その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は石倉洋子さん、ナアマ・ルベンチックさんの 『タルピオット イスラエル式エリート養成プログラム』 です。

【はじめに】

イスラエルに隠されたイノベーションが生まれるヒント

 私のイスラエルとの「出会い」は、2018年11月にさかのぼります。

 当時、東京の六本木ヒルズで行っていた、グローバル人材を育成するためのプログラム「グローバル・アジェンダ・ゼミナール」で、「なぜイスラエルでは多くのイノベーションが生まれるのか?」というセッションを開催しました。ゲストスピーカーとして講演をしてくれたのが、トメル・シュスマンさんでした。

 トメルさんは、イスラエル国防軍で、毎年50人しか選ばれないというエリートプログラム「タルピオット」の出身。物理学者として防衛省で働いた後、タルピオットのチーフ・インストラクター兼副司令官を務め、現在はヘルスケア関連のスタートアップ2社を設立中です。

 「徴兵制」「軍隊での教育」「創造性」「イノベーション」という、思いもよらない意外な組み合わせに、会場にいる参加者も、モデレーターを務めた私自身も、どんどん引き込まれていきました。そして私は「ここには、日本企業が求めるイノベーションを生み出すヒントが隠されている」と確信したのです。

 トメルさんは、タルピオット卒業時に最優秀士官賞を受賞。その後、国防軍内でさまざまな要職に就き、タルピオットのチーフ・インストラクター兼副司令官として、教える立場にもありました。さらにその後、スタートアップも起業しています。軍隊での教育方針、タルピオットプログラムがどのように運営されているのか、プログラムでの学びが起業でどのように生きているのかまで語ることができます。まさに、イノベーション創出の秘密を語るのにぴったりの人物です。

 さらにトメルさんの妻、ナアマ・ルベンチックさんは、イスラエル国防軍ではエリート部隊の1つとして知られる諜報部隊「8200」の出身で、日本文化にも通じています。

 日本語が堪能で、在イスラエル日本大使館での勤務経験もあります。2018年11月当時は、日本の文部科学省の奨学金で京都大学大学院経済学研究科に留学中でした。イスラエルと日本の違いを踏まえて、イスラエルの文化や、スタートアップを取り巻くエコシステム、タルピオットプログラムについて解説してくれます。

 イスラエルのイノベーションの秘密を探るうえで、理想的な2人のパートナーを得て、スカイプで何度もディスカッションをしながら本書の原稿をまとめていきました。

先端テクノロジーを武器にした「若い国」

 私は、もちろん知識としては、イスラエルがハイテク人材の宝庫であること、さまざまなハイテクスタートアップが生まれていることなどは知っていましたし、アメリカとのつながりが深かったので、これまでにもユダヤ人の友人はたくさんいました。

 ユダヤ人の友人たちは、メディア、ファッション、大学や研究機関などで、非常にユニークな成果を挙げていますし、教育熱心なことで知られる「ジューイッシュマザー(ユダヤ人の母親)」たちの様子も、よく知っていました。また、海外で行われるカンファレンスやワークショップでは、素晴らしい科学技術を披露し、はっとするようなクリエイティブな視点の発言をするイスラエル人たちも印象に残っていました。

 しかし、それはあくまでもイスラエル人・ユダヤ人個人に対して抱く印象に過ぎず、「イスラエルという国がどんな国なのか」という姿はイメージを結んでいなかったのです。

 それが、2018年11月にトメルさんと出会い、トメルさんやナアマさん、日本にいるイスラエル関係者とのディスカッションや、さまざまなリサーチを通じて、イスラエルという「国」の姿が、少しずつイメージを結ぶようになってきました。

 特に、建国して70年余りの若い国が、先端テクノロジーを武器に「スタートアップネーション(起業国家)」と呼ばれるようになるまでに、それほど時間がかかっていないことには驚きました。日本が「失われた30年」で低迷している間に、華麗な変身を遂げることができたのはなぜなのか。好奇心が刺激されました。

過去・現在・未来が混在する街

 実際にこの目でイスラエルを見てみたい、イスラエルのスタートアップ起業家と話がしてみたいという気持ちが大きくふくらみ、2019年11月に、現地を訪れる機会を得ることができました。ナアマさんには、官民さまざまな分野のスタートアップ関係者とのインタビューをアレンジしてもらいました。

 テルアビブは、立ち並ぶ高層ビル、縦横無尽に走り回る電動キックボード、洗練されたレストランやブティック、昔ながらのマーケットや古い教会、モスク、シナゴーグなど、過去・現在・未来を象徴する光景が混在する街でした。若者の表情は明るく、国全体がエネルギーに満ちあふれています。出会った起業家たちはみな、非常に前向きで未来志向。自社のテクノロジーで、世の中をどう変えたいか、目を輝かせながら説明してくれました。国全体が、新しいものが生まれる予感にあふれていたのです。

 さらに、日本に対する関心が高いことにも驚きました。街は日本食ブームのようで、あちこちにスシ・バーがあって繁盛しています。また、滞在中、街では日本人はおろか、アジア人の姿を見かけることはまったくありませんでしたが、「日本から来た」と言うと、ビジネスだけでなく文化や教育について、質問攻めにあいました。

低迷を続ける日本が摑んだタイミング

 両国の企業の間では、いくつか協業が進み始めています。しかし、現地でその進捗を見聞きすると、うまくいっているところと、思うように進んでいないところに分かれていました。互いが持っているもの、持っていないものは何か。それらを活かし、双方の力を組み合わせてイノベーションを起こすためには、何をすればいいのか。何度も仮説を立てては覆され、さらにインタビューを追加し、ようやく書籍の形にまとまりました。

 2020年3月には、イスラエルへの直行便が就航します。また、夏には東京オリンピックが開催され、世界から注目を集めます。低迷を続ける日本が、イノベーションの秘密を学び、変化のきっかけをつかむには、格好のチャンスであり、最後のチャンスでもあります。本書が、イノベーション、そして変革を追求するみなさんの、ヒントになることを願っています。

2020年3月 石倉洋子


【目次】

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