ビジネスの現場では、時に「リーダーになることへの不安」の声が聞かれることがあります。『叱らない、ほめない、命じない。 あたらしいリーダー論』の著者、岸見一郎さんはその要因として、「ロールモデルの不在」を説きます。本書を通じて、「こんなリーダーになりたい」と若い人たちに気づいてもらえたらという岸見さんに、話を聞きました。今回は1回目。(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也)

アドラー心理学との出合い

尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上) 今回は『 叱らない、ほめない、命じない。 あたらしいリーダー論 』を紹介します。ゲストは、著者の岸見一郎さんです。

 哲学者の岸見先生が一躍有名になられたのは『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(ともに共著、ダイヤモンド社)のシリーズですね。そして、この『嫌われる勇気』はアドラー心理学を世に広めるきっかけにもなりました。岸見先生は哲学者でありながら、どのようにアドラー心理学へとたどり着いたのでしょうか。

岸見一郎(以下、岸見) 30歳のときに子どもが生まれました。保育園に行くようになると、送り迎えのときに子どもが自転車に乗らない、帰りに買い物へ行くと子どもが泣き叫ぶ、そういうことに困ってしまい、友人の精神科医に相談したのです。すると、その友人が「アルフレッド・アドラーの本を読んでみたらどうか」と勧めてくれました。『子どもの教育』という本を読み、そこで初めてアドラーの名前を知りました。

 そして、アドラーの考え方を知れば子育ての悩みの解決につながるのではと考え、1989年ごろから勉強し始めたのです。当時はアドラーの著作の翻訳はほとんどなく、自分で翻訳、研究し、子育てを実践するなかでアドラー心理学を身につけていきました。僕の話は理想論だと言われることもありますが、自分と子どもとの関係のなかで実践してきたことだけを話しています。

尾上 実践されてきた学びを2013年に『嫌われる勇気』として世に出すことになったのですね。

ロールモデルの不在

岸見 アドラー心理学は心の内容を見るのではなく、対人関係を見ていくのが大きな特徴です。

 僕は親子関係を軸に学び始めましたが、本作『 叱らない、ほめない、命じない。 あたらしいリーダー論 』にあるリーダーと部下との関係も対人関係です。どの対人関係も基本的には同じなので、職場で尊敬されるリーダーが、家庭で子どもたちから軽視されることはあり得ないと考えています。

学校の教師を目指していた時期もあったという岸見一郎さん。学生時代に尊敬していた先生のことは、今でも思い出せるといいます。どのような先生だったのでしょうか
学校の教師を目指していた時期もあったという岸見一郎さん。学生時代に尊敬していた先生のことは、今でも思い出せるといいます。どのような先生だったのでしょうか
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尾上 本書は、前半の第1部が「自信が持てない『心若きリーダー』との対話」、後半の第2部がサイボウス社長の青野慶久さん、ユーグレナ社長の出雲充さん、カヤックCEOの柳澤大輔さんとの対話という構成ですね。

 第1部の冒頭には、リーダーになることへの困惑、不安についての話が出てきます。今、リーダーになりたくない、リーダーになるのはつらいと聞くケースが多いとのことですが、それはなぜでしょうか。

岸見 モデルにできるようなリーダーがいない、というのが僕の考えです。「あの人のようなリーダーになればいいんだ」と若い人が信じて疑わないロールモデルがいないのではないでしょうか。

 「リーダーになったら、上司になったら、これまでと接し方を変えないといけないのでしょうか」という質問をされることもあるのですが、そんな必要はありません。僕が子どもの保育園の送り迎えをしていたときに、ある保育士さんから「上司に『もっと子どもをきつく叱らないと』と言われるけれど、私は子どもたちを叱れません。どうしたらいいですか」と聞かれたことがありました。僕は、「『子どもをきつく叱る』というやり方は古いし、その上司の考え方には改善の余地がある。あなたがリーダーになっても、子どもとの接し方を変える必要はありません」と答えました。

 すると、その若い保育士さんは、子どもたちからの絶大なる人気を博する保育士に成長しました。そのとき、もし上司が「あの若い保育士は子どもたちに慕われ、絶大な人気がある。いったいなぜだろうか」ということに気づければ、その上司もまた変わることができたでしょう。そして、そういうリーダーの下で仕事をしている若い人たちも、自分自身がリーダーになったときに迷うことはないでしょう。反対に、古いリーダー論にとらわれているリーダーの下で働いている若い人たちは、ロールモデルとする人がいないのかもしれませんね。

尾上 確かにそうですね。私も昭和世代の古いタイプですが、自分の身に染みついている上下関係が通用しない時代になってきていると肌で感じます。

岸見 ロールモデルの話でいうと、僕は、教師になろうと思っていたことがありました。でも、僕が教師になったときに生徒を叱れるだろうか、いや、とてもできないと思ったのです。だから教師になるのをやめました。

 でも考えてみたら、僕が若いときに教えを受け、尊敬していた先生たちは決して声を荒らげたりしませんでした。「あの先生は僕を対等に見てくれた」と、今も思い出すことができます。ああいう先生になれたらよかったのだ、なればよかったのだと思いますね。

 本書の狙いの一つは、この本を読んで「そうか、あの人はここに書いてあるようなリーダー論を実践していたから、尊敬に値するリーダーだったのだ」「すぐにはできないかもしれないけれど、自分もこんなリーダーになりたい」と思ってもらうことなのです。

構成/三浦香代子

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