トランプ後の世界で問われるアメリカの争点とはいったい何だろうか。今回の中間選挙から見えてきた問いは重い。台頭する「ニューライト」は、人工知能(AI)と労働の問題、自由貿易、グローバリズム、移民政策、同盟関係といった戦後アメリカの常識そのものを塗り替えようとしている。『バンスのアメリカ トランプ後の世界を動かす思想地図』を書き下ろした日本経済新聞社ワシントン支局記者の飛田臨太郎氏が最新動向を解説する。

AIへの不満と絶望するアメリカの若者

 アフタートランプで問われるアメリカの争点とはいったい何なのだろうか。今回の中間選挙から見えてきた問いは重い。

 まず一番大きいのが人工知能(AI)と労働の問題だ。アメリカの経済成長の柱であるはずのAI。全米各地の選挙戦では、AI開発に不可欠なデータセンターへの反対運動が大きな争点となった。

2026年9月末、トランプ大統領はホワイトハウスでAI関連企業のトップを集めて会議を催した(写真:飛田臨太郎)
2026年9月末、トランプ大統領はホワイトハウスでAI関連企業のトップを集めて会議を催した(写真:飛田臨太郎)
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 人々の不信の底流にあるのは、AIが生む利益が、一部の巨大企業に集中し、市民はむしろ開発にともなう電気代上昇や環境負荷を背負うという被害者意識にも似た感情だ。党派分断で描かれることが多かったこれまでのアメリカ政治の構造を乗り越え、右派、左派から同じような不満が広がっている。

 特に若年層が抱く不満は強烈だ。筆者が話を聞いた西部カリフォルニア州に住むケイシーさん(31歳)は、2025年末に経営学修士号(MBA)を取得した。就職活動で400社ほどに応募したが、面接の機会は4カ月も訪れなかった。

 やっとのことでたどり着いた面接で待ち受けていたのは人工知能(AI)の採用ロボットだった。「人間として扱われない。ひどい経験だった」と言う。

 若者は就職難や物価高騰が直撃し、学生ローンの債務不履行に陥った若者は950万人と過去最高水準に達する。経済的に自立できない若者が増え、18~34歳で親と同居している割合は33%と過去最高水準で推移する。かつて30歳時点で5割を超えたアメリカの持ち家比率は、主に40代以下を指すミレニアル世代では3割となった。

急進左派と右派のニューライト

 絶望するアメリカの若者の支持を集めるのが、急進左派と呼ばれる社会主義的な色彩を帯びた政策を主張する勢力だ。現在の民主主義の議会制度は守りながらも、平等な経済社会への変革を目指す。これは左派が目指す第3の道だ。社会主義の色彩が強い。

 民主党のニューヨーク市長、マムダニ氏ら大都市部のみとみられてきた急進左派の伸長の機運は、今回の中間選挙を通じて、全米に広がり始めた。

 2008年のリーマン・ショック以降、アメリカのエスタブリッシュメント(特権層)が作るシステムへの大衆の不信感が20年近く続いている。それをどう克服するのかという問いにいよいよアメリカの政治は答えを出さなければいけない時が来たのかもしれない。

 一方の右派からは、「ニューライト」と呼ばれる次世代の保守勢力が、その答えを出そうと新しいアメリカの改革像を提示している。彼らは、資本主義の良さは残しつつも、現状の資本主義の姿を放置していては、アメリカの社会・共同体は成り立たないと考える。唱えているのは右派からの視点で目指す第3の道だ。

 拙著『 バンスのアメリカ トランプ後の世界を動かす思想地図 』では、ニューライトがどのようなアメリカの未来を描いているのかをキーパーソンへの取材を手掛かりに説明した。アメリカが抱えているAIと労働の問題、そしてアメリカの資本主義や経済・社会の問題にニューライトがどのような答えを出そうとしているのかを書いている。

労働の尊厳を守れ

 バンス副大統領やルビオ国務長官ら、ニューライトの政治家は第3の道を「共通善の資本主義」と呼ぶ。国内総生産(GDP)といった経済成長の数字や消費者としての利益の最大化を目的とするのではなく、地域社会の安定や労働の尊厳を重視する資本主義に変えようという考え方だ。

ホワイトハウスの記者会見で話すバンス氏(写真:飛田臨太郎)
ホワイトハウスの記者会見で話すバンス氏(写真:飛田臨太郎)
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 従来は「安く、便利にモノを買える消費者」の利益を優先してきたのに対し、このアプローチでは人間を単なる消費者ではなく、働くことに生きがいを感じている労働者、そして子供を育てる親、地域で隣人とつながりを持って生きる共同体の構成員として捉え直す。

