『ATTENTION SPAN(アテンション・スパン) デジタル時代の「集中力」の科学』(グロリア・マーク著/依田卓巳訳/日本経済新聞出版)は、デジタル機器が人間の生活や感情に与える影響を研究し続けてきた心理学・情報科学のエキスパートが、現代の「集中力」の現状を明らかにし、必要な対処法を示した1冊だ。今回は私たちが午後3時にはヘトヘトになり、集中が切れてSNS(交流サイト)を眺めてしまう科学的理由を、同書の抜粋・再構成から紹介する。
マルチタスクは認知リソースを消耗させる
私たちが職場で午後3時にはヘトヘトになり、気づくとソーシャルメディアをぼんやり眺めてしまうのはなぜなのか。その理由について考えてみよう。
50年にわたる研究の成果として広く受け入れられた心理学の考え方がある。私たちの精神には集中や「認知リソース」の汎用的な蓄えがあるというものだ。集中力、あるいは利用可能な集中の量と言い換えてもいいだろう。
大前提として、人が情報を処理するときにはこの認知リソースが必要となり、リソースの蓄えには限りがある。例えば、中断の誘惑を退けながら困難な仕事を1時間行い認知リソースが枯渇すると、短期的に成果が落ちる。
しかし1日全体で見ると、成果の低下には、朝、目覚めてからの時間の経過に伴うホメオスタシス(外界の変化にかかわりなく体内の状態を一定に維持する能力)の変化も関連している。私たちが疲れを感じてミスをし始めるのは、おそらくこの有限なリソースを後先考えずに使い、利用可能な量を超えてしまうからだ。
大量のメールやメッセージ、電話を処理し続けて、まともに休憩を取らなかった午後3時には、集中を維持するためのリソースが減り、実行機能(心の統治者)がソーシャルメディアの誘惑に負けるのを止められなくなるのだ。認知リソースの量は限られているという考え方によって、仕事が増えたときに成果の質が下がる理由についても説明できる。これは私たちの日々の生活でごく普通に起きていることだ。
例えば、目の前のコンピュータやスマートフォンに集中しようとするが、何かと邪魔が入ってタスクを切り替えなければならず、気が散らないように抵抗しているときなどがこれに相当する。あたかも手持ちの金融資産を分散させるように、限られた集中リソースを読書や電話、中断への対処、さらに自分の思考にも割り当てなければならない。
あなたがATMの前にいるところを想像してほしい。現金を下ろしてポケットに入れ、地元の店に行く。この店は現金しか受け付けないので、欲しかったものを買うと、手持ちの現金はほとんどなくなってしまう。もっと質のいいものを買いたければ、またATMに戻って財布の現金を増やすしかない。
これと同様に、一度使ってしまった認知リソースを回復するには、補充するしかないのだ。休憩を取ってリフレッシュしなければいけない。利用可能な量を超えてリソースを要求されると、成果に影響が出る。
集中が続くと認知リソースはすぐに枯渇する
活動に伴う認知負荷(心的努力)は、認知リソースへの要求に比例すると考えられている。実験室での認知負荷の計測には、通常、「成果」が用いられてきた。例えば、画面上に現れる多数の文字の中からある特定の1文字を見つけるというタスクでは、時間の経過とともに成果は落ちる。これは認知リソースが消費されたからだと考えられる。
脳内には認知リソースの使われ方にかかわる生理学的な部位があることも分かっている。神経科学の研究によれば、人が集中すると脳の一部の代謝が活発になり、血中の二酸化炭素量が増える。そして血中の二酸化炭素濃度が高くなると血管が広がり、動きが活発になった脳のその部分から老廃物を除去しようとする。
ところが、集中時間が長くなると覚醒度や行動の質が低下し、血流が遅くなる。その場合、集中力と成果が落ちることから、タスクの実行中に認知リソースが補充されなかったと推定される。それを補充するには困難なタスクを一度中断して、リソースを回復しなければならない。
