スマホやPCなどを使ったマルチタスクで、あなたは注意散漫になっていないだろうか。『ATTENTION SPAN(アテンション・スパン) デジタル時代の「集中力」の科学』(グロリア・マーク著/依田卓巳訳/日本経済新聞出版)は、心理学・情報科学のエキスパートが、デジタル環境下の集中力の現状を明らかにし、生産性も幸福度もかなえる方法を示した1冊だ。今回は、「注意散漫」に関する私たちの誤解について、同書の抜粋・再構成をもとに明らかにする。

私たちは常に集中することはできない

 激変する文化のなかで、私たちとデジタル技術との関係についてよく語られる現代の神話が4つある。いずれも広く知られたものだが、科学的には間違いであることが証明されている。

 第1の神話は、「効率的にデジタル機器を使うには、常に集中すべきである」というものだ。しかし、とりわけ休憩なしで長時間集中するのは、ほとんどの人にとって自然な行動ではない。自然界にはあらゆるリズムが存在するが、私たちの集中にもリズムがあることが多くの研究から分かっている。

 集中力は自然に強まったり弱まったりする。1日のある時間にピークに達し、他の時間はそうでもない。また、集中が長く続くとストレスが増す。1日中集中しなければならないという難しい課題では、私たちがノンストップでウエートトレーニングすることはできないように、必ずエネルギー(認知リソース)が切れて成果が落ち始める。しかもそれはたいてい、1日の平均労働時間である8時間よりはるかに前に起きる。

デジタル機器で「フロー」はかなえられない

 第2の神話は、「テクノロジーを使うときにも『フロー』という理想状態を目指すべきだ」という考えだ。「フロー」とは心理学者ミハイ・チクセントミハイが提唱した概念で、何かの体験に没入するあまり外界を意識しなくなり、時がたつのも忘れてしまうような究極の集中状態を指す。フロー状態にある人は喜びを感じ、興奮し、創造力がピークに達する。

 たいていの人は、一度はそんな体験をしたことがあるはずだ。それは音楽を演奏しているときかもしれないし、好きな音楽を聞いているとき、あるいは、サッカーの試合で選手全員が魔法のような連携プレーをしているときかもしれない。アーティストなら、制作中にフローの状態になるだろう。そういうときにはいくらでもアイデアが湧いてきて、集中も維持しやすい。

 フローというこの理想状態を目指すのはいいが、それが日常生活で出現することはめったにない。仕事でデジタル情報を扱う人たちの場合にはなおさらだ。アーティスト、ダンサー、ミュージシャン、職人、アスリートがフローを体験するのは珍しくないが、日常生活の大半の時間をデジタル機器の画面を見て過ごしている私たちに、このフローが訪れることはまれである。

 フローを妨げるのはコンピュータそのものではなく、仕事の性質によるところが大きい。コンピュータで作曲したり、複雑なプログラミングをしているときには容易にフロー体験ができても、仕事で会合の予定を入れたり、報告書を作ったりしているときには難しいのだ。

 オンラインでクロスワードパズルをしているときや、Netflixを見ているときにもフローは起きない。確かにそれらも注意は引くが、創造性が頂点に達するような体験ではない。むしろデジタル世界での集中は持続時間が短く、集中先も活発に変わるという性質を持っている。

デジタル世界での集中は持続時間が短く、集中先も活発に変わる(Andrey Popov/stock.adobe.com)
デジタル世界での集中は持続時間が短く、集中先も活発に変わる(Andrey Popov/stock.adobe.com)
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注意散漫の原因は思わぬところにある

 第3の神話は、「デバイスの使用中に注意が他に移ったり、中断したり、マルチタスクになってしまうのは、主に外部からの通知や自制心不足のせいである」というものだ。アルゴリズムによって個人向けに調整された通知が私たちを注意散漫にさせることについては、すでに多くの研究があるが、集中に影響を与える他の要因についてはあまり知られていない。

