加齢とともに脳細胞はどんどん失われていくが、最近の研究によって、70代、80代、そして90代の人でも、適度な運動や食事、ストレス軽減、十分な睡眠、サプリメントの摂取など、生活習慣を少し変えることで、脳細胞の新生を促せることが分かった。最新刊『脳メンテナンス大全』の中から脳科学者の著者が、最新科学に基づく脳のメンテナンス法の基本を紹介する。
※本原稿は、『脳メンテナンス大全』(クリステン・ウィルミア、サラ・トーランド著、野中香方子訳)を抜粋・再構成したものです。

 脳の仕組みは非常に複雑だが、実のところ、脳を変えるのはとても簡単だ。私は、治療を実行する前と後の患者の脳画像を何千枚も見てきた。そして、ライフスタイルを少し変えると、ほんの数カ月で目覚ましい変化が起きることを知り、驚き、感動した。

 2009年、私が主導して、アメリカンフットボールの選手の臨床研究を行った。アメフトは、選手同士が激しくぶつかり合うコンタクト・スポーツの典型で、頭部に強い衝撃を受ける。私たちは、ヘルメットの中で何が起きているかを理解するため、選手の脳画像を撮影し、分析した。前例のない大規模な研究だった。

 まず、選手たちに神経心理学的検査と神経認知学的検査を受けてもらい、続いて、脳の奥深くを観察し、どの分野がうまく機能し、どの部分があまり機能していないかを知るため、脳の画像を撮影した。

アメフト選手を対象にした研究により、生活習慣を変えることで脳の機能が向上することがわかった(写真:JoeSAPhotos/Shutterstock.com)
アメフト選手を対象にした研究により、生活習慣を変えることで脳の機能が向上することがわかった(写真:JoeSAPhotos/Shutterstock.com)

アメフト選手の衝撃的な脳画像

 選手や元選手たちの脳画像を見て、私たちは非常に驚いた。彼らの大半は、脳に必要な血液が行き渡っておらず、特に、記憶と基本的な認知機能を司(つかさど)る領域で血液が不足していたからだ。

 それでも私たちは落胆しなかった。彼らの認知機能は回復し、フィールドでも日常生活でも、再び脳がきびきびと働くようになると信じていたからだ。しかしそのためには、彼らは日々の生活習慣を変える必要があり、私たちは、彼らの信頼を得る必要があった。

 それから半年にわたって選手たちと話し合い、脳の機能を説明し、各自の認知機能データに基づいて生活習慣や食生活を見直すよう指導した。各選手に合わせた治療計画には、いつ、どのくらい眠り、何を食べ、どのサプリメントをとり、どれを避けるべきかといったことを盛り込んだ。

 半年後、選手たちの脳を再びスキャンし、最初のときと同じ検査をした。その結果は、最初の検査で見た脳画像よりさらに衝撃的だった。わずか180日で、脳内の血流が最も悪かった選手たちの脳機能が回復したのだ。脳の血流が改善し、不摂生や度重なる衝撃のせいでダメージを受けていた認知領域の機能が回復しているのがはっきりわかった。

 100キロ超の男たちから何度も体当たりされているプロのアメフト選手が脳を変えられるのなら、一般の人々はアメフト選手よりもっと楽に、脳を変えることができるだろう。

脳細胞は何歳になっても生み出せる

 初めに少し悲しい真実をお知らせしよう。私たちは自然な老化現象として、毎日数千個のニューロンを失っている。過剰なストレス、環境や水や食べ物に含まれる重金属や薬剤といった有害物質のせいで、さらに多くのニューロンを失う場合もある。もちろん、薬物やアルコールの問題、中程度の脳損傷、脳卒中、パーキンソン病やアルツハイマーなどの認知機能障害も、ニューロンを失う原因になる。

 次に、少々良いニュースをお知らせしよう。脳には約1000億個のニューロンがあり、これらは体内で最も寿命の長い細胞の部類に入る。大半のニューロンは私たちとともに生まれ、ともに成長し、私たちが死ぬまで生き続ける。したがって、認知機能を長く維持するには、ニューロンの健康を維持することが大切だ。

 最後に、素晴らしいニュースをお知らせする。以前は、大人になると新たなニューロンは生まれないと考えられていたが、それが間違いだとわかった。60代でも、70代でも、80代でも、新しいニューロンを生み出すことができる。
 新しいニューロンを発生させるプロセスは「ニューロン新生」と呼ばれ、脳の海馬という部位で起きる。脳の奥深くにあるタツノオトシゴのような形をした海馬は、記憶と学習に大きな役割を果たしている。

