ビジネスに問題解決は付き物だが、すでに存在している問題の解決を標榜していると「改善」するだけにとどまり、そこから大きなビジネスは生まれないと、一橋ビジネススクールの楠木建・特任教授は指摘する。この「問題解決のための問題をつくっている」状況を回避することはできるのか? 楠木氏と、ベンチャーキャピタルの第一線で活躍し『ゼロから創らない戦略 イノベーションを駆動する「価値移転」の法則』(日本経済新聞出版)を刊行した野本遼平氏が「価値移転」というレンズで事業の勝ち筋と、日常に埋もれたビジネスチャンスの見つけ方を徹底的に言語化する。オンライン対談の3回目。

 「価値移転」とは2つの異なる経済体系における特定リソースへの評価の違いを利用し、リソースを仲介することで利潤を創出する営みである。ベンチャーキャピタルの最前線で活躍する野本遼平氏が主張するこのコンセプトは、事業の成功要因を解き明かし、日常に埋もれている新たな事業機会を掘り起こすのにも有効だ。

「価値移転」というレンズで読み解く文明史

一橋ビジネススクール特任教授 楠木建氏(以下、楠木) これまでのお仕事のご経験から「価値移転」というコンセプトが生まれてきたと思うのですが、今後この価値移転の議論を発展させるとか、何か準備されていることはありますか?

グロービス・キャピタル・パートナーズ ディレクター 野本遼平氏(以下、野本) 今回の価値移転の話の延長で言うと、「取引コスト」に焦点を当ててはどうかと考えています。リソースを仲介するための取引コストがテクノロジーなどによって劇的に下がるときに、価値移転が起きる傾向があります。この話をより敷衍(ふえん)すると、社会の変化や前進の契機として、取引コストや摩擦の劇的低減があるのではないかと考えています。

 例えば、人類が火を使えるようになって、タンパク質という「身体の外部にある価値」の消化がしやすくなったという話もあります。活版印刷が実用化されたとき、そこで起きたことは「知識の創造」ではありません。すでにそこにあった知識の流通コストが、桁違いに下がったわけです。19世紀、農村に眠っていた労働力の供給と都市工場の需要は、輸送・移動コストという壁によって分断されていたわけですが、蒸気機関鉄道が往来の摩擦を取り除いた。人と物が動けるようになったとき、価値は一極集中せず、広域に移転し始めました。インターネットに関しては、もはや説明するまでもないでしょう。

 実は、これはテクノロジーに限った話ではありません。例えば、諸説ありますが、通貨は見知らぬ他者との交換・取引に伴う与信コストや摩擦を消滅させた装置として捉えることも可能です。また、物語というフォーマットは、複雑な概念や価値観を、他者の腑(ふ)に落ちる形へと変換する、いわば「理解の取引コスト」を下げる装置です。組織文化もまた同様で、共通の前提と行動規範が根づいた組織では、コミュニケーションや意思決定のすり合わせコストが劇的に低くなるわけです。

 こうした歴史的な話題から、最近のAI(人工知能)やその先の量子コンピューティングのような先端テクノロジーまで、「取引コスト」や「摩擦」という概念を軸にして、政治・経済・事業・組織に通用する一気通貫したフレームワークがつくれたら面白いかなと思っています。

楠木 価値移転というレンズで、長い時間軸を読んでいく文明史、あるいは産業史のようなものですね。それは非常にいいアイデアですね。一瞬輝いて見えたウィーワークのようなケースが世の中にはものすごくたくさんあると思うので、それらを批判的に検討していくというのも読んでみたいですね。「これからはこれが来る」といった論調に一石を投じることができそうです。

「課題解決型の事業」は限界を抱えている

野本 確かにそうですね。例えば最近で言うと、やはりAIの話を耳にしない日はありません。AIを使えば動画でも音楽でもすぐにつくれるようになりつつあります。しかし、これを逆の視点から捉えると、コンテンツが供給過多になって希少性が下がってしまう可能性も見えてきます。そうすると1周回って、生身の人間の活動や、ライブパフォーマンスなどに強みを持つ会社の企業価値が上がる未来もあり得ます。

