2023年初めから日経平均株価は上昇を続け、7月には33年ぶりの高値を付けました。その後、一進一退が続いていますが、今後の株式市場はどうなるのでしょうか。国内外の様々な要素から株式市場を日々分析している井出真吾・ニッセイ基礎研究所チーフ株式ストラテジストに聞きました。今後の相場動向の解説に加えて、株式投資に役立つ本も挙げてもらいました。今回から3回にわたってお届けします。

日本経済はコペルニクス的大転換期

 日本経済は今、ある意味でコペルニクス的な大転換期を迎えている可能性があります。過去30年以上続いたデフレを脱し、ようやくインフレの時代が始まろうとしているからです。

 長く「デフレ脱却」を合言葉にしてきた日本ですが、この転換は必ずしも喜ばしいわけではありません。インフレとは、お金の価値が下がること。私たち生活者の立場で言えば、資産を預貯金だけで持っていると、相対的に目減りするということです。

 それに対処するためには、好むと好まざるとにかかわらず、資産の一部を投資に振り向けるしかありません。インフレ率と同じリターンを得られれば、とりあえず目減りは防げるわけです。折も折、2024年1月からは、株や投信への投資で得た利益にかかる税金がゼロになるNISA(少額投資非課税制度)が大改正され、新NISAがスタートします。非課税の投資枠が大幅に拡大し、非課税期間も無期限になるため、これを利用しない手はありません。

 とはいうものの、今まで投資の経験がない方にとっては、戸惑うことばかりでしょう。そこで、まずは今の経済状況や株式相場の見通しを概観した上で、金融市場をより深く知るための本をご紹介します。

ニッセイ基礎研究所でチーフ株式ストラテジストを務める井出さん
ニッセイ基礎研究所でチーフ株式ストラテジストを務める井出さん
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米国経済の影響で当面は不安定

 2023年初めから一本調子で上昇してきた日経平均株価は、7月に3万3753円で33年ぶりの高値を付けた後、一進一退が続いています。

 では今後、どう動くのか。私のメインシナリオとしては、当面不安定な状況が続くと思います。2023年末から2024年春ぐらいに日経平均は3万円あたりまで下落、場合によっては3万円割れの場面もあるかもしれません。

 背景にあるのは、米国の景気動向です。中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)は、2022年3月から果敢に利上げを繰り返してきました。景気や雇用を犠牲にしてでもインフレを抑制するというスタンスです。ところが、インフレがある程度抑え込まれた一方、景気は減速どころか足元の消費が拡大するような状況が続きました。これによって米国株は堅調に推移し、為替市場ではドル高円安が進み、日経平均を押し上げたわけです。

 しかし、さすがにこの状況はそう長くは続かないでしょう。やがて利上げの効果が本格的に現れて、米国景気は少し下向きになると思います。そうなると、米国株も下落基調に入ります。FRBは利上げを止め、2024年あたりから利下げモードに入るので、ドルも売られやすくなります。つまり、日本株にとっては、米国株下落とドル安円高というダブルパンチに見舞われるわけで、いったん下落もやむなしという状況です。

日経平均は3~5年後に史上最高値を更新

 ただし、このシナリオには続きがあります。コロナ禍による経済の落ち込みからの復活もあり、目下の日本企業の業績は軒並み好調です。その状態は2024年度も続くでしょう。それでも日経平均が3万円前後まで下がるとすれば、かなり割安になります。米国の景気減速が一段落すれば、また上昇基調に戻っていくはずです。

 加えて、2023年3月には東京証券取引所から上場企業に対し、「経営改善要請」が出されました。一般的には「PBR(株価純資産倍率)1倍割れの解消」と認識されていますが、資本コストや株価を意識した経営を実現してくださいと要請しているわけです。そもそも日本株の多くは、企業業績に見合った評価がされていません。それは現預金(社内に蓄積された利益)を大量に抱えていたりするなど、資本の使い方が非効率だからです。

 それを解消するには、自社株買いや増配によって株主還元を強化するとか、収益力を高めるとか、IR(投資家向けの広報活動)を充実させるとか、いろいろあります。見方を変えれば、日本企業にはまだまだ伸びしろがあるということです。これも株価の上昇に大きく寄与するでしょう。

 そのタイミングを、日本の株式市場の主要プレーヤーである外国人投資家が見逃すはずがありません。改めて日本株を買い増す時期が来ると思います。また、先に触れた新NISAが2024年1月からスタートして、個人投資家の資金が大量に流入するとみられることも好材料です。

