2023年7月、日経平均株価は33年ぶりの高値を付けましたが、その後、一進一退が続いています。国内外の様々な要素から株式市場を日々分析している井出真吾・ニッセイ基礎研究所チーフ株式ストラテジストに、株式投資に役立つ本を3回にわたって挙げてもらいました。2回目の今回は、今後の株式市場や経済動向を考える上で重要となる、世界情勢や正しいデータの見方を学べる本を紹介します。

第1回 「井出真吾『日経平均は史上最高値へ』、株式相場の波を読む本」

なぜプーチン大統領の支持率は高いのか

 前回、今の日本経済はコペルニクス的転換点を迎えているという話をしました。1つはデフレからインフレへ、もう1つは資本優位から労働優位へ。そのため、市場はしばらく不安定な状況が続くかもしれません。

 そしてもう1つ、転換期であることを意識せざるを得ない変化が起きています。端的に言えば、経済の反グローバル化です。覇権国・米国や欧州の先進各国に追随しない、むしろ対抗軸を打ち出すような動きが活発になっています。

 2022年2月、突如としてロシアによるウクライナ侵攻が始まりました。中国はいよいよ存在感を増し、経済的にも軍事的にも米国を脅かす存在になっています。北朝鮮のミサイル発射は国際社会の批判でやむどころか、近年はいっそう頻繁になっています。さらに最近は、中東情勢も緊迫してきました。

 世界で今、何が起きているのか。これからどうなるのか。その一端を分かりやすく解説した本が、『 ウクライナ戦争は世界をどう変えたか 「独裁者の論理」と試される「日本の論理」 』(豊島晋作著/KADOKAWA)です。著者の豊島晋作さんはテレビ東京の看板記者であり、以前はモスクワ支局長とロンドン支局長も兼任されていました。だから当地の事情にも明るいのでしょう。

『ウクライナ戦争は世界をどう変えたか』はテレビ東京でモスクワ支局長を務めた豊島晋作さんが執筆した
『ウクライナ戦争は世界をどう変えたか』はテレビ東京でモスクワ支局長を務めた豊島晋作さんが執筆した
画像のクリックで拡大表示

 本書の特徴の1つは、ロシアの立場にも言及していることです。例えば、なぜ国内でプーチン大統領の支持率は高いのか、私は戦争開始当初からずっと不思議でした。暴力に訴えることは非難されてしかるべきですし、欧米各国からの経済制裁や企業の撤退によってロシアの人々は生活の不自由も感じているはずです。また、軍隊にも大きな犠牲が出ています。それでもなお、支持率はずっと8割前後のまま。その理由が分からなかったのです。

 本書によれば、それはロシア国民にとって「無秩序」のほうが怖いから。ソ連崩壊後の1990年代、欧米から「自由化」がもたらされました。しかしそれは、ロシア社会に大混乱とハイパーインフレによる貧困を生み出したのです。ああいう時代に戻るくらいなら、多少息苦しくても独裁者に統治されたほうがマシ、という感覚なのだそうです。自由や民主主義が当たり前の社会に生きてきた私にとって、これは目から鱗(うろこ)の解説でした。

台湾有事は「いつ起きるか」が焦点

 また、本書の後半では、北朝鮮や中国の動向に触れ、さらに懸念される台湾有事の詳細なシミュレーションまで行っています。もはや「起きるかどうか」ではなく「いつ起きるか」という状況なのだそうです。

 米軍の図上演習によれば、もし米中が台湾を巡って軍事衝突した場合、どう戦っても中国側が勝つとのこと。ならば、実際に中国が台湾に侵攻しても、米軍は動かない可能性があります。

 そのとき、アジアのパワーバランスは大きく崩れます。もちろん日本にとっても、対岸の火事では済みません。国家としても、個人としても、何らかの対応を迫られるでしょう。投資家なら、生命の安全とともに財産の安全についても考えておく必要があります。少なくとも「米軍が守ってくれる」と思い込むのは危険ということです。

 もちろん、今すぐにどうこうなるという話ではありません。しかし、いざというときにどうするか、頭の体操はしておいたほうがいいと思います。その際、本書の迫真のシミュレーションは大いに参考になるはずです。