 消費活動の主体は、当面はAIではなく人間だと思いますが、人間の注意(アテンション)は有限ですので、その注意を引きつける仕組みや、存在としての希少性のほうが重要になる、と表現できるかもしれません。

 あるいは、複製不可能なブランドや知的財産権などの価値が高まる可能性もあります。というのも、需要と供給の不均衡が経済の本質ですし、もっと言うと、一部論者によれば、資本主義の本質は「人為的な希少性」にあるわけです。AIを使ってコンテンツを大量につくるようなことを売りにする領域は、相当なレッドオーシャンになりそうですよね。

楠木 みんな「こういうことができる」「ああいうことができる」という供給の話ばかりで、需要のことが考えられていない。ですから、『ゼロから創らない戦略』の中にある議論で、社会課題解決について書かれた部分、あれは非常に重要なメッセージだと思って読みました。

楠木建(くすのき・けん)
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楠木建(くすのき・けん)
一橋ビジネススクール特任教授
専門は競争戦略。著書に『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』など多数。

 あらゆるビジネスに問題解決は付き物ですが、すでに存在している問題であれば「改善」するだけにとどまる。自動車の登場で馬の管理に関する課題は縮小したけれど、馬の管理に関する問題解決をどれだけ突き詰めたところで自動車は出てこない。

 グーグルやフェイスブックにしても、具体的に顕在化している困りごとを解決しようとして創業したわけではない。なので、ソリューションが重要だといわれていますが、「ほとんどが馬の管理に関する課題を解決するだけで、その先に大きなビジネスはないですよ」というご指摘は、本当にその通りだと思いました。

問題を解決するために問題をつくっている

楠木 もし、あらゆるビジネスがあらゆる問題を解決していくと、ある時点でだいたいの問題は解決されて、純粋消費、純粋補充しか残らなくなってしまうのではないかと懸念されてきました。具体的には「それが成熟した社会である」「問題が解決されて人々は週に3日ぐらい働けばよい」という予測です。ですが、全然そうならずに現在に至っています。なぜなのか。これは結局、「問題解決のための問題をつくっている」状態だからです。

 「問題解決の裏を取る」と表現できそうです。例えば、AIが登場したことにより、楽器が弾けなくても、楽譜が読めなくても、音楽理論を知らなくても、誰でも簡単に曲をつくることができるようになりました。これは問題解決に当たりますが、そうやって生み出された曲は聴衆の心に響かないといった新しい問題が生まれてきて、その新しい問題を解決するためにライブパフォーマンスに価値が出る。そういうことだと思うんですよね。

 みんなが寄ってたかって問題解決をしていった揚げ句、どんどん問題が出てきてしまい、それをまた解決しなければならない。これがずっと連なっていくので、いつまでたってもビジネスはなくならないということなのかと思っています。

野本 確かにそうですね。AIの話で言うと、AIの普及に伴ってエネルギー不足が深刻になり、もう宇宙で発電も計算もしようという発想になって、実際にイーロン・マスクが宇宙データセンターの設置に着手しています。まさに問題を解決するためにどんどん壮大なことをやらなければならないという状況になっていますね。

 ただ、もう少し構造的に見ると、私たちがそのような終わりのないモグラたたきのような状態を続けているのは、私たちが資本主義という無限増殖システムに強く組み込まれているからにほかなりません。

野本遼平(のもと・りょうへい)
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野本遼平(のもと・りょうへい)
グロービス・キャピタル・パートナーズ ディレクター
2019年よりグロービス・キャピタル・パートナーズにてスタートアップ投資に従事するほか、投資先企業の社外取締役を務める。弁護士としての実務経験も。主著に『成功するアライアンス 戦略と実務』(日本実業出版社)、『ゼロから創らない戦略』(日本経済新聞出版)などがある。