 つまり、しばらく不安定な時期は続きますが、長期的に見れば株価は上昇していくと予想します。私の想定では、3~5年後にはバブル時の史上最高値(3万8915円、1989年12月)を超える可能性が十分あると見ています。

相場は「短波」より「中波」「長波」重視

 そうは言っても、やはり「投資で損はしたくない」という意識は強いと思います。ならば勉強あるのみ。その解説書として秀逸なのが、『 時代の「見えない危機」を読む 迷走する市場の着地点はどこか 』(黒瀬浩一著/慶応義塾大学出版会)です。著者の黒瀬さんは民間のエコノミストでありながら学者顔負けの博識ぶりで、市場に対する洞察の深さにはしばしば驚かされます。

歴史から市場を深く洞察する『時代の「見えない危機」を読む』
歴史から市場を深く洞察する『時代の「見えない危機」を読む』
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 同書のスタンスを端的に表現すれば、「投資で成功するために、世界の覇権国である米国の立場で考えよう」。ただし、直近の米国経済についてのみ解説しているわけではありません。戦後から今日までの日米経済の推移を丹念に振り返り、市場には一定のサイクル(波)があると看破している点が大きな特徴です。その要因を分析しながら、大局的な視点で経済の先行きを読み解こうというわけです。

 かなりの大著なので、すべてじっくり読むのは大変かもしれません。この中から投資に役立ちそうなエッセンスを抽出するなら、大きく2つあります。

 1つは、相場の波を3年程度の「短波」、10年単位の「中波」、それ以上の「長波」の3つに分けて考えること。私たちは「短波」もしくは「超短波」の値動きに一喜一憂しがちです。まして初めての投資となると、ちょっと損が出ただけで動揺することもあるでしょう。しかし、「短波」は時々の経済動向などに振り回されるものなので、いちいち気にしていてはキリがありません。

 それより重要なのは、景気循環が一巡する「中波」、覇権国・米国の動向を反映した「長波」を見逃さないことだと説いています。またこういう波を繰り返しながら、結果的に株価は上昇を続けてきたことにも注目すべきでしょう。

 ユニークなのは、「長波」の根源を資本優位か労働優位かで捉えている点です。つまり、企業は利益を労働者と資本家のどちらに優先的に分配しているか。米国では、十数年単位でこの交代が起きているそうです。株価は資本優位の時期に大きく上昇し、労働優位なら横ばい、またはやや上昇基調になることが多いようです。

 2010年以降で見ると、ほぼ資本優位で推移したため、株価は上昇し続けました。しかしコロナ禍が明けた昨今、急速な需要回復とともに労働力不足が深刻化し、賃金が上がり始めています。全米自動車労働組合をはじめ、米国の各所でストライキが頻発しています。また、日本でも、賃上げできない企業は淘汰されるという論調さえ台頭しています。もしかすると、「長波」としてはちょうど今、資本優位から労働優位への転換点に差し掛かっているのかもしれません。

日本に必要なものとは

 そしてもう1つ、同書の終盤では、日本経済を良くするための処方箋を提示しています。それによると、まず国際情勢に対応するには、良い市場、良いルール、良い組織の三位一体の体制の整備が急務とのこと。そのためには、決して閉鎖的にならず、開放的なマインドを持ち続けることが重要と主張しています。

 まったくその通りでしょう。市場関係者の多くがなんとなく思っていることを、黒瀬さんがクリアに書いてくださいました。市場もルールも組織も、閉鎖的では当然ながら発展しません。投資家としても、そういう観点で投資先を見定めることが大事でしょう。

 また、政府の関わり方も重要です。本来、企業は厳しい経営環境でも知恵を出し、汗をかき、乗り越えてこそ筋肉質になれるのです。ところが昨今、政府は企業や業界に簡単に補助金を出してしまいます。これは単なる延命措置で、その企業・業界にとっても、ひいては日本経済・社会にとっても決してプラスにはなりません。まず政府が変わらなければ、企業は変わりようがないのです。

「市場関係者の多くがなんとなく思っていることを、黒瀬さんがクリアに書いてくださいました」
「市場関係者の多くがなんとなく思っていることを、黒瀬さんがクリアに書いてくださいました」
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文/島田栄昭 写真/小野さやか