 急進左派が掲げる「社会主義」に近い経済を目指すのとは違い、資本主義を大前提にする経済のあり方は変わらない。一方で、資本主義の目的はあくまで、その共同体で生きている人々の暮らしや生きがいを高めるためにあるとする。

 バンス氏はテック界の大物ピーター・ティール氏と距離が近い。彼らテック右派と呼ばれる勢力もニューライト内に取り込んでいる。それと同時に「このままAIを推進すれば労働者の尊厳を損なう」と、AIを警戒する勢力も同じ船に乗っている。

 AIの問題は最もニューライト内での亀裂の芽をはらむが、バンス氏は同じ道を探り続けられると説いている。

 それは、AIが労働を代替するのではなく、労働の価値を高めるために利用するという哲学をまず、ニューライト内で共有するというものだ。そして、AIによる技術革新から生まれる知的財産やモノの生産活動はアメリカ国内にとどめ、テック企業は「グローバリズムではなく、アメリカという国家と、その労働者に奉仕する存在になれ」と説く。これはテック右派にもある程度、共有されている哲学だ。

 中間選挙後、2028年大統領選に向けて、アメリカの有権者は、左派と右派が描く第3の道、どちらがよいのか考え始めることになるだろう。世界、そして日本に大きな影響を与えうるアメリカ人の回答になる。

広がる反イスラエル

 最後に、中間選挙の選挙戦を通じて明らかになったもう一つの重要なアメリカの争点に触れておきたい。アメリカとイスラエルの関係だ。

 これまでアメリカとイスラエルは唯一無二の特別な関係であった。ユダヤ系は人口の2~3%だが、陰に陽にアメリカの政界に強い影響力を持ってきた。しかし、今、そのあり方そのものが揺れ始めている。

 民主党の急進左派は反イスラエルが鮮明だ。今回の中間選挙で、全米各地の民主党の候補を決める党内の予備選では、アメリカで最も強大なユダヤ系ロビー団体である米イスラエル公共政策委員会(AIPAC)からの資金提供を受けているかどうかが最大の争点の一つとなった。

 「イスラエルのマネーに操られている」、「いやそうではない」と候補者同士が誹謗(ひぼう)中傷を繰り広げる様子が各地で広がった。

 7月中旬にはアメリカ連邦議会下院で、イスラエルへの軍事支援を大幅に削減する法案の採決があった。最終的に否決はされたが、民主党議員は半数ほどが賛成した。共和党からはわずか1人しか賛成しなかったのと比べると、民主党内の反イスラエルの動きが膨らんでいる様子が分かる。

 ただ、共和党でもイスラエルとの向き合い方は、若年層を中心に争点になりつつある。アメリカの調査会社ピュー・リサーチ・センターによると、2026年3月時点で、50歳未満の共和党支持者の57%がイスラエルに否定的な見方を示した。2022年調査では35%だったところから大きく上昇した。50歳以上では、依然として大多数がイスラエルに好意的なのとは対照的だ。

 バンス氏らニューライトはイスラエルも例外とせず、同盟関係のあり方をもう一度、見直そうとしている。

 ニューライトの一角を構成する保守系シンクタンク、クレアモントのアンドリュー・ベック氏はイスラエルや日本、イギリスはアメリカにとって特別な存在だと強調しつつ、ニューライトを動かす外交政策の理念とは特定の同盟国への特別な「愛情」を頭に入れつつも、アメリカの国益とは何かを考えながら政策判断をすることだと説明した。

 今のアメリカの有権者はイスラエルですら「聖域」にしないという事実から、日本人が考えるべきことは多い。拙著『 バンスのアメリカ トランプ後の世界を動かす思想地図 』で詳述したが、アフタートランプの世界では、日本もこれまでの「同盟」や「国家主体」をどう考えるのか、一段と再考が迫られる。

世界の次の10年を左右する「ニューライト」とは?

いまアメリカでは、「ニューライト」と呼ばれる新しい保守勢力が急速に台頭している。その中心にいるのが、副大統領J.D.バンスだ。彼らは何を目指し、なぜ多くの支持を集めているのか。投資家、経営者、ビジネスパーソン、国際情勢に関心を持つすべての人のための、新時代のアメリカ入門書。

飛田臨太郎 著/日本経済新聞出版/2860円(税込み)