 テクノロジーによって効率が上がり、必要なものが十分に供給されるようになれば、人間は労働から解放されるはずでした。しかし、資本主義はそれを許しません。資本主義のゲームにおいて、利益の源泉は常に他者との「差異」にあるからです。テクノロジーが発展し、あらゆる問題が効率的に解決されていくと、放っておけばその差異はあっという間に消滅してしまいます。だからこそ現代の企業は、生き残るために自らの手で絶えず新しい技術や新しい市場を開拓し、意図的に差異を創り出し続けなければならないのです。

 つまり、「すべての問題が解決して成熟した社会が訪れる」というのは、資本主義の論理と決定的に矛盾するわけです。資本が自己増殖のために絶えず差異や新たな問題を創出し続ける終わりなき運動である以上、資本主義のシステムから降りない限り、ビジネスの連鎖が止まることは原理的にあり得ないのだと思います。

資金がないからこそ価値移転が生まれる

野本 少し脱線しますが、成長企業の時価総額が期待値で高くなっていることに関して、恐らく楠木先生は少し批判的だと思います。最近、政府がスタートアップ支援にかなりの予算をつぎ込んでいることについて、先生はどういうふうに観察されていますか?

楠木 アイデアの数に比べて、お金の量が余りすぎていると感じています。アイデアが非常に少ない状態で、投入できるお金が潤沢にあると、見極めが甘くなります。本当なら行き詰まっている人のほうが、どうにかしてうまくリソースを仕入れられないかと考えるので、価値移転の可能性を見いだしやすいはずです。

 じゃぶじゃぶと資金が供給されてしまう人に、うまい価値移転はできないように思います。駆け出しだったころのイーロン・マスクとか黎明(れいめい)期のグーグルは、価値移転のセンスが非常に研ぎ澄まされていたと思うんですよね。

野本 お金がないなら頭を使って、いかにコストを使わずに稼ぐかっていうことを、必死で考えますよね。むしろ「お金がない」という制約こそが、価値移転の本質的なセンスを鍛える装置なのかもしれません。資金が潤沢にあると、人は「持っているものを使う」「値付けされているものを、お金をかけて使う」という発想に閉じてしまう。制約は、視野を狭めるのではなく、むしろ自らが置かれている構造を必死で読もうとするきっかけになる。その姿勢が価値移転につながるのかもしれません。

市場の新陳代謝を説明するためのロジック

楠木 あらゆることが金で解決できるようになった今のグーグルは、価値移転なんて考えることすらしないでしょうね。ただそれはある意味、健全な仕組みとも言えます。新たに価値移転に挑戦しようとする企業は、グーグルのような巨大企業に成長するかもしれません。価値移転のコンセプトは、そういうビジネスの新陳代謝のようなものを説明するロジックとしても使えると思っています。

野本 そうですね。私の俯瞰(ふかん)的視点だと、グーグルもフェイスブックも成熟しており、デジタルはもはや新しい場所ではなく、強者がさらに強くなるという複利的な、強化型のサイクルが回っていますし、何なら、すでに既得権益の温床になっている側面もありそうです。

楠木 まったくそうだと思います。まあ私のようにミクロの視点から見るとまだいくらでもビジネスチャンスはあるのですが、野本さんのように俯瞰して見ると、価値移転のチャンスは限られているように思います。

野本 デジタルの先の世界という意味だと、「デジタルからリアルへ」、あるいは「スクリーンの外の世界へ」と、価値の重心が戻ってくる可能性があると思っています。現時点の観測で言えば、新陳代謝によりGAFAMの地位を奪うのは、イーロン・マスクが率いる企業群のように思えます。

 ある価値移転の仕組みが飽和し、均質化・静態化すれば、必ず別の場所に新たな「価値のズレ」が見いだされ、そこへ資本が流れ込みます。価値移転というコンセプトは、まさにこの資本主義における企業の勃興と衰退、そして産業の絶え間ない新陳代謝のサイクルを読み解くための普遍的なロジックとして機能するのではないかと考えています。

文/橋口いずみ バナー写真(楠木氏)/斎藤弥里

発明でもなければ、単なる模倣でもない、1 → 10とも異なる。優れたビジネスに隠された仕組みを、ベンチャーキャピタルの最前線で活躍する著者が体系化。ビジネスパーソンの日頃の実践に役立てる!

野本遼平著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)