 ニューロン新生は、脳の働きを良くしたいと願うアスリートや若い人たちだけが目指すべきものではない。最近の研究によって、70代、80代、そして90代の人でも、運動、食事、ストレス、睡眠、サプリメントの摂取など、生活習慣を少し変えることで、ニューロン新生を促せることがわかった。アルツハイマー症の患者を含む高齢者でも、若い人と同じくらい新たなニューロンを増やすことができるという研究結果もある。

 健康なニューロンが増えれば増えるほど賢明な判断をより早く下せるようになり、集中力と記憶力が向上し、「実行機能」と呼ばれる、行動を制御する高次の認知スキルを維持しやすくなる。脳の老化とはニューロンが死ぬことなので、新たなニューロンを生み出してその欠落を補えば、脳を若返らせることができるはずだ。

脳の性能を上げるには血のめぐりが肝心

 認知機能をベストの状態に保つには、脳への「血のめぐりが肝心」であることを、研究が示している。とても単純な話のように思えるが、実行できている人は少ない。実のところ、ほとんどの人は、脳内の血のめぐりがベストの状態ではない。

 したがってあなたは、脳の健康に関して二つのことを理解する必要がある。一つは、脳が適切に機能するには、豊かで安定した血流が欠かせないこと。もう一つは、現代の生活習慣の多くが脳内の血流に悪影響を与え、諸々の症状や問題に気づいた頃には手遅れになっていることだ。

 人間の脳は、重さは体重の2%しかないが、体内の血液の15~20%を必要とする。酸素と栄養を含む血液を脳の司令塔に送り続けるために、他の臓器への血流がストップすることさえある。

 また、脳は筋肉の3倍、酸素を使う。血液は、その酸素をニューロンに送り届けて、ニューロンが効率よく働き、発火し、信号を送れるようにしている。血流が十分でないと、ニューロンは死に始める。

 血流は、脳にグルコース(ブドウ糖)も運んでいる。グルコースはニューロンのエネルギー源だ。脳は筋肉と違って、グルコースを蓄えることができないので、血流が十分でないと、脳の組織はエネルギー不足に陥る。しかも、脳は大食いで、体内のグルコースの40~60%を消費する。また、血流はグルコースのほかに、ビタミン、ミネラル、脂肪、アミノ酸、電解質など、脳にとって欠かせない栄養素も運んでいる。脳への栄養と酸素の供給が少しでも減ると、集中力、記憶力、創造力、判断力、マルチタスク能力などの認知機能と気分を司る脳領域がうまく働かなくなる。
 脳内の血流には、もう一つ重要な役割がある。それは、脳内に蓄積する老廃物を洗い流すことだ。蓄積すると脳を破壊し、アルツハイマー病の発症に深く関係していると言われているアミロイドベータと呼ばれるタンパク質もその一つだ。

 あなたは、頭がぼんやりしたり、集中力や記憶力の衰えを感じたりしても、たいていは、睡眠不足やストレス、食生活の乱れ、甲状腺の機能低下のせいにして、脳内の血流が悪いせいだとは考えないだろう。しかし、なぜ、脳内の血のめぐりが悪い人が多いのだろうか。その原因は、食事、飲酒、睡眠、運動、ストレスへの対処など、現代の生活習慣にあると考えられる。悪い生活習慣はたくさんあるが、そのうちの二つか三つを改めるだけで、脳の健康状態は改善する。

慢性的ストレスは脳の大敵

 メイヨー・クリニックによると、ストレスは「生きていく上での様々な要求に対する正常な心理的・身体的反応」である。言い換えれば、ストレスは自然な反応であり、悪影響だけでなく健康上の利点もあるということだ。体の闘争・逃走反応(ストレスに満ちた状況や、生命を脅かすような状況に不意に陥ったときに起きる一連の反応)は、例えば、捕食動物に追いかけられたときに素早く逃げるためや、暴漢に追いつめられたときに戦うため、大切な人を下敷きにした2トンの車を持ち上げるためなどに、必要なホルモンと化学物質の産生を促し、脳を活性化する。

 ストレスは、生きるか死ぬかといった状況で役立つだけでなく、健康にとって有益な働きもする。適度なストレスは、行動を起こすモチベーションになり、仕事を達成するために必要な集中力を高める。また、ストレスの多い状況が終わると、私たちは満足感や達成感を覚える。