ニッセイ基礎研究所でチーフ株式ストラテジストを務める井出さん
ニッセイ基礎研究所でチーフ株式ストラテジストを務める井出さん
画像のクリックで拡大表示

世界の分断化は避けられない

 ウクライナ戦争の行方はまだ分かりませんが、世界が分断化していることは間違いありません。例えば最近、久しぶりに「BRICS」(ブラジル:Brazil、ロシア:Russia、インド:India、中国:China、南アフリカ:South Africaの総称)という言葉をよく聞くようになりました。もともとは2000年代に経済成長著しい国をまとめた呼び方でしたが、今では中国・ロシアを中心とした、米欧日とは一線を画す経済圏という意味で使われています。

 振り返れば、東西冷戦が終結した1990年代以降、国際経済はグローバル化を進めてきました。旧共産圏を資本主義社会に取り込むとともに、もともと仲が悪かった米中や歴史的に確執のある日中も経済分野では結び付きを強め、共存共栄の関係を目指したわけです。

 ところが今や、中国から米国への輸出には追加の関税がかかります。ロシア上空は飛行禁止なので空路は迂回を余儀なくされています。そのため、企業の仕入れコストや物流コストが軒並み上昇しています。例えば日本でも、北欧のサーモンや輸入ワイン、バターなどが大きく値上がりしていますが、おそらくそれは円安の影響だけではないでしょう。

 この状況が続けば、インフレも長引きます。安全保障上の問題も脅威ですが、経済面でも、私たちは難しい局面を迎えていると認識する必要がありそうです。

世の中の状況を正しく捉えるために

 このように世の中で大きな変動があったり不安が広がったりすると、様々な情報が飛び交います。場合によっては極論や陰謀論の類いがいつの間にかまことしやかに語られて、社会をいっそう混乱させることにもなりかねません。

 そういう事態を防ぐには、思い込みで判断するのではなく、信頼できる最新のデータから事実・真実を捉えることが大事。そう訴えているのが、100万部のベストセラー『 FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 』(ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド著/上杉周作、関美和訳/日経BP)です。

データの正しい見方を説く『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』
データの正しい見方を説く『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』
画像のクリックで拡大表示

 例えば世界は分断化していると言いましたが、それはあくまでも政治的な話。昔からよくある「先進国」「途上国」という分け方が本当に正しいのかと疑義を呈します。その指標として「女性1人当たりの子供の数」と「5歳まで生存する子供の割合」を使うと、今や大半の国が「先進国」に属するとのこと。何事も二項対立で単純化したがる私たちの思考が、実は分断を生み出しているのではないかと問いかけてくるわけです。

 あるいは「人口爆発」や「食料危機」の懸念もよく聞きます。これから地球はどうなるのだろうと、私も不安に駆られたことがあります。しかし同書によれば、それは錯覚らしい。私たちは右肩上がりの直線のグラフを見ると、そのまま真っすぐに伸びていくと思いがちです。著者はこれを「直線本能」と呼んでいます。

 世界人口のグラフもその1つで、19世紀半ば以降から急勾配で増加の一途をたどってきました。このままの勢いで伸び続ければ、あっという間に100億人を超え、やがて200億人にも届きそうです。

 しかし、そうはなりません。それは先ほどの「女性1人当たりの子供の数」の推移を見れば明らかです。20世紀半ばから急速に減り始め、直近(2017年)では2.5人とのこと。その結果、国連の予測によれば、2100年時点の子供(15歳未満)の数は現在と変わらないそうです。人口自体は当面増え続けるものの、その伸びは緩やかになり、やがて横ばいになると考えられるわけです。だとすれば、人類の多くが飢餓に見舞われるような事態は避けられる気がします。

 投資についても同じです。情報はいくらでも手に入りますが、それが偏っていたり恣意性が含まれていたりすることはよくあります。また、近年研究が進んだ行動ファイナンスが明らかにするように、私たちの脳は常に合理的に働いてくれるとは限りません。もうかったときの喜びより損したときの落胆のほうが2倍大きいというような「認知バイアス」があります。

 だからこそ、それを自覚しつつ、できるだけ冷静に、客観的に、正しいデータと向き合う必要がある。本書を読むと、そのことを痛感させられます。もちろん投資に限らず、あらゆるビジネスでも日常生活でも必須の考え方でしょう。

文/島田栄昭 写真/小野さやか

100万部突破!

ファクトフルネスとは、データや事実に基づき、世界を読み解く習慣。賢い人ほどとらわれる10の思い込みから解放されれば、癒やされ、世界を正しく見るスキルが身に付く。

ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド著/上杉周作、関美和訳/日経BP/1980円(税込み)