藤井聡太王座が史上初の八冠となり注目を浴びた第71期将棋王座戦。激闘をまとめた 『藤井聡太が勝ち続ける理由 王座戦――八冠の先へ』(日本経済新聞社編/日本経済新聞出版) も刊行された。藤井王座への挑戦権を争う第72期王座戦の挑戦者決定トーナメント(本戦)が4月25日に開幕した。「NIKKEI LIVE」では4月23日に、元王座でA級棋士の中村太地八段と日本経済新聞・生活情報ユニットの神谷浩司文化担当部長による見どころ解説を行った。1回戦の結果速報とあわせて紹介する。
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羽生が見せた王座戦でのすごみ
王座戦は1952年に創設され、第31期(1983年度)にタイトル戦に昇格した棋戦。これまでに大山康晴十五世名人、中原誠十六世名人、谷川浩司十七世名人、羽生善治九段、渡辺明九段といった永世称号を持つトップ棋士らが獲得してきた。2023年に藤井聡太七冠が王座を奪取、史上初となる八冠独占を達成したことでも注目された。
永世称号「名誉王座」は王座を連続5期、または通算10期保持した棋士に与えられる。これまでに獲得した棋士は中原と羽生の2人のみで、ハードルの高さがうかがえる。
羽生が初めて王座を獲得したのは1992年。そこからなんと19連覇という同一タイトル連続獲得記録を樹立する。2011年、当時の渡辺明竜王に20連覇の大台を阻止されたものの、翌年に復位。さらに5年に渡って保持し、王座通算24期は同一タイトル通算獲得記録で史上1位だ。まさに平成の王座戦の顔だった。
「さすがの藤井王座でも19連覇は気が遠くなるでしょうね。年齢で計算して40歳ぐらいになっちゃいますから、想像がつきません。羽生王座も追い込まれてからなんとか防衛したときもあり、神がかった対局がたくさんありました」(中村八段)
羽生の百戦錬磨の勝負術については、次のように語った。
「土俵際での踏ん張りに、他のタイトル戦とはまた違ったすごみがあるように思います。それは王座戦の持ち時間が5時間であることや、終盤戦が夜の時間帯になることが影響しているのかもしれません。羽生九段としても、いちばん肌に合っていたタイトル戦だったように思います」(中村八段)
まず話題に上ったのが、2003年の第51期五番勝負第5局の羽生王座―渡辺明五段戦(羽生勝ち)である。当時19歳の渡辺はタイトル初挑戦にもかかわらず、第3局で2勝目を挙げて羽生をカド番に追い込んでいた。第4局を千日手指し直しの末、羽生が何とかしのいで迎えた第5局、終盤で勝ちになった羽生に初の異変が起きる。指がブルブル震えて、駒をしっかりと持てなくなってしまったのだ。将棋は逆転のゲーム。どんなに優勢だったとしても、1つのミスでふいにしてしまうことは多い。あと一歩で時限爆弾を解除できるか、それとも失敗で大爆発するかのような緊張感にさらされて、大棋士の羽生といえども極限状態に追い込まれたのだろう。
さて、その羽生から王座を奪ったのが中村八段である。王座戦五番勝負に初めて挑戦した2013年はフルセットの末に敗退。しかし2017年、4年ぶりに挑戦した中村は3勝1敗でシリーズを制して、悲願の初タイトルを獲得する。「どこか夢見心地のような感じで、現実のものとはちょっと受け入れることが難しかったのを覚えていますね」(中村)。感想戦後のインタビューでは、感極まって声を詰まらせた。
翌2018年5月、羽生は挑戦者決定トーナメントの初戦で敗退し、五番勝負連続出場が26年で途絶えた。7月には複数タイトル保持者が消え、1987年以来31年ぶりにタイトルを1つずつ分け合う群雄割拠の状況になる。そして12月、羽生は27年ぶりに無冠に転落する。いずれも時代の移り変わりを象徴する出来事で、中村の王座獲得はそれに一役買ったのだった。
