その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は奥井真紀子さんの『 森岡毅語録 明日は今日より強くなれる―― 』です。

【はじめに】

 マーケティング会社、刀のCEO・森岡毅氏は、これまでにテーマパーク、食品、外食、金融などさまざまな領域で目覚ましい成果を挙げてきた。日本を代表するマーケターであることに異論はないだろう。

 1990年代に新卒で現P&Gジャパンに入社し、2010年に経営危機に瀕していたユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)の運営会社に転職。わずか数年で同パークを再建させたことは、「V字回復」という言葉とともに多くのメディアに取り上げられた。

 刀を設立後も2018年から「大自然の冒険テーマパーク」を掲げてネスタリゾート神戸(兵庫県)を立て直し、2021年には「昭和」を幸せの象徴に用いて西武園ゆうえんち(埼玉県)のリニューアルを成功に導いた。外食・食品分野では、2019年にうどん店チェーン、丸亀製麺の業績を店内で麺を打つ出来立ての感動を押し出すことで回復、2022年に開始した製粉大手、ニップンとの協業でパスタのヒット商品を生み出した。最近では、沖縄北部の大自然を生かした新テーマパーク、ジャングリア沖縄を開業させたことが話題を集めた。

 そんな森岡氏と私が初めて会ったのは2016年の夏、場所はUSJだった。月刊情報誌『日経トレンディ』(日経BP)で執筆していた「ヒットの軌跡」「技あり! 仕事人」という2つの連載企画の取材で訪ね、USJがV字回復を遂げた舞台裏を聞き、仕事や人生への思いなどをうかがった。

 森岡氏のキレのある語り口には、ほとばしる熱意と明晰な論理が宿っていた。人となりは、勤勉性を重んじる日本的な感性と、数学マーケティングを駆使して勝ち筋を追求する西洋的な合理性という、相反する2つの属性を兼ね備えていた。

 そうした特徴は、私が取材してきたマーケターの中でも際立っていた。「異質」と言ってもよいかもしれない。ヒットメーカーと呼ばれるマーケターや開発者たちは、多かれ少なかれ、熱いハートと論理的な判断力を併せ持っているものだが、森岡氏はそのどちらも突出して旺盛だった。

 何よりも言葉。

 森岡氏の言葉は、基本的に未来志向だ。それはマーケターとして目的を設定し、ともに働く仲間をゴールへと導いていく職業柄という一面はあるだろう。その職域を考慮してもなお、その言葉には人の心を揺さぶる熱量がこもっていた。

 今だから明かすと、初めての取材時に森岡氏の言葉の端々から、すでに新たなステージへの意欲が見え隠れしていた。USJ再建の本来の節目となるゴールは、沖縄に第2パークを建設することだった。しかし、その計画はUSJの経営母体が変わったなどの理由で頓挫した。「本当に残念でした」と打ち明ける森岡氏は、「これでUSJでのミッションはすべて果たした」と言いたげだった。

 実際、その年の暮れにUSJ退社を発表し、翌2017年の秋にはマーケター集団の刀を立ち上げる。刀設立時に森岡氏はこう言った。「40代半ばの今からあと何年、第一線で活躍できるか。これから20年ほどの間に、思い描いているヴィジョンを具体的な形にして、少しでも世の中を良くする役に立ちたい」。

 その「ヴィジョン」の中に、沖縄の新テーマパーク、すなわち現在のジャングリア沖縄の実現が含まれていると知ったのは、少し経ってからだった。恥ずかしながら、私は巨額の資金を要するテーマパーク事業は、ベンチャー企業には荷が重いのではないかと考えていた。いつか実現させるにしても、いったん大手企業の経営幹部となって地場を固めてから挑戦したほうが「安全な道」に思えた。

 しかし、森岡氏は常々自分で語っているように「そこに大義があるなら、リスクを取る道を選ぶ」人間だった。私は彼の本気度を見誤っていたわけだ。

 以来、私は森岡氏が新しい事業に挑むたびに、直接会って話を聞いてきた。最初から決めていたわけではないが、いつしか「沖縄のパークが完成するまで、その動向を追いたい」という欲が湧いていた。新しく手がける事業の多くが、沖縄のパーク実現に向けた布石のように思えた。

 これまでに森岡氏を単独インタビューした数は、おそらく私が最多だろう。取材中の森岡氏は、新事業の意味合いや達成目標だけでなく、ビジネス上の方法論や生き方のヒントとなる教訓まで熱く語った。物事の本質を見据えた言葉の数々には、普遍的な説得力があった。雑誌の記事という一過性のメディアに掲載するだけでは惜しいと思っていた。

 そんな折に森岡氏から「いつか私の伝記を書いてくださいね」と冗談まじりに言われた。もちろん今日、明日のことではない。森岡氏がこれからも長く第一線で活躍し続けるのは間違いない。

 しかし、これまでに私が聞いた含蓄のある言葉の数々を、「語録」としてまとめ直して、人々に届けることはできるのではないかと考えた。それを形にしたのが本書である。「語録」の引用元は、基本的に私が『日経トレンディ』で執筆した記事だが、本書をまとめるにあたって、内容を一部加筆した。また、掲載時には紙幅の都合で省略した内容も「取材ノートより」という形で補った。

 森岡氏は決して一般的な優等生ではなく、むしろ子供時代からコンプレックスや世間の常識との乖離など、多くのトラブルを抱えながら生きてきた「異端児」だった。多くの苦悩を乗り越えてきた結果、森岡氏の特徴の1つである「尋常ならざる目的達成意欲の高さ」が育まれたと言ってよい。

 そこで、森岡氏が「いかに自分に向き合い、人格を形成してきたか」をテーマにインタビューを実施し、「心の成長の軌跡」としてまとめた。消費者理解に時間と手間をかけ、数学的な確率論を駆使して戦略を立てる、森岡式のマーケティング術も、実は若き日に自分を見つめ直すことから生まれている。

 また、森岡氏の集大成の1つと言えるジャングリア沖縄に関しても、開業の意義や今後の構想などを改めてうかがった。「マーケティングとエンターテイメントで日本を元気にする」という大義の下、森岡氏が思い描いているヴィジョンの実現は、まだまだ道半ばだ。ジャングリア沖縄はゴールではなく、新たなスタートなのだった。

 なお「はじめに」「おわりに」を除き、本文は基本的に敬称を省略させていただいている。簡潔なスタイルを選んだだけで他意はない。

 森岡毅は1日にして成らず――。

 幼少時から青年期にかけては、さまざまな心の悩みに打ち勝ち、社会に出てから身を切るような勝負をしてきたからこそ、彼の発言には真実味がある。

 体験に裏打ちされた言葉の数々は、人生や仕事で大きな挑戦をしている読者にとって、貴重な指針になるに違いない。


【目次】

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