つまり、脳内の血流は、集中時の認知リソースがどう使われているかを示す代謝的な指標になる。これは認知リソース理論の神経科学的なエビデンスであり、困難な仕事に集中し続けようとしたときに脳内で何が起きているかを説明してくれる。
私たちの日常的な活動は、一定の環境に保たれた実験室内とは異なるため、多くの要素に左右される。日頃の私たちの精神活動は、利用可能な認知リソースの量だけでなく、タスクそのものの種類や難易度、同時にこなそうとしているタスクの数などにも影響される。
例えば、YouTubeの動画をぼんやり見るような簡単なタスクでは認知リソースはあまり使わないが、報告書を書くような困難なタスクになると、資料を探し、文章を読んでまとめる以外にも様々な複雑な決定をしなければならず、多くのリソースを使うだろう。
また、長年の実証研究によって、2つの異なるタスクを同時にこなしても成果が落ちないのは、少なくとも一方のタスクがほとんど、あるいはまったく努力を要しない場合のみであることが分かっている(例えば、静かな音楽を聞きながら画面上の文章を読むなど)。
マルチタスクと認知リソースの知られざる関係
では、もっと複雑な複数のタスクを切り替えている場合はどうだろうか。
例えばショートメッセージを送り、履歴書を更新し、インターネットを検索し、メールをチェックし、電話に出るといった複数の作業をせわしなく切り替えるのは、ただ歩きながらメッセージを送るときより多くの認知リソースを消費するだろう。歩くことは無意識にできるが、電話に集中すれば、まわりの環境に対する意識は薄れる。
さらに認知リソース理論によると、異なる種類のタスクには異なる認知リソースが使われる。視覚、聴覚、空間処理にかかわる複数のタスクでは、それぞれ別のリソースを使うということだ。例えばニュース記事を読む、電話で話す、空間処理のスキルが必要なゲームをする、といった場合は、使うリソースがそれぞれ異なる。
同じ種類のリソースを奪い合う複数のタスク(電話会議を聞きながら別の電話で会話をするなど、いずれも聴覚にかかわるタスク)では相互干渉がさらに大きく、特にタスクを頻繁に切り替えなければならない場合、間違えずに実行するのはかなり難しい。
私たちが集中したいときに何度も邪魔が入り、複数のタスクを切り替えていると、疲労困憊(こんぱい)してしまうのはそのせいだ。あなたの精神の実行機能は成果を維持するためにフル回転する。この種のタスクの切り替えを長く続けていると成果が落ちることは、多くの実験でも確認されている。
十分な休憩を取らずに複数のタスクを頻繁に切り替えながら働いていると、その日の終わり、場合によってはほんの数時間後には、初めに持っていた処理能力を発揮できなくなる。とにかくへとへとに疲れてしまうのだ。
幸い、認知リソースは様々なタスクに柔軟に割り当てることができる。運転中に携帯電話で話しているときに、突然前方に別の車が割り込んでくれば、あなたの注意力はすぐさま運転の方に再分配され、会話を中断するだろう。あるいは、パートナーとの食事中にショートメッセージを打っているときに、相手が会話をしようとして声をあげれば、メッセージを打つ手を止めて相手に注意を向けるだろう。
メールに返信し、途中で割り込んでくる雑用を片づけ、四半期報告を仕上げるといった作業の切り替えを繰り返していると、すぐに認知リソースを使いきってしまう。だが、これを補充する活動もある。そのいくつかは本能的なものだ。
例えば週末をくつろいで過ごし、たっぷり睡眠を取ったあと、月曜の朝に仕事に戻れば、認知リソースは十分回復しているはずだ。記憶と集中の維持に役立つ適度な深い睡眠とレム睡眠を含む一晩の眠りは、リソースの補充に不可欠だ。
ストレスの多い状況から心理的に解放された人も認知リソースを回復する。休暇にのどかな場所に出かければ、気分をリセットすることができるし、たった20分自然に触れるだけでも、心身がリフレッシュするのだ。
グロリア・マーク著/依田卓巳訳/日本経済新聞出版/2420円(税込み)