前王座の永瀬拓矢九段が王座を獲得したのは、2019年である。2023年の第71期王座戦は、永瀬が5連覇で史上3人目の名誉王座か、それとも七冠を持つ藤井聡太竜王・名人が全冠制覇するかの大勝負になった。決着局となった第4局は二転三転し、最後は勝ち筋を永瀬が逃してしまう。中村八段は第4局の解説を担当しており、永瀬が敗着を指した直後の様子をリアルタイムで目にしていた。
「頭をかきむしっているのが、なんだか見ていてこちらももう心が痛くなるような、そんな瞬間でしたね。我々からすると、永瀬さんがあそこまで感情をむき出しにされるのは、ほとんど見たことがありませんでした」(中村八段)
五番勝負の模様はに詳しく記されている。藤井と永瀬のインタビューだけではなく、日経記者が明かす舞台裏、観戦記者・大川慎太郎さんによる迫真のルポ、勝又清和七段による五番勝負の解説など、見どころ満載だ。
トーナメントの注目棋士たち
王座戦は約170人の現役棋士全員と、代表の女流棋士4名が参加する。一次予選・二次予選・挑戦者決定トーナメントで構成され、一次予選から挑戦権を獲得するには基本的に10連勝しなければならない。
挑戦者決定トーナメントは16人制で、藤井王座は「当然ながら、非常に手厚いメンバーがそろっている。最年少の藤本五段が目を引きます」と語った。1回戦の注目カードには、長年にわたってしのぎを削ってきた羽生九段―佐藤康光九段。もうひとつは「実力者同士」として渡辺明九段―佐々木大地七段を挙げた。挑戦者予想は永瀬拓矢九段を本命、対抗を藤本渚五段にした。永瀬とは前期の王座戦で戦った後、研究会を再開しているという。
挑戦者決定トーナメントは4月25日、羽生九段―佐藤九段戦で開幕した。同世代のトップ棋士同士の対戦で、王座戦の番勝負だけでも過去3回対戦している(すべて羽生のストレート防衛)。本局は相掛かりになり、最終盤は佐藤に勝ち筋があったものの、秒読みに追われて逆転。初形では5九にいた羽生の玉が最後は1一に到達して逃れるという、大激戦の余韻が残る投了図だった。
渡辺明九段―佐々木大地七段戦は、佐々木が相居飛車の力戦を制した。佐々木は昨年、棋聖戦と王位戦で藤井聡太に挑戦した強豪で、師匠の深浦康市九段譲りの粘り強さが武器である。
藤本五段は2022年にデビューした18歳の最年少棋士で、ポスト藤井世代の筆頭候補といわれる。藤井も「急所をつかむ力は、今の段階でもすごくやっぱり高いものを持っている」とその実力を高く評価している。トーナメント1回戦で藤本と対戦したのは、振り飛車党の鈴木大介九段。アマチュアに人気の四間飛車から藤本を追い込み、最後はベテランらしい味のある指し回しで、藤井王座が挑戦者候補に名を挙げていた新鋭を下した。
挑戦者決定戦は夏に行われ、五番勝負は秋に開幕する。藤井聡太王座の初防衛戦に挑むのは誰なのか、要注目だ。
4月26日 久保利明九段 ● ― ○ 広瀬章人九段
4月26日 渡辺明九段 ● ― ○ 佐々木大地七段
5月2日 鈴木大介九段 ○ ― ● 藤本渚五段
5月2日 菅井竜也八段 ○ ― ● 戸辺誠七段
5月8日 糸谷哲郎八段 ○ ― ● 千田翔太八段
5月15日 永瀬拓矢九段 ○ ― ● 郷田真隆九段
5月22日 豊島将之九段 ○― ● 伊藤真吾六段
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NIKKEI LIVE 第72期将棋王座戦本戦 見どころを語る
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取材・文/小島 渉



