なぜイスラエルは、多くの日本の投資家から熱い視線を向けられているのか。日本人として初めて、2014年にイスラエルでスタートアップ企業、Aniwoを創業した寺田彼日(てらだ・あに)さんが、知り合いもコネも何もない中、単身でイスラエルに渡航し、起業をするときに助けになった 『アップル、グーグル、マイクロソフトはなぜ、イスラエル企業を欲しがるのか?』 などの書籍を紹介。
平和は当たり前ではない
日経BOOKプラスの読者の皆さん、こんにちは。寺田彼日です。
私は日本人として初めて、2014年にイスラエルでスタートアップ企業、Aniwoを創業しました。Aniwoは日本の大手企業などに向けて、イスラエルでの協業アドバイザリー業務、ビジネスの核となる人材紹介を手掛け、リファラル採用を行うサービスも展開しています。
また、昨年、イスラエル国防軍のインテリジェンス部門8200部隊の出身者による「ホワイトハッカーの視点」から開発したサイバーセキュリティ事業も立ち上げました。日本企業からのイスラエルへの投資額も、創業当時から比べると50倍近くまで伸びています。
ここでは、私が単身イスラエルに渡り、知り合いもコネもない中で起業するにあたって参考になった本を紹介します。
まずは、ユダヤ人がイスラエルを建国した歴史とも関係のある『夜と霧 新版』(ヴィクトール・E・フランクル著/池田香代子訳/みすず書房)です。自らユダヤ人として強制収容所にとらわれ、奇跡的に生還した心理学者、ヴィクトール・E・フランクルの体験をつづった本です。
この本を最初に読んだのは高校の倫理の授業。次は大学生のときで、自分が生きている意味や人生でやり遂げたいこと、人間の極限状態や第2次世界大戦後の平和について思うところがあり、大学の図書館で借りて読み返しました。
「戦争」という、人が人に対して攻撃する状況が21世紀においても起こってしまう。いったい、なぜ?と、ロシアによるウクライナ侵攻を目の当たりにして、多くの人が感じていることでしょう。この本を読むと改めて「平和は当たり前ではない」と考えさせられます。
起業で悩み、追い詰められたときに手に取ると、平時とは比較にならない極限状態で「人生の意味」を問い続けるフランクルの冷静な考察に救われる思いがしました。
Kindleでもこの本を購入し、今でも年に1回くらい読み返しています。
なぜイスラエルで起業したのか
それにしても「なぜ、イスラエルで起業を?」と思われるかもしれません。きっかけとなったのが、『アップル、グーグル、マイクロソフトはなぜ、イスラエル企業を欲しがるのか?』(ダン・セノール、シャウル・シンゲル著/宮本喜一訳/ダイヤモンド社)。
起業前にはビジネスアイデアを100案ぐらい書き、道を模索しました。世界に貢献する事業を展開したかったため、日本ではなく最初から海外で起業した方がいいと考えていたとき、この本に出合ったのです。
「紛争」「テロ」というイメージを抱きがちなイスラエルですが、実はグーグル、アップル、マイクロソフトといった世界的な企業が続々と進出し、研究開発拠点を開設しています。本書の発刊当時の人口は800万人ほど、日本の四国ほどの国土でありながら約7000のスタートアップ企業があり、大企業や大学の研究機関、政府、国防軍、世界的なベンチャーキャピタルおよび投資家などがネットワークをつくり、スタートアップ企業を生み出すエコシステムにも優れています。
建国70年ほどの国の技術者たちが、今や全世界の多くのパソコンに入っているインテルのプロセッサーを開発していた──かなりの衝撃を受けたと同時に、「イスラエルで頑張れば、自分も世界にインパクトを与えるビジネスができるかもしれない。イスラエルに学びたい」と勇気をもらえました。