 私たちは真空状態でテクノロジーを使っているわけではないので、現実世界での行動は日々の生活を取り巻く文化の影響を受ける。同様に、デジタル世界での行動も環境や人間関係やテクノロジーの力に影響される。こうした影響は世界中で見られる。

 その影響の一部は意外に思えるものだ。まず、人間は連想によってものを考えるが、インターネットはそれを助長する。ネットワークの設計が人間の思考法とぴったり一致しているからだ。インターネットでは、求めていた情報を簡単に見つけられるが、探していたものが見つかったあとも、さらに興味深い情報を探さずにはいられなくなる。

 また、人間にはそれぞれパーソナリティーの違いがあるが、そうした性格特性も集中時間に影響を与える。Instagramを見ないように自制するのが簡単な人もいれば、それが非常に難しい人もいる。いくつかの性格特性がデジタル機器に集中する時間やメールチェックの頻度に影響を与えることも、実はあまり知られていない。

 私たちは社会的な存在なので、他者の要求に応じようとする。例えば、他者とのやりとりから社会的な報酬を得ることもあれば、周囲の圧力に屈したり権力に従ったりすることもあるだろう。同僚や友人との社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)(訳注:人々の協調行動を促す信頼関係や人間関係)をプラスに保ちたいという思いが、メールやソーシャルメディアをチェックし続けるという行動を引き起こすのだ。

私たちは社会的存在なので、他者の要求に応じようとする(写真:Prostock-studio/stock.adobe.com)
私たちは社会的存在なので、他者の要求に応じようとする(写真:Prostock-studio/stock.adobe.com)
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 さらに、コンピュータやスマートフォン以外のメディアから習得した習慣が、コンピュータ使用時の集中時間にも影響を与えている。私たちが1日にテレビや映画を見て過ごす約4時間(視聴時間は年齢とともに増える)に加え、YouTubeや音楽動画の視聴などが、すばやく画面を切り替え続けるという新たな習慣を生み、それがコンピュータ画面への集中状態にも影響しているのだ。

単純な活動は人間を幸せにする

 第4の神話は、「コンピュータやスマートフォンで頭を使わずにできる活動には価値がない」というものだ。この考えに従えば、くだらないパズルゲームやソーシャルメディア、ネットサーフィンは、生産性が落ちるからやめるべきだということになる。そう、確かにソーシャルメディアの「罠(わな)」にはまるのは時間の無駄だ。重要な仕事や締め切りがあるときにはなおさらである。

 この「集中の罠」については、実は意図的に短い息抜きとして、頭を使わない「単純な活動」を取り入れるのも効果的だ。ふだんからやり慣れた単純な活動に人々がひかれるのには理由がある。私たちの実験でも証明されたように、要するに、そういう活動は人を幸せにするのだ。

 難しさやストレスのない、楽しい単純作業に集中しているときに、人間は最大の幸福感を得る。オンラインでも現実の世界でも、休憩を取りながら簡単なことをして心をさまよわせていると、希少な認知リソースが補充され、リソースが増えれば集中力も生産性も上がる。

 単純な活動は集中と連動しているだけでなく、幸福感の向上にも一役買っているのだ。こうした神話が生まれた1つの理由は、集中に関する科学が、パーソナルテクノロジーの使い方という観点で捉えられてこなかったからだ。

 デジタル機器を使うときの私たちの集中は、仕事の内容、利用可能な認知リソース、時刻、ストレス、睡眠の質など、ありとあらゆる要素に影響される。集中が途切れやすくなるのはその人自身のせいだという見方は、私たちの行動を大きく左右する社会や技術、文化などの要素を無視する誤った考えである。

私たちの集中時間(アテンション・スパン)は、日ごとに短くなっている──。スマホやPCなど、デジタル機器が人間の生活に与える影響を長年考察してきた心理学・情報科学のエキスパートが、独自の研究と最新の学説をもとに解き明かす現代の集中力の科学。

グロリア・マーク著/依田卓巳訳/日本経済新聞出版/2420円(税込み)