自分の仕事が「報われない」と感じると、自信を失ってしまうこともあります。そのような部下には、上辺のほめ言葉はなかなか伝わりません。『叱らない、ほめない、命じない。 あたらしいリーダー論』の著者・岸見一郎さんは「リーダーは、ほめるよりも『ありがとう』と言いましょう」とアドバイスします。「ありがとう」の意味、そしてその効能とは。今回は3回目。(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也)
リモートワークを嫌う上司
尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上) 今回も、『 叱らない、ほめない、命じない。 あたらしいリーダー論 』の著者、岸見一郎さんにお話を伺います。
さて、今はリモートワークが当たり前になり、「叱らない、ほめない、命じない」関係性を築き上げることは、リアルのときよりも難しいかもしれません。そのようななかで、リーダーは部下やチームのメンバーとどう接すればいいのでしょうか。
岸見一郎(以下、岸見) リモートであろうと対面であろうと、伝えるべきことはきちんと言葉で伝えられるはずです。ただ、それができないと思い込んでいる上司が、リモートワークを嫌うのでしょう。
岸見 それに、対面だと威圧できると勘違いしている人も多いです。でもリモートだと、存在感の誇示ができない。だからとにかく発言するのですが、その発言が合理的ではない、説得力がない──そういったことがあらわになれば、若い人はたちまち尊敬の念を持たなくなるかもしれない。だから対面にこだわるのだと思います。
尾上 そこにあるのは、雰囲気で威圧するような関係性ということですね。
岸見 はい。若い人であろうとリーダーであろうと、語られている内容がすべてだと思えるようにならないといけません。リーダーにとって、コロナ禍は厳しい期間だったでしょう。でも、また皆が対面で仕事をしたときに、よりよいコミュニケーションはできると思います。はなからそれは無理だと思うリーダーは、もう時代に取り残されます。
尾上 なるほど…。では、次に第1部・第1章の「報われにくい仕事の存在について」について教えてください。若い人に任せられる仕事や業務では、ほめられることが少ないかもしれません。そういうなかで、リーダーにとって大事なのはほめることではなく、「ありがとう」と言うことだとおっしゃっています。報われにくい仕事であっても「貢献感を持てるように」というのが大事なのですね。
岸見 そうですね。これまで「ほめない」という話をしましたが、ではどうするのかというと、「貢献」に注目することが重要です。
だから、リーダーは若い人に「ありがとう」と声をかけてください。ほめ言葉と違い、「ありがとう」と言われると、自分がしていることに価値があると思えるからです。自分には価値があると思えたら、仕事に取り組む勇気を持てます。
尾上 この本に書かれている、「仕事を通じて得られる幸福」というのが、まさに貢献感だということですね。
「宣言」して、新しいリーダーになる
尾上 本書の第2部「社会を変えたい『起業家』とのリーダーシップをめぐる対話」では、岸見先生と3人のリーダーが対談されています。印象的だったのが、そのなかの1人、ユーグレナの出雲さんが、本作より前に出版された『 ほめるのをやめよう リーダーシップの誤解 』(日経BP)について話されている部分です。
出雲さん自身も「叱るのをやめよう」と頭では分かっているけれど、なかなか実践できないとおっしゃっていました。同じように、岸見先生の本を読んで、頭では分かっているけど実践できない人は、他にもいるのではないでしょうか。
岸見 そういう方ばかりだと言っていいかもしれません。とはいえ、せめて頭で分かることが出発点です。
ただ、「でも」とよく言う人は、「実践してみよう」という思いと「いや、無理だ」という思いが半々なのではなくて、初めから「やめておこう」と決めているのです。だから、「でも」と言いたくなったら、言うのをやめてみる。以前、「でも」と言う人の言葉をカウントしたことがあります。「ほら、また『でも』と言っていますよ、今日は5回目」というように。このように指摘すると、「でも」と言っていることを意識できるようになります。
とにかく「でも」を言わないようにして、やれることをやってみるしかありません。そして顔を引きつらせながらでも「ありがとう」と言ってみる。初めは抵抗があったけれど、やってみると意外と大丈夫だということに気づくかもしれません。
尾上 確かに、まずは小さなことでもいいからやってみることですね。
岸見 はい。そして、初めから完璧であろうとしないことです。アドラーは「不完全であることの勇気」という言葉を使っています。例えば、叱らないと決心したところで、次の瞬間に叱ってしまうかもしれない。決心は大切ですが、完璧にそれが実践できると思わないことも大事です。少し日がたてば、前は無思慮に叱っていたけれど、最近は何か言う前に考えるようになったな…などと気づく。そうなると、これは大きな進歩です。
それから、もう一つできることは、周りの人にちゃんと宣言することです。
尾上 宣言とは。
岸見 例えば、リーダーがこの『あたらしいリーダー論』を読んで自分を振り返り、部下を叱りつけてきたことが多かったと気づいたとします。そこで、「今日から態度を改めて皆さんに接したいと思うので、どうぞよろしくお願いします」と宣言するのです。
すると、若い人が「ほら、また叱りましたよ」と教えてくれます。そうしたら「教えてくれて、ありがとう」と言うのです。
尾上 そう宣言をすることで、フィードバックを得られる関係性になるのですね。
岸見 そうですね。そしてあまり深刻にならないほうがいいです。うまくいかなくても、では今度はどうしようかなというふうに考える。まず、リーダーが「不完全であることの勇気」を持たないといけないし、失敗しても、それでも皆で頑張っていける職場の環境、雰囲気をつくっていくことが大切です。
構成/三浦香代子
