。価格は1機あたり25億円という、高価な買いものである。なぜそこまで高い機械を導入するのか、背景の説明も含めて情報は丁寧に共有された。
当時、日本は米国との貿易摩擦問題を抱えており、黒字減らしのため、政府主導で“象徴的な高額製品”の輸入が奨励されていた。リクルートとしては、当時始めたばかりのリモートコンピューティング事業との親和性に加え、何より全国の優秀な理工系学生の採用において、クレイのスーパーコンピュータが“目玉”として大きな効果を持つと判断したのだった。
さらに、NTTや中曽根内閣に“恩を売る”という狙いもあった。見方を変えれば、25億円の“広告宣伝費”である。実際、このスーパーコンピュータはビジネスとして大活躍したというよりも、リクルーティング用の切り札として活躍した。社内ではその周囲の椅子に腰かけることができることから、「世界で一番高い椅子」と揶揄(やゆ)された。
それからわずか1年3カ月後、あの「リクルート事件」が世間を揺るがす。
創業者・江副浩正会長だけでなく、社長室長も、未公開株譲渡をめぐる贈賄容疑で逮捕された。そして有罪判決。執行猶予付きとはいえ、犯罪者になってしまったのである。
裁判が進むころには、私はすでに人材ビジネスの商品企画セクションへ異動しており、当時の社長室長と事件について直接言葉を交わす機会はなかった。しかし、あの人が“悪意”を持って法を犯したとはどうしても思えなかった。
問題とされたのは、リクルートの子会社が上場する際、未公開株をお世話になった方々に譲渡したことだった。譲渡とはプレゼントではなく「買ってもらった」のである。しかも、それは証券会社のアドバイスに基づく“慣習的行為”だった。
当時はそれが常識であったし、違法行為とも認識されていなかった。だから多数の政財界の要人が購入した。クレイにしても、「買いたいのに買えないから賄賂を渡した」のではなく、「恩を売るために、あえてこちらが好意で行った正当な支出」である。むしろ、なぜ好意を示した側が咎められるのか。理屈が通らない。
だが、リクルートという企業は当時、社会の常識や世論の動向を軽視しすぎていたのだろう。新聞社の広告ビジネスを脅かし、旧帝大や有力私大の理工系人材を大量に採用し、既得権益者たちの神経を逆なでした。政府の各種の審議会では社長が革新的な意見を述べ、政官財の旧来秩序に真正面から挑んでいた。
そして、昨日まで“常識”とされた未公開株の譲渡が、ある日突然“犯罪”として定義された――それが「リクルート事件」である。
私はいまも、社長室長のことを思い出す。
普段は革新的なビジネスをやっているのに、証券会社の指示に従って社会の慣習に合わせたら、気づけば“犯罪者”として扱われていた。そうした理不尽は、企業不祥事の多くに共通している。初めから悪意があったわけではない。誰かの指示に従った結果、想定外の失敗を取り繕おうとした結果、あるいはなんらかの状況に追い込まれた結果として、違法の段階に至ってしまう。ひどい場合は、違法行為でなかったものが違法行為になってしまう。
だが、報道ではそうした事情はほとんど語られず、最終的な違法性の判断と悪いことをした“犯人”に焦点が当たる。第三者委員会の報告書でも、時間的制約もあり、事業環境やビジネス慣習、インセンティブシステムといった構造的要因までは、なかなか掘り下げられない。
だからこそ、私はこの本で、企業不祥事をより広い視野から読み解いてみたいと思っている。ニュースでは語られない、“もうひとつの真実”を伝えたい。
社長室長は、病に倒れ、すでにこの世を去った。リスクマネジメントに関わるようになってから、一度でいいから当時の思いをお聞きしたいと思っていたのだが、躊躇している間にそれも叶わぬままとなった。
ただ、あの入社2日目に教わった、「悪いニュースをトップにできるだけ早く届けること」。これは、いまでも私の仕事の中核にある。リスクマネジメントの原点であり、信念であり、対応の指針でもある。
私は本書を通じて、悪意がないのに不祥事の当事者になってしまう構造、人に問題行動をさせてしまう組織のあり方を、語っていきたい。そして、経営者が悪い、組織風土が悪いといった単純な世界ではなく、企業不祥事をもう少し多角的にみるための視点を提供したいと考えている。
全体としては3つのパートからなる。
第1のパートでは、主に会社の事業計画や投資意思決定などから発生した問題を扱う。
第2のパートでは、主に経営者の意思決定に関する問題を扱う。
第3のパートでは、主に時代の変化と自社のあり方がうまく適応できなかったケースを扱う。
それでは、会社の事業計画や投資意思決定の問題から語り始めていきたいと思う。
【目次】