 だがこの最後の文章で重要なのは、「ストレスの多い状況が終わる」という一節だ。ストレスの多い状況が終わらず延々と続くと、脳に悪影響が及ぶ。動脈の内壁にプラークが蓄積して動脈が狭まり長期的なダメージをもたらす上、ストレスのせいで首の筋肉が緊張するため、脳への血流がさらに減る。

 慢性的なストレスがニューロンに恐ろしい影響を及ぼすこともある。強いストレスが長期間続くと、新たなニューロンが生まれなくなり、それどころか、既存のニューロンが死に始めてしまう。慢性的なストレスは、脳組織の老化ももたらし、脳震とうや神経変性疾患に似た形で、ニューロンの寿命を縮める。

 ストレスの強い時期を生き延びたニューロンも、健康というわけではない。ストレスはニューロンを過剰に活性化する。この状態が続くと、新たなニューロンの経路が形成されて脳の働きが変わることもある。

環境ストレスにも注意が必要

 ストレスについて語るのであれば、その影響に大きく関わるホルモンのコルチゾールに触れないわけにはいかない。私たちがストレスを受けると、コルチゾールが生成される。少量のコルチゾールは必ずしも有害ではなく、むしろいくらかメリットがある。しかし、多すぎるコルチゾールは、体重増加から睡眠障害、海馬の萎縮、集中力や記憶力の低下まで、様々な害を及ぼす。また、コルチゾールは、扁桃体を太らせ、その働きを強化する。扁桃体は脳の深部にあるアーモンド形の器官で、記憶に情動的な意味づけをする。扁桃体が大きくなり活発に働くようになると、人は恐怖と不安に対して敏感になる。

 慢性的なストレスは、もう一つの悪影響を脳にもたらす。それは白質が増えることだ。白質は、脳の組織の半分を占める脂質の多い組織で、ニューロンの軸索(神経線維)が走行している。白質が増えると、灰白質のスペースが狭くなる。灰白質は、ニューロンの細胞体が集まっている領域で、体、情動、行動、感覚の情報はすべてそこで処理されている。白質と灰白質のバランスが崩れると、情動と認知の問題が生じることがあり、それらはストレスが消えた後も続く可能性がある。

 多くの人はストレスの原因を、精神的に苦しい出来事や仕事上のプレッシャー、お金のやり繰り、子どもや家族の世話といった日常の問題と結びつける。だが、ストレスは別の形でも生じる。身体的なストレスは、関節炎、糖尿病、認知症などの病気がきっかけで生じることがあり、高血圧、食生活の乱れ、睡眠不足、慢性的な脱水によっても生じる。働きすぎや、逆に体を動かさないことも、慢性ストレスの原因になる。

 さらに私たちは、精神的、情動的、身体的なストレスに加え、環境ストレスにもさらされている。環境ストレスの問題は、現代社会でますます大きくなっている。食べる物、飲む物、着る物、肌につける物、家庭やオフィスで使う物など、あらゆる物に化学物質が使われているからだ。呼吸する大気に含まれる汚染物質もストレスを増大させ、脳に害を及ぼし、認知機能の低下や認知障害のリスクを高めている。



 「血のめぐりを増やす」「ストレスを減らす」という二つを踏まえて、全3回連載の次回は、「10分で脳を活性化する10の方法」をお送りする。

日経ビジネス電子版 2022年1月7日付の記事を転載]


日ごろの手入れで、脳は見違えるように変わる! 

 体のほかの部位や器官と同じく、脳もこまめに手入れをすれば見違えるように状態が改善され、発揮されるパフォーマンスが上がります。現在のコロナ禍で生じているストレスや不安は脳の健康を蝕(むしば)む大敵であり、今こそ脳のケアが求められています。 

 本書の著者で脳科学者のクリステン・ウィルミア氏は、アメリカンフットボール選手の脳損傷の実態解明とその治療に関する研究で大きな注目を集めた気鋭の脳科学者です。彼女は豊富な治療経験から、「脳の構造は非常に複雑だが、脳を変えるのは簡単。ライフスタイルを少し見直せばいいだけ」と語ります。そのノウハウを凝縮した本書では、科学的に裏付けられた脳にいい食事、運動、サプリメントは何か、脳に有害なストレスの撃退法などを、分かりやすく、具体的に解説します。