「スタートアップならシリコンバレーでは?」と思われるかもしれませんが、すでに多くの日本人がいてビジネスを展開していました。今から自分が行って勝負をしても大きなインパクトは残せないだろう。でも、調べると、イスラエルには日本人がほとんどいない。
当時は20代半ばと若かったため、いてもたってもいられず、スーツケース1つ持ち、一番安いロシア経由の片道切符でイスラエルに渡りました。
今こそ日本の企業家に学べ
もともと起業は子どもの頃からの夢。私は神戸市の出身で、小学生のときに阪神大震災にあいました。そのときに、日清食品やアシックスといった地元の企業が、復興支援や小学生のためのスポーツイベントを開いてくれたんです。「地元から世界に届くビジネスがあるって、すごい。自分もつくりたいな」と思ったのが最初です。
『日本の戦後企業家史 反骨の系譜』(佐々木聡編/有斐閣選書)には、松下電器産業(現・パナソニック)の松下幸之助さん、シャープの早川徳次さん、ホンダの本田宗一郎さんと藤沢武夫さんらが登場します。今はGAFAやシリコンバレーが注目されていますが、戦後の焼け野原から起業し、高度経済成長までをけん引した日本の企業家の偉大さを今こそ見直してみませんか。今の日本があるのは彼らのおかげです。
企業家たちがどういう思いでビジネスを立ち上げ、どうやって小さな町工場レベルから創意工夫をして、世界に通用するビジネスを展開していったのか。そのストーリーはビジネスパーソンにとって学びとなるでしょう。
事業を軌道に乗せられた理由
私がイスラエルに渡った当時、現地の知り合いはゼロ。住まいはエアビーアンドビー。長くは借りられないので何回も引っ越しました。ビザは観光ビザで入り、隣国のヨルダン、ブルガリアなどに出国しては戻り、起業家ビザが取れるまで粘りました。
一番驚いたのは、イスラエルに到着した初日、パレスチナ側からイスラエル国内にロケット弾が打ち込まれたこと。基本的にはイスラエルのミサイル防衛システム「アイアンドーム」が作動するので安全なのですが(というのも矛盾がありますが)、「異国の地に来たんだ」と身の引き締まる思いでした。
最初はミートアップ・イベント(交流会)をオフィスで開催したり、他のイベントに出かけたりして、そこで知り合いを増やしてフェイスブックやリンクトインでつながる、といったことをひたすら繰り返していました。
イスラエルの人たちはいい意味で「すごくお節介」。「こういう人に会いたい」と言うと、その場で電話をして紹介してくれる。「今度、自宅に遊びに来てね」と言うと「いつがいい?」と聞かれる。日本人のような社交辞令がない。紛争や命の危機と隣り合わせだからこそ、「今」をすごく大事にしているのでしょう。そのおかげで現地のビジネスネットワークにも入れ、必要な人材も採用でき、事業を軌道に乗せられました。
そんなイスラエル人の絆の深さの一端が分かる本が、 『タルピオット イスラエル式エリート養成プログラム』(石倉洋子、ナアマ・ルベンチック著、トメル・シュスマン監修/日本経済新聞出版) です。
タルピオットとはイスラエル国防軍の最精鋭人材育成プログラムですが、そこでのトレーニングの詳細やエコシステム内部の人々の声を紹介した本です。「タルピオット出身者の経営者には出資する」という投資家もいるほどで、なぜ彼らが優秀なのかが分かります。
私も創業当時はイスラエル人にかなり助けてもらったし、これからは恩返しをしたい。「イスラエル発・新しい価値を通して世界をよりよくする仕組みをつくる」をミッションに、頑張ります。
取材・文/三浦香代子 写真/小野さやか
世界の大企業が拠点を置き、第2のシリコンバレーと言われるイスラエル。なぜイノベーションが起き続けるのか。イスラエル国防軍のエリート組織「タルピオット」にはじまり、教育、注目の起業家への取材などからその秘訣を探る!
石倉洋子、ナアマ・ルベンチック著、トメル・シュスマン監修、1760円(税込)